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不正選挙と暴力の代償

~岐路に立つ民主主義、Freedom House年次報告からパワー・バランスを紐解く~

石附 賢実

要旨
  • 「法の支配」とは、権力に対して法の優越を確保する考え方である。「法の支配」の下、民主主義国では意思表示や報道の自由が保障され、公正な選挙が行われるが、権威主義国では選挙が実施されても反体制派の立候補ができなかったり、情報を自由に入手できなかったりする。「自由なくして民主主義なし」である。
  • 米Freedom Houseによる年次報告書「Freedom in the World」は、世界各国の政治権利と市民的自由を評価し自由度をランク付けしている。2024年版(調査年2023年)の報告では、52か国で自由度が低下し、21か国で向上した。特に選挙操作(manipulation)や武力衝突が民主主義と自由を脅かしている。
  • 自由度3区分(Free, Partly Free, Not Free)毎に各国のGDPを積算し、パワー・バランスの推移を概観すると、中国やロシアを含むNot Free国のGDP世界シェアが増大してきている一方で、G7を中心としたFree国のシェアは減少している。それでも2023年時点で63.4%と依然として大きな影響力を有している。
  • 民主主義陣営のパワーを維持するには、Free国が経済成長することに加えて、各国において民主主義の度合いを維持・高めることが必要だ。2024年は世界各国で重要な選挙が予定されている。特に米大統領選においては、選挙結果の受け入れと敗者支持層の包摂等、安定した政権運営に向けた努力が求められる。
  • 我々は相対の世界に生きている。相手があって、相手陣営と自陣営、あるいは相手国と自国とのパワー・バランスが変化する。パワー・バランスの推移からは、あたかもFree国が縮小しているかのような錯覚を受けるが、縮小しているのはシェアであり、ドル建名目GDPは成長を続けている。なお、2020-2023年の3年間は中国の成長鈍化もあってパワー・バランスに殆ど変化がみられなかった。
  • 日本に着目すれば全く違う景色がみえてくる。中国を含めた周りの国が成長しているなかで日本が低成長にとどまれば、今後もひたすら相対劣後していくこととなる。一部にはもはや成長を目指すべきではないとする「脱成長論」のような主張もみられるが、それでは「相手」が存在するなかで日本の国力、防衛力を保つことはできない。あらためて、我々は「相対の世界に生きている」。
目次

1. No freedom, no democracy~自由なくして民主主義なし

民主主義陣営と権威主義陣営の対立が叫ばれるようになって久しい。以下に説明するように、「自由」は民主主義の前提となる「法の支配(rule of law)」が機能しているか否かを判断する上でのリトマス試験紙ともいえよう。

法の支配とは、権力に対して法の優越を確保する考え方であり、法の支配が機能しているかどうかは、実質的に法が権力の上位に位置付けられているのか、下位に位置付けられているのかをみることで判別できる。選挙を一例にとれば、法の支配が機能する民主主義国では、意思表示や報道の自由が保障され、立候補の制約もないなかで公正な選挙が行われ、選ばれた権力者は有権者の期待に応えようと政策を立案し行動する。選挙に負ければ下野する。一方で、法の支配が機能していない権威主義的な国では、選挙が実施されない、あるいは実施されても例えば2024年3月のロシア大統領選のように反体制派の候補者は立候補ができなかったり、情報を自由に入手できなかったりする。反体制派には身体的拘束の危険性もあり、選挙結果が書き換えられることすらある。法の支配とは逆に法が権力の下位に位置する、権力者のための法、ともいえる。「自由なくして民主主義なし」である。

法の支配の対義語は、力の支配(rule of power)、もしくは人の支配(rule of man)とされることが多い。より分かりやすく表現すれば、力や人は「権力」と読み替えることができるし、先ほどみたような権力者による公権力の乱用に鑑みれば「暴力」と読み替えることもできる(資料1)。

