インドネシア、感染動向は大きく改善も景気は依然本調子にはほど遠い

~景気回復期待も過度な楽観には要注意、先行きは政策の正常化など難しい課題も山積している~

西濵 徹

要旨
  • ASEANは変異株による新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となり、インドネシアも感染爆発に見舞われた。その後は行動制限の再強化を図る一方、ワクチン接種の加速化が図られた結果、足下の接種率は世界的にみれば依然低いものの、感染動向は大きく改善している。足下では行動制限は段階的に緩和されて、企業、家計共にマインドは底入れしているが、依然として新型コロナ禍前を下回るなど本調子にはほど遠い。
  • 新型コロナ禍対応を理由に、政府及び中銀は政策の総動員を図り、なかでも中銀は財政ファイナンスを実施するなど「何でもあり」の対応をみせてきた。インフレ率は目標を依然下回り、感染動向の改善が進むなかで19日の定例会合では現行の緩和姿勢の維持を決定した。緩和姿勢の維持により景気下支えを図る考えをみせる一方、将来的な正常化の可能性を模索する考えも示した。商品市況の上昇や輸入抑制による経常収支の改善で外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性は充分だが、先行きの正常化は不可避と言える。
  • 来年度予算では景気下支えに向けて様々な歳出拡充が盛り込まれる一方で歳入不足が懸念されたが、来年からのVAT引き上げなどの取り組みもみられる。ただし、商品市況の上昇やVAT引き上げによる物価上昇懸念はルピア相場に悪影響を招く懸念もある。景気回復期待の一方で過度な楽観には要注意と言える。

ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国を巡っては、感染力の強い変異株の流入に加え、ワクチン接種が主要国と比較して遅れていることも重なり、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が急拡大するなど感染拡大の中心地となる事態に見舞われた。域内最大の人口を擁するインドネシアでも7月半ばにかけて新規陽性者数が急拡大したほか、同国政府は7月初めに人口が多いジャワ島と観光地であるバリ島を対象とする『緊急措置』の発動に踏み切り、行動制限を図る一方で最低限の経済活動を維持する姿勢に舵を切った(注1)。なお、昨年以降における政府の新型コロナ禍対策を巡っては、中央政府は実体経済への悪影響を警戒して都市封鎖(ロックダウン)など強硬策に及び腰の対応が続く一方、州政府レベルでは行動制限による事実上の都市封鎖を実施するちぐはぐな対応が続いた。結果、夏場にかけての感染再拡大に際しても「感染対策と経済の両立」というどっちつかずとも採れる対応が続いたものの、欧米や中国など主要国においてはワクチン接種の進展が経済活動の正常化を後押しする動きがみられたため、政府は中国のいわゆる『ワクチン外交』を通じた供与のほか、日本や米国の無償供与などを通じて調達を積極化させてきた。こうした動きにも拘らず、今月18日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は23.10%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は39.48%とともに世界平均(それぞれ36.30%、47.55%)を下回るなど、ワクチン接種が遅れている状況は変わっていない。ただし、7月半ばにかけて拡大の動きを強めた新規陽性者数はその後に一転して頭打ちするとともに、足下においては新規陽性者数が1,000人弱まで低下しているほか、新規陽性者数の低下に伴い医療インフラのひっ迫状態が解消されたことで死亡者数も鈍化するなど、感染動向は大きく改善している。このように感染動向が改善していることを受けて、政府は7月末以降に一転して行動制限の段階的緩和に動いたほか、その後も緩和を前進させるとともに、ワクチン接種を前提とする形で外国人観光客の受け入れが再開されているほか、今月にはバリ島への海外からの直行便も再開されるなど、新型コロナ禍を経て疲弊した経済の立て直しに向けた方向に舵を切っている。同国経済を巡っては、変異株による感染再拡大が直撃して行動制限が再強化される直前までは景気回復の動きが続いていたものの(注2)、行動制限の再強化に伴い人の移動は大きく下振れするとともに、企業マインドも悪化するなど景気に急ブレーキが掛かったことは間違いない。他方、その後の行動制限の段階的緩和を受けて人の移動は底打ちするとともに、足下においては拡大に転じる動きもみられるなど大きく改善が進んでいる様子がうかがえる。事実、足下における製造業の企業マインドは行動制限の緩和による操業再開の動きが広がっていることを反映して好不況の分かれ目となる水準を回復しているほか、家計部門のマインドも底打ちするなど改善に向かっていることは間違いない。ただし、企業部門のマインドも家計部門のマインドもともに依然として新型コロナ禍前の水準を下回っている上、なかでも家計部門のマインドは一昨年の水準を大きく下回っている上、『第3波』の直前をも下回るなど、近年の同国経済は家計消費など内需が成長のけん引役となってきたことを勘案すれば『本調子』にほど遠い状況にあると判断出来る。

