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ワクチン保護主義台頭への不安

~EUが英国向けワクチン輸出の差し止めを検討~

田中 理

  • EUは域内で製造されたワクチンの英国への出荷の差し止めを検討している。EU内で製造されるワクチンの原材料の一部は域外で製造されている。各国がワクチンや原材料の抱え込みを始めれば、世界のワクチン供給網が遮断される恐れがあり、ワクチン保護主義の台頭が不安視される。

欧州委員会のフォンデアライエン委員長は21日、オランダで製造するアストラゼネカ製ワクチンの英国への輸出を阻止する意向を示唆した。英国に比べてワクチン接種が遅れるEUは1月末に、域内で製造されたワクチンを域外に輸出する際、製造拠点のある国と欧州委員会への届出と承認を義務づける輸出管理を開始した。当初3月末までとされた措置を6月末まで延長している。今月初旬にはイタリアの訴えでオーストラリア向けのワクチン輸出を実際に差し止めた。同社とEUはワクチン供給を巡って衝突を繰り返している。同社は英国の2工場、ベルギーとオランダの各1工場でワクチンを製造する。このうち英国の2工場とオランダ工場が英国向けの製造拠点で、ベルギー工場のみがEU向けの製造拠点となっている。英国と同社が交わした契約では3工場で製造されたワクチンの英国向け出荷を優先する旨の記載があるのに対し、EUと同社が交わした契約にはそうした条項がなかったとされる。英国向けを優先し、EU向けの供給目標を引き下げた同社に対して、EUは契約不履行として法的措置も辞さない方針を示唆している。場合によっては、EU条約第122条の緊急条項を発動し、工場の接収、特許や知的財産権の剥奪、輸出禁止などの強制手段に出る可能性も示唆しており、英国政府と同社に供給方針を改めるように圧力を掛けている。

英国政府はオランダ工場で製造された同社製ワクチンの英国への出荷は契約に基づくもので、EUに出荷の差し止めをしないように要請している。EU加盟国の間では、フランス、ドイツ、イタリアなどが英国向けの出荷差し止めを求めているのに対し、オランダ、ベルギー、スウェーデンなどは英国からの報復を警戒し、より融和的なアプローチを求めている。EU内で製造されるワクチンの原材料の一部は英国などEU域外で製造されている。類似の出荷制限は米国とインドなどの間でも報告されている。各国がワクチンや原材料の抱え込みを始めれば、世界のワクチン供給網が遮断される恐れがある。委託先工場があるオランダは英国への出荷差し止めを求めない意向だが、最終承認権限は欧州委員会にある。EUは25日の首脳会議でこの問題を協議する予定で、英国のジョンソン首相はそれまでにEUの主要国首脳と会談し、解決策を模索する。英国がオランダ工場で製造されたワクチンの一部をEU向けに出荷することを容認しない場合、EUは輸出管理の決定時に相反性(相手国がワクチンや原材料のEUへの出荷を差し止めていないか)や公平性(相手国がEUよりも遥かに高いワクチン接種率であるか)を考慮する形に制度を修正し、英国向け出荷の差し止めを断行する可能性がある。EU離脱後の英国とEUとの関係悪化がここにも影を落としている。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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