資料1 法の支配のイメージ
資料1 法の支配のイメージ

2. Freedom in the World 2024~不正選挙と暴力の代償

ここで、民主主義や法の支配の前提となる「自由」の状態をみてみよう。米Freedom Houseは、世界中の政治権利と市民的自由を評価し促進する独立組織であり、その年次報告書「Freedom in the World」は、各国の自由の状態をランク付けする重要な指標として機能している。この報告書は、政治権利と市民的自由に基づいて国々と地域を評価し、世界各国の自由度の動向を明らかにしている。1973年(調査年1972年)から継続して、ほぼ同趣旨の手法・区分にて毎年公表されている。2024年版(調査年2023年)は2024年2月に公表され、210の国・地域を評価している。

具体的には、政治権利と市民的自由にそれぞれ40点、60点を配分して評価し、合計100点満点でスコアを算出の上、自由度をFree, Partly Free, Not Freeの3つに分類している。なお、分類は単純に「何点以上・以下」ではなく、政治権利と市民的自由の点数のマトリクスによって決まる(注1)。

2023年の状況についてみてみると、52か国で自由度が低下、21か国で向上した。低下国数が向上国数を上回る、つまり自由度が全体として悪化しているのは18年連続である。特に選挙操作(manipulation)、選挙結果の改変、そして武力衝突が、世界中で民主主義と自由を脅かしていると評価している。選挙操作については、タイやニジェールなどで政府形成プロセスが歪められたり、民主的に選ばれた政府が軍事クーデターによって転覆されたりする例が見られている。これらの行動は選挙の本質を損ね、市民自らが政府を選ぶ基本的な権利を侵害している。選挙結果の改変は、グアテマラでの政権変更試みのように、選挙を通じて示された民意が後から無視される事態が引き起こされている。なお、少し前になるが2020年のベラルーシの大統領選も選挙結果は不正なものと指摘されている。このような行為は、選挙の信頼性と民主主義の健全性に重大な影響を与える。

武力衝突もまた、多くの地域で自由度に深刻な影響を与えている。注目の集まるガザのみならず、アゼルバイジャンの軍事攻勢を受けたナゴルノ・カラバフ、ウクライナ国内のロシア占領地、内戦の続くスーダン、あるいはロシアの民間軍事会社ワグネルの活動するマリなどにおいて、人道危機が懸念される事態が多数発生している。これらの武力衝突は、死と破壊をもたらすだけでなく、対象となる地域の自由を危機にさらしている。

資料2 Freedom in the World 2024 3ポイント以上悪化・改善国

※地図上をクリックすることで各国の自由度等を表示

(出所)Freedom House(2024)より第一生命経済研究所作成、Created with flourish studio

(注)Freedom Houseで「独立国」に分類されていないガザやナゴルノ・カラバフは除く。ガザは8点(対前年比-3pt)、ナゴルノ・カラバフは-3点(同-40pt)

3. 自由度別にGDPを積算し、パワー・バランスの推移を概観

次に、自由度3区分(Free, Partly Free, Not Free)毎に各国のGDPを積算し、Free国を中心とした民主主義陣営、Not Free国を中心とした権威主義陣営のパワー・バランスの推移を概観する(資料3)。中国、ロシアを含むNot Free国が世界のGDPに占める割合は25.1%と、1990年(ソ連崩壊前)の6.2%から経済的な影響力を増大させている。他方で、日米含むG7を中心としたFree国の同割合は減少が続いているとはいえ2023年時点で63.4%と過半を大幅に上回り、依然として経済的に大きな影響力を有している。

Free国の2000年頃の圧倒的なパワーに鑑みると、陰りがみえている感覚は否めないが、これにはひとえに中国の成長が影響している。2000年から2023年にかけてのNot Free国の成長への中国の寄与度は69.8%である。グローバル・サウスとされる途上国の多くはNot FreeやPartly Freeに含まれており彼らも成長しているが、中国の爆発的な成長によりこれまでは圧倒的に強かったFree国のパワーが相対的に衰え、グローバル・サウスがキャスティングボードを握る場面が増加してきている状況といえよう(石附(2024))。

