少子化対策としての介護保険制度充実

~社会保障制度を良好な世代間関係の阻害要因にしないために~

櫻井 雅仁

目次

1.介護報酬改定と少子化対策の関係

2024年度から始まる第9期介護保険事業計画の改定内容が確定した。その中で、介護報酬が1.59%上昇することが決まった。喫緊の課題である介護人材の確保に向けた処遇改善、介護事業者の苦しい経営状況への対応等が背景にある。また、社会保障審議会で論点とされていた介護利用料2割負担の対象拡大等、高齢者の負担増につながる項目の導入は見送られ、第10期介護保険事業計画が始まる2027年度までの検討課題とされた。介護報酬の上昇率の十分性については議論があろうが、方向性は、いずれも介護保険制度の現状に鑑み妥当なものと考えられる(注1)。

一方で、「異次元の少子化対策」として打ち出された様々な子育て世代への経済的支援策の財源として、社会保障制度の歳出カット、中でも診療報酬、介護報酬が明示的に候補に挙げられていた。今回、介護報酬予算の減額が実現しなかったことで、一部報道では「子育て財源に綻び」、「子育て財源確保に不透明感」等、介護保険制度の維持・充実が少子化対策の足枷になるかのような表現が用いられ、高齢者と子育て世代の世代間対立を惹起しかねない雰囲気すら感じられる。

本稿では、少子化対策の推進、あるいはその恩恵を受ける子育て世代にとって、介護保険制度の維持・充実に向けた予算配分をどのように考えれば良いのか検討する。

2.親の介護に伴う子育て世代の負担

(1)高まる親の介護と子育てが同時期に訪れる可能性

厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、2022年時点の家族介護者のうち、「子、あるいは子の配偶者」は56.7%を占め、その年齢は、39歳以下1.3%、40歳から49歳8.5%、50歳から59歳35.4%、60歳以上53.6%となっている。半数以上が子育てを終えた世代と考えて良いであろう。

しかし、昨今の出産のタイミングが遅くなる傾向を踏まえると(図表1)、今後は子育てと親の介護の時期が重なるケースが多くなってくると考えられる(図表2)。

子育てと介護を同時に行うことは、経済的、精神的、肉体的、時間的に大きな負担となるため、子どもを持つことへの不安感・抵抗感を引き起こす可能性がある。介護保険サービスや介護予防・生活支援総合事業サービス(以下、「介護サービス等」)、地域共生社会における各種サポート等がしっかりと整備され、これらによる負担減が予め認識されることで、子どもを持つことへの不安感・抵抗感は軽減できるものと思われる。

図表1 第一子出産平均年齢
図表1 第一子出産平均年齢

図表2 親の介護と子育てのタイミング(例示)
図表2 親の介護と子育てのタイミング(例示)

(2)介護の社会化(家族介護からの脱却)は不完全

過去においては、親の介護は子ども(配偶者を含む)が担うものと認識され、その補完として状況に応じて社会福祉制度の行政措置が行われていた。2000年に介護保険制度が始まり、制度上は介護を社会全体で支えることとなったが、介護の主体が家族・親族であるケースが過半数となっている現状を踏まえると(注2)、まだ家族等の負担は大きいといえる。

これは、現行の介護保険制度においては、要介護者の生活支援を目的とした介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)での生活は、原則として重度の要介護者(要介護度3以上)に限定され、それ以外は在宅での介護等により生活支援、重度化防止を行うことを基本的な考えとしていることも影響している。この、在宅介護をメインとする考え方は、要介護者・要支援者(以下、「要介護者等」)自身の「自分の家で過ごしたい」という希望や、要介護者等の尊厳を保持し、個々が有する能力に応じ自立した日常生活を支えるという介護保険制度の理念に加え、相対的に財政面での負担が大きい施設介護が進まないことも理由になっていると思われる。

また、在宅での介護等の場合は、ケアプランにもとづき、要介護度等に応じた利用額の枠内で介護サービス等が提供され、不足分は家族等でカバーせざるを得ないことも理由の1つと考えられる。

(3)介護休業・介護休暇等、介護と仕事の両立支援制度の有効活用に向けた前提条件

有職者の親等が要介護者等となった場合、介護サービス等による介護・生活支援だけでは十分でなく、家族介護も必要となると、仕事と介護の両立への対応が必要になる。その1つが介護休暇・介護休業制度の活用である。

図表3介護休暇・介護休業制度の概要
図表3介護休暇・介護休業制度の概要

図表3の通り、法令上の取得可能日数は、介護休暇は対象家族一人当たり年5日まで、介護休業は93日までである。厚生労働省「雇用均等基本調査」によると、事業所の中には独自の規定により上限日数を引き上げているところもある(図表4)。しかしながら、介護休暇・介護休業の取得日数を「制限なし」としている企業はそれぞれ5.8%、3.9%に止まっている。

図表4 介護休暇・介護休業期間の上限設定の状況
図表4 介護休暇・介護休業期間の上限設定の状況

また、介護等を行う期間は、公益財団法人 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」によると、2021年度時点で平均5年1カ月、「4年~10年未満」が31.5%と最も多く、「10年以上」も17.6%あり(注3)、長期間の介護を覚悟しなければならない。介護休暇や介護休業を活用しても、有職者の家族で対応し切ることは困難な状況にある。

