多様な人にわかりやすい日本語とは?

~ガイドライン類の比較を通じて~

水野 映子

目次

日本語をわかりやすくしようとする動きが、さまざまな方面で進んでいる。その理由のひとつは、日本語を母語としない人(外国人など)や障害のある人をはじめ、多様な人々に情報をわかりやすく伝える必要性が高まっていることにある。また、機械翻訳を含め、外国語に翻訳した際に伝わりやすくするためにも、シンプルでわかりやすい日本語が重要になっている。

では、具体的にどのような日本語がわかりやすい・伝わりやすいのだろうか。本稿では、主に書き言葉の日本語のわかりやすさを求める動きを概観する。そのうえで、どのような日本語がわかりやすいとされているかを探る。

1.日本語のわかりやすさを求める動き

(1)「やさしい日本語」の推進

代表的な動きのひとつは、これまでに拙稿(注1)でも紹介した「やさしい日本語」の推進である。出入国在留管理庁・文化庁は2020~2023年に『在留支援のためのやさしい日本語に関するガイドライン』やその別冊を計4冊発行した(注2)。このガイドラインでは、やさしい日本語を「難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語」と定義している。

やさしい日本語は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、災害時に外国人に情報をすばやく正確に伝える手段のひとつとして考案された。現在では、災害時とともに平常時にも、やさしい日本語を使うようになっている。また、外国人だけでなく日本人への情報提供にやさしい日本語を活用できる可能性もある。

(2)公用文の改善

公用文、いわゆる「お役所言葉」をわかりやすくする動きもある。2022年には、文化庁文化審議会が『公用文作成の考え方(建議)』を出した。1952年の『公用文作成の要領』から、70年ぶりの大幅な改訂である(注3)。

この改訂により、一般向けの公用文はわかりやすく書くという考え方が示された。具体的には、「特別な知識を持たない人にとっての読みやすさを優先し、書き表し方を工夫する」、「義務教育で学ぶ範囲の知識で理解できるように書くよう努める」などの記述がある。また、「日本語を母語としない人々に対しては、平易で親しみやすい日本語(やさしい日本語)を用いる」とあり、(1)のやさしい日本語の考え方が反映されている。

(3)知的障害のある人にとってのわかりやすさの向上

(1)で述べたように、やさしい日本語推進の第一の目的は、外国人に情報を伝えることにある。一方、知的障害のある人にわかりやすく情報を提供するための実践や研究も以前からおこなわれてきた。やさしい日本語と知的障害のある人にとってわかりやすい情報の比較研究もされている(注4)。

(社福)大阪手をつなぐ育成会は、2015年度の厚生労働省の事業により、『わかりやすい情報提供に関するガイドライン』を作成した(注5)。また、(一社)スローコミュニケーションは、このガイドラインを参考にしながら独自の調査研究にもとづき、小冊子『「わかりやすさ」をつくる13のポイント』を2019年にまとめた。

上記(1)~(3)の動きの中で、国や自治体はウェブサイト・パンフレット・広報誌などにやさしい日本語を取り入れたり、わかりやすい情報発信に関するマニュアル作成や公用文を書き換えるプロジェクトをおこなったりしている(注6)。また、知的障害のある人向けには「わかりやすい版」などの名称での情報も発信している(注7)。

(4)「プレイン・ランゲージ」の潮流

以上は日本の動きだが、海外ではわかりやすく伝わりやすい言葉として「プレイン・ランゲージ(plain language)」の普及を進める動きがある。浅井(注8)は「情報化社会において、スピーディーで正確なコミュニケーション力と判断力が相互理解の重要なカギであり、プレイン・ランゲージ(プレイン・イングリッシュ、プレイン・ジャパニーズなど)はその必要不可欠なツールである」と述べている。また庵(注9)は、プレイン・ジャパニーズを「日本語母語話者にとっての『やさしい日本語』」と位置づけている。

前述の浅井によると、イギリスやアメリカでは1970年代にプレイン・イングリッシュを求める市民運動が始まった。現在では、英語圏を中心に政府の公文書や民間のビジネス文書にプレイン・イングリッシュが広く使われている。