資料1 法の支配のイメージ
資料1 法の支配のイメージ

民主主義陣営のパワーを維持するには、Free国が経済成長することに加えて、各国において民主主義の度合いを維持し、高めることが必要だ。Freeから転落する国がないよう、あるいは逆にPartly FreeやNot Freeから昇格する国がでてくるようにするには、各国、特に米国において、分断を乗り越え、魅力ある民主主義国家像を体現していく必要がある。ましてや民主主義とされる国で、不正選挙や暴力が懸念されるような事態があってはならない。

2024年は世界各国で重要な選挙が予定されている。既にインドネシアや韓国では選挙が実施され、4月から5月にかけてはインド総選挙、6月にはEU議会選挙やメキシコ大統領選、11月には米大統領選が予定されている。インドは世界最大の民主主義国家と表現されるが現状はPartly Freeに分類されており、ヒンドゥー至上主義ともいえるような排他的な政策が目立つし、3月には野党党首が逮捕されるなど強権的な姿勢もみられる。また、特に注目される米大統領選は、民主・共和のどちらが勝っても国内外の混乱が予想される状況に陥っており、例えナイーブといわれようとも、選挙結果の受け入れと敗者支持層の包摂を含めて、双方の陣営に安定した政権運営に向けた努力が求められることを指摘したい。

4. おわりに~我々は相対の世界に生きている

パワー・バランスの変化から筆者が強調したいもう一つの示唆は、我々は相対の世界に生きている、という点である。先に見たようにパワー・バランスの変化は中国の台頭による影響が大きい。

要は相手があって、相手陣営と自陣営、あるいは相手国と自国とのパワー・バランスが変化する、ということである。資料2をみるとあたかもFree国が縮小しているかのような錯覚に陥るが、縮小しているのはシェアであり、実数(ドル建名目GDP)は成長を続けている。2010-2020年をみるとFree国は年平均0.8%、Not Free国は同6.9%成長している。そして2020-2023年をみるとFree国は同6.7%、Not Free国は同6.9%とほぼ同水準となっている(注2)。つまりこの3年間は中国の成長鈍化もあってパワー・バランスに殆ど変化がみられなかったということになる。民主主義陣営からすれば朗報ともいえる状況になってきている。

しかし、日本に着目すれば全く違う景色がみえてくる。2020-2023年をみると、そもそも自国通貨建の成長率が低いうえに円安によってドル建では大幅マイナス成長だ。そして、中国を含めた周りの国が成長しているなかで日本が低成長にとどまれば、今後もひたすら相対劣後していくことになる。経済力は国力の源泉であることは論を俟たない。例えば防衛力に目を向けると、日本は防衛費をGDP比でNATO目標並みの2%に引き上げることを決定しているが、2%は比率に過ぎず、GDPそのものが成長しなければ相対的な防衛力は保てない。一部には日本はもはや成長を目指すべきではないとする「脱成長論」のような主張もみられるが、それでは「相手」が存在するなかで日本の外交力・防衛力を保つことはできない。

あらためて、経済成長は国力にかかるあらゆる側面で重要だ。それは、我々が「相対の世界に生きている」からである。

以 上

【注釈】

  1. 3分類を導き出す政治権利と市民的自由の点数のマトリクスは以下の通り。なお、詳細な点数計算手法・内訳についてはFreedom Houseホームページ参照。
    https://freedomhouse.org/reports/freedom-world/freedom-world-research-methodology)。

Political Rights score
Political Rights score

  1. 自由度別に積算したGDP(名目US10億$)

自由度別に積算したGDP(名目US10億$)
自由度別に積算したGDP(名目US10億$)

【参考文献】

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。