インドネシア、感染動向の急激な悪化を受けて「緊急措置」に舵

~ジョコ政権はあくまで「感染対策と経済の両立」を維持、経済及び政治ともに正念場に差し掛かる~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国で感染一服やワクチン接種により景気回復が進む一方、新興国などで感染再拡大により景気に冷や水を浴びせる懸念があるなど好悪双方の材料が混在する。ASEANは感染拡大の中心地となるなか、インドネシアはワクチン接種の遅れも重なり足下で感染者数、死亡者数ともに急拡大するなど事態が悪化している。先月には中銀が定例会合において先行きの景気を比較的楽観視する姿勢をみせていたものの、半月ほどの間に事態は急速に悪化するなど急転直下の状況に直面している。
  • こうしたなか、ジョコ・ウィドド大統領は感染対策に向けて「緊急措置」の発動に踏み切る。ただし、政権は「感染対策と経済の両立」を目指す姿勢を堅持するなど事態収束が進むかは見通しが立たない。政権2期目は折り返しが近付くなか、与党内では2024年の次期大統領選を巡る駆け引きなど「死に体」化が進む動きもみられる。ルピア安懸念も強まるなか、経済及び政治はともに「正念場」に差し掛かりつつあると判断出来よう。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国など主要国において新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染一服やワクチン接種の広がりを背景に経済活動の正常化が進むなど景気回復を促す動きがみられる一方、多くの新興国や一部の先進国で感染力の強い変異株による感染再拡大が広がるとともに行動制限の再強化を余儀なくされるなど景気に冷や水を浴びせる動きもみられるなど、好悪双方の材料が混在する状況にある。なお、足下のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国については、ワクチン調達の遅れも影響して接種率は軒並み世界平均と比較して劣後する状況が続いていことも相俟って変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせており、世界的にも感染拡大の中心地の一角となりつつある 1 。ASEANのなかで最大の人口及び経済規模を擁するインドネシアでは、年明け直後にかけて新規陽性者数が急拡大する『第2波』が顕在化したなか、中央政府と地方政府との間で感染対策に対する姿勢が異なるドタバタ劇にも拘らず、その後は新規陽性者数が頭打ちの動きを強めるなど改善の兆しがみられた。さらに、政府は感染封じ込めを図るべく1年のうち最も人の移動が活発化するレバラン(断食月明け大祭)期の国内移動を原則禁止としたものの、実態としては人の移動が活発化したため、先月からは全土を対象に行動制限を再強化するなど一段と対応を強化する姿勢をみせるも効果を上げることが出来なかった。結果、先月に入って以降は首都ジャカルタや周辺を中心に新規陽性者数が再び拡大に転じたほか、足下ではそのペースが加速したことで医療インフラへの圧力が強まったことで死亡者数も拡大ペースを強めるなど状況は急速に悪化している。なお、同国では中国によるいわゆる『ワクチン外交』を背景に調達が活発化する動きがみられたものの、中国製ワクチンを接種した多数の医療従事者の間にクラスター(感染者集団)が発生して入院する動きが広がったほか、その一部は死亡したこともあり、国民の間には中国製ワクチンに対する『不信感』が高まっている。先月30日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は4.92%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も10.70%とともに世界平均(それぞれ10.94%、23.45%)を大きく下回るなか、日本や米国がワクチンを寄付するなど支援に動き出しており、今後は事態が改善に向かう可能性はある。しかしながら、インドネシアについては人口規模(約2.7億人)が周辺国に比べて大きい上、国土は1.3万個を上回る島に及ぶなど広範であることを勘案すれば、事態収束に時間を要することは避けられそうにない。他方、インドネシア中銀は先月の定例会合において政策金利を据え置く決定を行い、同行は感染再拡大の懸念があるにも拘らず、景気認識に対して楽観的な見方を示しつつ米FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営を注視する姿勢をみせていたものの 2、この半月ほどの間に状況は急速に悪化している。