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なお、昨年来の新型コロナ禍対応として政府及び中銀は、財政並びに金融政策の総動員により景気下支えを図る動きをみせており、なかでも中銀は利下げ実施のみならず、慢性的な財政赤字が続くなど財源不足が懸念されるなかで財政支援を図ることを目的に国債を無利子で直接引き受ける財政ファイナンスを実施するなど、平時であれば『禁じ手』と見做される対応をみせてきた。さらに、中銀は年明け以降も2月に追加利下げを実施するも、その後は政策金利を据え置くなど『様子見姿勢』を図る一方、上述のように感染動向が急激に悪化するとともに景気急ブレーキが掛かる事態となったものの、様子見姿勢を維持してきた。中銀は感染動向の悪化を理由に7月の定例会合で今年の経済成長率見通しを引き下げる一方、その後の感染動向が想定を上回るペースで改善していることを受けて、8月及び9月の定例会合では様子見姿勢を維持する一方、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国の政策運営や感染動向を引き続き注視する考えをみせた。なお、上述のように足下の感染動向は一段と改善する一方、インフレ率は引き続き中銀が定めるインフレ目標(3±1%)を下回るなど、昨年後半以降の国際原油価格の上昇などにより世界的にインフレが懸念されているにも拘らず、インドネシアでは依然としてインフレとは無縁な状況が続いている。こうしたなか、中銀は19日に開催した直近の定例会合において政策金利である7日物リバースレポ金利を8会合連続で3.50%に据え置くとともに、短期金利の上下限もそれぞれ4.25%、2.75%に据え置くなど現行の金融緩和を維持する決定を行った。会合後に公表された声明文では、今回の決定について引き続き「ルピア相場と金融市場の安定化策に一致するとともに景気回復を後押しする」とした上で「金融緩和とマクロプルーデンス政策のポリシーミックスの最適化に加え、デジタル化政策などを通じて景気回復を後押しする」との考えを改めて強調した。その上で、世界経済について「足下の回復の動きは想定よりも弱含んでいる」との見方を示しつつ、先行きについて「回復は続くが、サプライチェーンの混乱やエネルギー供給を巡る影響が懸念される」とする一方、同国経済について「回復が持続している」として「今年通年の経済成長率は+3.5~4.3%になる」との見通しを示すとともに、先行きについて「ワクチン接種の進展に加え、輸出の堅調さも追い風に加速感を強める」との見方を示した。さらに、経常収支について「外需の堅調さを追い風に通年の経常赤字はGDP比▲0.8~0.0%程度に収まる」とこれまでの見通し(▲1.4~▲0.6%)から改善するとしたほか、通貨ルピア相場も「国際金融市場を巡る不透明感の後退を反映して強含んでいる」とした上で、「今後も安定化策の強化を図る」としつつ、物価動向について「低水準で推移するなど経済の安定化に資する動きが続いている」とした上で、「今年は目標を下回る推移が続くが、来年は目標域に収まる」との見通しを示した。金融市場については「緩和政策により流動性は潤沢である」とした上で、「政府による景気下支え策も相俟ってなど極めて緩和的な状況が続いている」として、先行きの景気回復を下支えするとの認識を改めて強調した。また、会合後に記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は、米FRBをはじめとする主要国の金融政策に関連して「国際金融市場の反応を注視しているが、米長期金利の急上昇を招くことはないと予想している」との見方を示した。その上で、同国経済について「来年にかけて輸出が景気回復をけん引する」との見方を示すとともに、先行きの政策運営を巡って「来年末にかけて流動性供給策の段階的変更に向けた市場との対話を模索する」として将来的な正常化に向けて道筋を付ける考えを示した。なお、足下の貿易収支を巡っては主力の輸出財である原油や天然ガスなど鉱物資源価格の上昇に伴い輸出額が押し上げられる一方、輸入抑制を図るべく輸入関税の引き上げのほか、課税強化を目的とする関税免除対象額の引き下げによる事実上の関税障壁の上昇に加え、景気減速による需要低迷も相俟って輸入が抑えられていることで黒字を維持している。しかし、感染動向の改善により景気の底入れが進むとともに需要が回復すれば輸入が押し上げられるとともに、足下では国内の原油消費を賄うべく輸入に依存せざるを得ない状況にあることを勘案すれば、急速に貿易収支が悪化することが懸念される。他方、足下の国際金融市場が落ち着きを取り戻していることに加え、このところの感染動向の改善も追い風に資金流入の動きが活発化する動きもみられるなか、9月末時点における外貨準備高は1,328億ドルと順調に積み上がる動きがみられる。さらに、足下の外貨準備高の水準はIMF(国際通貨危機)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性の有無を示すARA(Assessing Reserve Adequacy)の基準に照らして「適正水準(100~150%)」とされる規模を満たしており、過去においては経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを理由に国際金融市場の動揺に際して資金流出圧力が強まる事態に見舞われたものの、そうした懸念は後退していると判断出来る。ただし、上述のように中銀の対応は新型コロナ禍という『非常時』を前提に問題視されていない状況を勘案すれば、今後は正常化に向けて難しい対応を迫られる可能性はくすぶる。