また、プレイン・ランゲージは、ESG経営の報告書や2015年に国連が採択したSDGs(持続可能な開発目標)などにも取り入れられている。そうした動きを受けて、国際標準化機構(ISO)はプレイン・ランゲージの規格作りを進めている(注10)。

(一社)日本プレインランゲージ協会は、日本人に向けてプレイン・イングリッシュやプレイン・ジャパニーズのガイドラインを示している(注11)。  

2.わかりやすい日本語のためのガイドライン類の比較

以上で述べたように、日本語をわかりやすくする動きはさまざまな方面で進んでいる。また、それぞれにガイドラインなどがある。各ガイドライン類の目的は異なり、日本語をわかりやすくするための配慮事項にも違いがあるが、似ている面もある。それぞれの相違点は特定の対象者(たとえば外国人、知的障害のある人)への情報提供や特定の分野(たとえば公文書)での情報提供における個別の配慮事項、類似点は幅広い情報提供における一般的な配慮事項ともいえる(注12)。

そこで次の(1)では、3つのガイドライン類『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』『公用文作成の考え方(建議)』『わかりやすい情報提供に関するガイドライン』について、それぞれの目的や内容を概説する。そのうえで(2)では、それらの類似点と相違点を探る。

(1)ガイドライン類の概要

<①在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン>

出入国在留管理庁・文化庁発行の『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』は、「国や地方公共団体が、お知らせなどの情報を作るときに、やさしい日本語を使って日本に住む外国人にもしっかりと情報が届くようになることを目指して」いる。また、主に「書き言葉に焦点をあてて」いる(注13)。

このガイドラインにおける「やさしい日本語の作り方」は、図表1に示す3つの「ステップ」に分かれている。まずステップ1で「日本人にわかりやすい文章」、次のステップ2で「外国人にもわかりやすい文章」を作り、最後のステップ3で日本語教師や外国人が「わかりやすさを確認」するというものである。ただし、日本人にわかりやすい文章を作る際に必要だと思われる点は、ステップ1だけでなくステップ2にもある。

図表1 『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』の概要
図表1 『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』の概要

<②公用文作成の考え方(建議)>

文化庁文化審議会『公用文作成の考え方(建議)』では、「基本的な考え方」のもとに、表記・用語・文章のあり方(Ⅰ~Ⅲ)が示されている(図表2)。一般向けの公用文をわかりやすく書くという方針は、「基本的な考え方」にも書かれている。

各項目にはそれぞれ下位項目がある。図表2の右列には、本稿に特に関係している下位項目の一部を示す。

図表2 『公用文作成の考え方(建議)』の概要
図表2 『公用文作成の考え方(建議)』の概要

<③わかりやすい情報提供に関するガイドライン>

前述のように、『わかりやすい情報提供に関するガイドライン』の主な目的は、知的障害のある人にとってわかりやすい情報を提供することにある。ただしその前書きには「工夫のうえにつくられた情報提供のかたちは、知的障害のある人だけでなく外国人や高齢者、子どもなど、日本語の活字情報からともすると遠ざけられる人たちにとってもわかりやすいものになるはず」と記されている。

内容は、図表3の通り「文章の書き方」「視覚的な見せ方」「伝えるための配慮」に分かれている。

図表3 『わかりやすい情報提供に関するガイドライン』の概要
図表3 『わかりやすい情報提供に関するガイドライン』の概要

(2)ガイドライン類の類似点・相違点

以上で述べた3つのガイドライン類(①在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン、②公用文作成の考え方(建議)、③わかりやすい情報提供に関するガイドライン)の類似点と相違点を述べる。なお、以下では各ガイドライン類を①②③と省略する。

<類似点>

主な類似点を図表4に示す。

情報の選び方

伝える内容を整理して取捨選択するという点は①②③に共通している。ただし、単に情報を減らすのではなく、不足している情報を補うことや具体的な情報を入れることも必要としている。

