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英ジョンソン首相に辞任を求める声

~首相周辺で相次ぐ感染予防措置違反~

田中 理

要旨
  • 英国ではジョンソン首相周辺で感染予防措置に違反する事例が相次いで報道され、党内からも首相の責任追及や辞任を求める声が出始めている。党首解任の鍵を握る非閣僚議員には、強硬離脱派やロックダウン反対派が多い。ジョンソン首相は政権延命に向けて、膠着する北アイルランド運営規則の見直し協議での強硬姿勢継続や、感染予防よりも経済活動を重視する公算が大きい。新たに発覚した官邸主催パーティーで首相の集会制限違反が確定したり、さらなる感染拡大で行動制限の再強化を迫られたり、5月の統一地方選挙で保守党の苦戦が続く場合、ジョンソン首相の党首解任と首相交代が現実味を帯びることになる。

昨年12月20日付けレポート「窮地に立たされる英ジョンソン首相」では、コロナの感染再拡大、感染予防強化を巡る議会採決での与党議員の大量造反、与党議員による感染予防違反の発覚、保守党牙城の選挙区での補選惨敗、強硬離脱派の離脱担当相の突然の辞任など、ジョンソン首相を取り巻く政治環境が急速に悪化していることを伝えた。その後、クリスマス前の感染予防措置の再強化を回避し、年明け以降に新規感染者がピークアウト傾向にあり、ひとまず難局を乗り切ったかと思えたが、ここにきて首相周辺での新たな感染予防違反が発覚し、英政界に激震が走っている。 10日に英メディアが報じたのは、屋外で家族以外と集まるのを1人に限る集会制限が国民に求められていた2020年5月20日に、首相官邸の庭で数十人が集う酒持ち寄りのパーティーが開かれ、首相と夫人もそれに参加していたとするもの。首相の私設秘書が100名以上の官邸スタッフや首相のアドバイザーに送ったとされる招待メールの画像がリークされた。昨年12月には、このパーティーが開かれる5日前の同年5月15日に、首相が夫人や側近数名と官邸の庭でワインやチーズを片手に歓談する姿を収めた写真がリークされていた。首相府はこの会合が非公式且つ集会制限の例外事項に該当する職務に関係したものであると説明してきたが、招待メールの文面からは今回発覚したパーティーが明確な集会制限違反に該当する可能性が高い。現在、今回のパーティーを含めた複数の事案に関して集会制限違反があったかの内部調査が進められており、その調査結果を待って警察による追加捜査の有無が判断される。

首相周辺の相次ぐ感染予防違反事例の発覚を受け、野党勢ばかりか保守党内からも首相の責任や退陣を求める声が出始めている。スコットランド保守党のロス党首は11日、ジョンソン首相に対してパーティーに参加したか否かを明らかにすることを求め、法令違反が判明した場合には首相を辞任する必要があると述べた。また、11日に公表された2つの世論調査では、調査対象者の過半数(Savanta調査で66%、YouGov調査で56%)が「首相を辞任すべき」と回答し、保守党支持者の多く(Savanta調査で42%、YouGov調査で33%)も辞任に賛成した。次の総選挙での支持政党を尋ねた世論調査では、昨年12月以降、野党・労働党が与党・保守党を上回っている。保守党内や大口献金者の間からもジョンソン首相では次の選挙を戦えないとの声も聞かれる。首相辞任は自ら辞任を決断するか、保守党の党首解任を通じて行われる。党首解任手続きは、非閣僚議員で構成される「1922年委員会」が党首の辞任を求める書簡を提出し、所属下院議員の15%以上の署名が集まった場合に開始され、過半数が解任に賛成した場合に成立する。11日に議会で答弁した閣僚は首相に辞任する意向がないことを表明した。ジョンソン首相は12日、水曜日恒例の首相の議会答弁で疑惑について弁明すると見られている。

党首解任の鍵を握る1922年委員会には強硬離脱派やロックダウン反対派が多い。首相続投に強硬離脱派の支持が不可欠なジョンソン首相は、膠着する北アイルランドの運営規則見直し協議での強硬姿勢を維持するとともに、感染予防よりも経済活動を重視する可能性が高い。辞任したフロスト離脱担当相に代わり、2016年の国民投票で残留に投じたトラス外相が離脱担当相を兼務することになったが、党首解任を巡る保守党内の力学とトラス氏自身がジョンソン首相の有力な後継候補であることから、対EU交渉で安易な妥協はできない。トラス外相兼離脱担当相が最近、前任者と同様に、北アイルランド議定書の一方的な破棄につながる第16条発動を排除しない意向を示唆したのも、こうした事情がある。足元でコロナの新規感染者にピークアウトの兆しも出ているが、政権延命のために経済活動再開を重視する余り、さらなる感染爆発や病床逼迫を招く場合、結果的に感染予防の再強化が必要となり、ジョンソン首相は窮地に立たされる恐れがある。新たに発覚した官邸主催パーティーで首相の法令違反が確定したり、さらなる感染拡大で行動制限の再強化を迫られたり、5月の統一地方選挙で保守党の苦戦が続く場合、ジョンソン首相の党首解任と首相交代が現実味を帯びることになる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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