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こうしたなか、ジョコ・ウィドド大統領は明日(3日)から今月20日までの期間について、人口が最も多いジャワ島と観光地のバリ島を対象に『緊急措置』を発動する方針を発表し、飛行機の利用を含む移動制限の強化のほか、外食の禁止(持ち帰りに限定)、ショッピングモールや宗教施設の閉鎖、エッセンシャルワーカー(最低限の社会インフラ維持に不可欠な労働者)を除いて企業に対して全従業員の在宅勤務の義務化といった強力な行動制限に動く方針を明らかにした。ただし、鉄道をはじめとする公共交通機関については乗車人数を70%に制限しつつ運航を継続するとしており、これまで政権が掲げてきた『感染対策と経済との両立』といった方針を堅持しており、上述した中央政府と地方政府との間での感染対策を巡るちぐはぐさが尾を引いている格好である。足下の同国については、変異株による感染拡大を受けて首都ジャカルタの病床使用率は93%を上回っているほか、ジャワ島全域においてもほぼ満床に近付きつつあるなど医療体制は崩壊間近の状況に追い込まれており、仮に感染収束の見通しが立たない状態となれば感染爆発状態に陥る懸念も高まっている。大統領は方針発表に際して、「我々全員の協力と神のご加護によって、新型コロナウイルスの感染に歯止めを掛けるとともに、すぐに生活を取り戻すことが出来ると確信している」と述べるなど、今回の行動制限強化によって事態収束が図られることを期待する姿勢をみせているが、上述したようにレバラン期においても行動制限を呼び掛けたにも拘らず結果的に人の移動が活発化したことを勘案すれば、期待通りに事態が進むかは見通しが立ちにくい。ただし、行動制限の強化は近年の経済成長のけん引役となってきた家計消費をはじめとする内需の下押し圧力となると見込まれるなか、年明け以降は家計部門のマインドは底入れの動きを強める動きがみられたものの、景気に冷や水を浴びせることは避けられそうにない。他方、インドネシアはASEAN内でも経済に占める財輸出の割合が相対的に低く、主要国を中心とする世界経済の回復による恩恵を受けにくい一方、外国人観光客の来訪に伴うサービス輸出の割合も低いことから、世界的な人の移動の停滞に伴うマクロ的な影響は必ずしも大きくないと判断出来る。ただし、ジョコ・ウィドド大統領は新型コロナ禍の前には『海洋国家』構想を掲げるとともに、多数の空港及び港湾の開発のほか、インフラ開発などを通じて海洋分野における観光関連産業の発展を目指す姿勢を示してきたものの、新型コロナ禍からの回復が遅れるなかでその実現は難しくなっている。さらに、現行憲法では大統領任期は連続2期までとされるなか、ジョコ・ウィドド政権は10月に2期目も丸2年となるなど折り返しを迎えつつあるものの、新型コロナウイルス対応に奔走させられるなかで当初掲げた目標の実現はほど遠い状況にある。そうしたなかで政権を支える与党(闘争民主党:PDI-P)内では2024年の次期大統領選に向けて駆け引きが活発化するなど、政権の『死に体(レームダック)』化に繋がり得る動きもみられる。他方、国民の間で根強い人気があるジョコ・ウィドド氏を巡っては、憲法改正を通じた任期延長を求める声もあり、新型コロナ禍対策の成否がその道筋を大きく左右することも予想される。足下の国際金融市場においては米FRBの政策運営の動向に注目が集まるなか、同国は2013年のいわゆる『テーパー・タントラム』の影響が直撃した国のひとつであることが中銀の懸念に繋がる一方、足下の外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性の「適正水準」を満たしているものの、感染動向の悪化を受けて通貨ルピア相場は調整するなど資金流出圧力が強まっている様子がうかがえる。インドネシア経済及び政治はともに『正念場』に差し掛かっていると判断出来よう。

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西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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