言葉の選び方・使い方

簡単な言葉を使う、専門用語・外来語をむやみに使わないという点は①②③で似ている。ただし、重要な言葉やなじみのある言葉はそのまま使う、説明を加えるという工夫もあがっている。また、①②では「くらい」「ごろ」のような曖昧な表現や、「結構です」のように複数の意味を持つ言葉を避ける、という記述もある。

漢字に関しては、①③ではそれぞれ外国人・知的障害のある人にとってわかりやすいよう、漢字を使いすぎないことやふりがな(ルビ)をつけることが必要とされている。②では「漢字の使用は、『常用漢字表』に基づく」としながらも、「広く一般に向けた解説・広報等においては(中略)仮名で書いたり振り仮名を使ったりすることができる」としている。

文の書き方

一文を短くする、一文の論点をひとつにする、箇条書きで整理するという点はおおむね共通している。適当な文字数に関しては、③では「30字以内」、②では「一概に決められないが、50~60字ほど」を目安としている。

また、二重否定・受身形の使用や、回りくどい言い方・不要な繰り返しをできるだけ避けるという点もあがっている。

情報の見せ方

イラスト・図・写真・記号などを使って視覚的な情報を補うという点は、①②③に共通している。また、①②では読みやすいフォント(ユニバーサルデザインフォントなど)を使うという点にも言及している。

図表4 各ガイドライン類の類似点
図表4 各ガイドライン類の類似点

以上をまとめると、①②③のガイドライン類の主な類似点としては、情報を取捨選択して整理する、難しい言葉を使わず文章を短くシンプルにする、ただし必要に応じて言葉を補ったり視覚的な情報を加えたりする、などがある。これらの点は、伝える相手の母語や障害の有無などにかかわらず、わかりやすい日本語を書くために重要だといえる。

<相違点>

情報の見せ方・伝達手段

画像などを使って視覚的にわかりやすくするという工夫は①②③のいずれにも書かれているが、知的障害のある人を情報提供の対象として想定した③における記述は①②より詳しい。また③では、口頭で補足説明をするなど、情報伝達手段についての記述もある。これらは知的障害のある人に対して情報提供する際により必要な点といえる。

言葉の選び方・文章の書き方

前述のように、難しい言葉を使わないという点は①②③共通だが、どのような言葉が難しいかは人によって異なる。特に、外国人にとっての難しさと知的障害のある人にとっての難しさは異なる可能性がある(前述の注4参照)。

なお、①では「やさしい日本語を使う際には、対象にする外国人の言語背景や日本語能力などに応じて、柔軟に調節する」、③では「読解能力、聞く能力には個人差があるため、読み手の特性を考慮し媒体を作成する」としている。外国人・知的障害のある人といった特性に合わせることに加え、個人の特性に合わせることも必要である。

わかりやすさの評価方法

わかりやすさを評価する方法についての記述があるのは、①の「ステップ3わかりやすさを確認(日本語教師や外国人に確認してもらう)」だけである。ただし、③と同様に知的障害のある人向けの情報提供のポイントを示した小冊子『「わかりやすさ」をつくる13のポイント』(前述)の「番外編」には、当事者(知的障害のある人)の意見を聞くという項目がある。わかりやすさを評価することは、どのような人に情報提供するうえでも重要だろう。

3.まとめ ~わかりやすい日本語を推進するために~

本稿では、多様な人にわかりやすい日本語を進める動きと、そのガイドライン類の概要を述べた。また、各ガイドライン類の類似点・相違点を抽出した。

ここであげた類似点は、情報提供の対象者や分野にかかわらず、誰もがわかりやすい日本語を書くための基本な配慮事項といえる。まずはこれらの点を考慮したうえで、情報提供の対象者や分野によって日本語をさらに調整することが必要である。そのような工夫や配慮をしてわかりやすく伝えることは、情報を受ける側はもちろん、発信する側のためにもなる。