元々、介護休暇は通院の付き添いや介護サービス等の手続き代行、介護サービス等の利用に向けたケアマネジャー等との打ち合わせなど、突発事項を含めた短時間の利用を想定している。また、介護休業は、緊急対応的に自身で介護を行うことに加え、長期にわたる介護に対応するために地域包括支援センターやケアマネジャーへの相談、介護サービス等の手配、ボランティアや地域サービス等の手配等、仕事と介護を両立できる体制整備に利用することを想定している。介護休暇や介護休業を利用して仕事と介護を両立するためには、一人で抱え込まずに介護を行うために利用できる介護サービス等の充実、あるいは地域共生社会の実現が必要不可欠といえる。

介護休暇、介護休業の取得率については、総務省「就業構造基本調査」によると、「介護をしている雇用者」の介護休暇、介護休業の取得率は、2022年で4.50%、1.57%に止まる。厚生労働省は、要介護者等が増加する中、介護離職者防止策として育児・介護休業法に定められた介護休業制度等の周知徹底等を行っているが(注4)、取得率はまだ非常に低い水準にある。また、介護休業等の他にも、同法で定められた短時間勤務や所定外労働の制限(残業免除)等の制度の利用も考えられる。

ただし、前述の通り、こうした様々な仕事と介護の両立支援制度は介護保険制度の充実や地域共生社会の実現が伴って、はじめて効果を発揮するものといえる。

(4)介護期間の経済的ダメージ

上記のような仕事と介護の両立支援制度を利用して親等の介護を行った場合、所属する企業の制度にもよるが、収入減少等の経済的ダメージが発生するケースが多い。介護保険制度のみで十分な体制整備を行えない場合は、経済的負担の大きい介護保険外サービスの利用も検討しなければならず、さらには介護に専念するために離職せざるを得ないケースもある。

介護・看護を理由とする離職者数は、就業構造基本調査によると2021年10月から2022年9月までの期間で約106.2千人に上り、増減を繰り返しながらも高水準で推移している(図表5)。

離職期間中は、それまでの収入が途絶えることに加え、長期の介護が終わった後に復職が思うように進まない場合は、経済的なダメージが非常に大きなものとなる。これを避けるためにも、介護保険制度の充実による介護の社会化、家族介護からの脱却を一層進める必要がある。

図表5 介護・看護を理由とする離職者数の推移
図表5 介護・看護を理由とする離職者数の推移

3.子育て世代にとっての介護保険制度充実の意義~社会保障制度の世代間対立の排除~

超高齢社会である今日、全世代型社会保障構築会議報告書(注5)の中でも指摘されているように、「社会保障を支えるのは若い世代であり、高齢者は支えられる世代である」との固定観念がある。そのような中、少子化対策の財源確保策の1つとされている介護保険制度の歳出改革が徹底されなかったことが、子育て世代からの不満を助長することが懸念される。そのうえ、介護保険制度の歳出改革として介護サービスの範囲や給付水準、自己負担の範囲の見直しを求める子育て世代の声が高まることで高齢者の不満も高まり、結果として世代間対立の雰囲気が醸成されるおそれもある。これは真の意味での全世代型社会保障を進める点で障害となるだけでなく、地域共生社会の実現にも逆行することになるため、避けなければならない。

さらに今後、出産年齢の上昇・少子化等により、きょうだい等の助けを得られる親族がいない子育て世代が、単独で親を介護するケースが従来以上に増えると予想される。介護保険制度や地域コミュニティでの協力が不十分である場合、そのような子育て世代にとって介護は経済的、精神的、肉体的、時間的に重い負担となり、子育てにも悪影響を及ぼすことが懸念される。

以上を踏まえると、介護保険制度への予算配賦を増やし介護等サービス内容および介護等サービスの担い手の質・量両面での充実を図ることは、高齢の要介護者等が直接的な受益者になる一方で、間接的には子育て世代の支援にもつながると考えられる。介護保険制度の充実は、高齢者・子育て世代双方を利する方針として、双方が気持ちを合わせて追求するものと考えるべきではないだろうか。世代間の関係性を良好なものにすることは、良質な地域共生社会の実現にも裨益し、子育て、および高齢者の尊厳ある自立した生活、いずれも恩恵を受けることができる。

当然ながら、予算を無尽蔵に膨張させることはできない。しかし、超高齢社会を支えつつ少子化対策を強力に進めなければならない現状を踏まえると、介護保険制度と少子化対策の予算は、いずれも十分に配賦されることが必要な項目であり、社会保障制度予算の中でゼロサムやトレードオフの関係に置くべきではないと考える。高齢者、子育て世代共に心掛けたいことは、双方の事情について共感をもって理解することだ。社会保障制度の中での予算の取り合いではなく、より大きな範囲で社会のニーズ、公平性等を考慮し、適切なバランスを取って予算を配賦する必要があるとの想いを共有し、世代を超えた支え合いの仕組みを実現していくことが重要ではないかと考える。

【注釈】

1)櫻井雅仁「介護保険制度の見直しに向けた議論(1)~被保険者・利用者負担の視点から~

同「介護保険制度の見直しに向けた議論(3)~介護人材の確保の視点から~

2)厚生労働省「2022年 国民生活基礎調査」によると、介護の主体は家族・親族が57.7%を占め、事業者は15.7%に過ぎない(不詳、その他が合計26.6%)。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf

3)公益財団法人 生命保険文化センター「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査

4)厚生労働省は、「介護離職ゼロ」ポータルサイトを開設し、介護サービスや介護と仕事を両立していくために活用できる制度の関連情報へのアクセスを促している。

5)全世代型社会保障構築会議「全世代型社会保障構築会議 報告書(令和4年12月16日)

櫻井 雅仁


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櫻井 雅仁

さくらい まさひと

ライフデザイン研究部 研究理事
専⾨分野: 介護等、高齢者問題

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