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他方、先月には政府と議会(国民協議会)による協議を経て、来年度予算の歳出規模が小幅に引き上げられる一方、歳出項目では新型コロナ禍対策として検査、治療、ワクチン開発をはじめとする医療分野に対する歳出が大幅に拡充されるほか、福祉関連やインフラ関連を対象とする歳出も拡充されるなど、全般的に景気下支えを目標とする拡張的な内容とされた。なお、予算案では歳入の前提となる来年の経済成長率を+5.0~5.5%とするとともに、財政赤字をGDP比▲4.85%と今年度予算(▲5.82%)から縮小させるものの、財政赤字の穴埋めを目的に991.3兆ルピア(GDP比で6%超)もの新発国債の発行を見込んでおり、将来的な金融政策の正常化を勘案すれば利払い費の増大が財政の圧迫要因となるリスクが懸念された。ただし、今月初めに国会において税制改正法案が可決され、来年4月から付加価値税(VAT)の税率が現行の10%から11%に引き上げられるほか、2025年までには追加で1pt引き上げられる。また、VAT以外にも富裕層を対象に所得税率の引き上げを実施するほか、過去にも実施された租税特赦の実施のほか、新たに炭素税を導入するなど歳入増に向けた取り組みを強化する一方、当初予定されていた法人税の引き下げは見送られた。同国の公的債務残高は今年末時点においてもGDP比で4割強に留まると見込まれるなど、新興国のなかでは比較的低水準に留まっているものの、新型コロナ禍を経てその水準は着実に上昇している上、上述のように財政ファイナンスを通じてそのリスクを中銀が肩代わりする歪な構造を有することを勘案すれば、早期の景気回復と政策の正常化が望まれる状況は変わらない。現状、来年の経済成長率のゲタは今年(+2.3pt)を上回ると試算されるなど、比較的高い成長率を実現することのハードルは低いと見込まれる一方、今後はこのところの国際原油価格の上昇に加え、VAT引き上げなども物価を押し上げると見込まれるなか、財政負荷が高まる動きが強まれば通貨ルピア相場への悪影響が増すことも考えられる。その意味では、足下のインドネシア経済は感染動向の急速な改善により景気回復が見込まれるものの、本調子にはほど遠い状況が続くなかで過度な楽観に傾くことには注意が必要と捉えられる。

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以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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