今回は、どのような日本語がわかりやすいのかという技術的な面に主な焦点をあてた。ただし、日本語の形式や内容だけでなく、誰のため・何のために情報を伝えるのかという目的も常に考えることが、よりわかりやすい情報発信につながるだろう。


【注釈】

  1. 以下のレポートなどで「やさしい日本語」について述べている。
    水野映子「『やさしい日本語』の重要性 ~多文化共生社会をめざして~」2022年5月
    水野映子「日本人にも役立つ『やさしい日本語』 ~外国人対応だけでないメリット~」2023年6月
  2. いずれも以下のウェブサイトに載っている。
    出入国在留管理庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」
    https://www.moj.go.jp/isa/support/portal/plainjapanese_guideline.html
  3. この改訂については、以下の著書などに詳しい。
    岩田一成『新しい公用文作成ガイドブック ~わかりやすく伝えるための考え方~』日本加除出版、2022年
  4. 知的障害のある人への情報提供については、以下の著書などに詳しい。
    打浪文子『知的障害のある人たちと「ことば」 ~「わかりやすさ」と情報保障・合理的配慮~』生活書院、2018年
  5. このガイドラインは以下のウェブサイトに載っている。
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/dl/171020-01.pdf
    また、(社福)大阪手をつなぐ育成会のウェブサイトにも、このガイドラインとおおむね同じ内容の「わかりやすい情報提供のガイドライン」(全国手をつなぐ育成会連合会、2016年発行)が載っている。
    https://www.osaka-ikuseikai.or.jp/ul_file/activity-1-10-1-20220531110517.pdf
  6. たとえば岩田(注3の著書参照)は、「確認できるだけでも約40の自治体が、わかりやすい情報発信に関するマニュアルを作成している」としている。また岩田(以下の著書参照)は、町田市が2018年度から「見直そう!“伝わる日本語”推進運動」をおこなっていることや、静岡県富士宮市や港区でも同種の取り組みがあることを紹介している。
    岩田一成「第Ⅱ部 10.行政におけることばの問題」、庵功雄 編著『「日本人の日本語」を考える プレイン・ランゲージをめぐって』丸善出版、2022年
  7. たとえば、以下のウェブサイトを参照。
    内閣府「障害者差別解消法リーフレット(わかりやすい版)」
    https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_wakariyasui.html
  8. 浅井満知子「第Ⅰ部 2.海外の動向 -プレイン・ランゲージをめぐって」、庵功雄 編著『「日本人の日本語」を考える プレイン・ランゲージをめぐって』丸善出版、2022年
  9. 庵功雄「第Ⅰ部 1.日本語母語話者にとっての『やさしい日本語』」、庵功雄 編著『「日本人の日本語」を考える プレイン・ランゲージをめぐって』丸善出版、2022年
  10. 2023年6月には以下のISOが発行されている。
    ISO 24495-1:2023 Plain language Part 1: Governing principles and guidelines
  11. (一社)日本プレインランゲージ協会のウェブサイトに以下のガイドラインが載っている。 (同協会は「プレイン」の後ろに傍点「・」をつけない表記を用いているが、本稿では固有名詞・引用部分以外は「プレイン・」の表記で統一した。)
    「プレインイングリッシュ(Plain English) 9のガイドライン」
    https://japl9.org/plainenglish/e9rules-analysis/
    「プレインジャパニーズ 9のガイドライン」
    https://japl9.org/plainjapanese/j10rules-analysis/
  12. 吉開は以下の著書の中で、やさしい日本語を2階建ての家にたとえ、2階部分を「個別対象の人たちに、個別場面で伝わりやすい日本語表現」、1階部分を「最低限の工夫で誰にも伝わりやすい日本語表現」としている。本稿で示す各ガイドライン類の相違点はこのたとえの「2階部分」、類似点はこのたとえの「1階部分」に近い。
    吉開章(2023)『入門・やさしい日本語 外国人と日本語で話そう[増補版]』アスク
  13. 話し言葉に関しては、2022年発行『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン 話し言葉のポイント』に詳しい(注2参照)。

水野 映子


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