介護保険制度の見直しに向けた議論(3)

~介護人材の確保の視点から~

櫻井 雅仁

目次

1.重要度が増す介護人材の確保に向けた取組み

創設から23年目に入った介護保険制度の見直しについて、2024年から始まる第9期介護保険事業計画(2024年~2026年)策定に向けて、厚生労働省社会保障審議会介護保険部会を中心に様々な議論が行われた(注1)。

その主要な論点の1つである介護人材の確保については、社会保障審議会の介護給付費分科会において、重要な要素となる処遇問題に影響を与える2024年度介護報酬改定に向けた議論が行われている。そこで本稿では、今後の介護保険制度の持続可能性を左右する介護人材の確保に関する議論について検討する。

まず、重要なポイントとして介護保険がスタートした際の理念として介護保険法が規定している内容を改めて確認する。

  • 介護保険制度は、要介護状態の高齢者の尊厳を守り、各自の能力に応じて自立した生活を営むことができるよう、必要なサービス給付を行うこと(介護保険法第1条要旨)

  • サービス給付においては、「状態の軽減や悪化防止に資すること」、「利用者の選択に基づいて多様な事業者・施設から提供されること」、「可能な限り居宅において各自の能力に応じて自立した生活を営めるよう配慮された内容・水準であること」が求められている(同第2条要旨)

2.介護人材の不足

介護人材確保の議論には、介護保険制度の維持を脅かすほどに介護人材が不足すると見込まれることが前提となっている。厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数」によると、2021年時点で、団塊ジュニア世代が65歳以上となる2040年までに、介護職員を2019年度比で約69万人増やす必要があると推計されている(図表1)。

図表1 介護職員必要数の推計
図表1 介護職員必要数の推計

介護職員は増えてはいるものの、現状ではまだ不足している。2022年度の介護関係職種の有効求人倍率は3.71倍(注2)、訪問介護職員と施設介護職員の有効求人倍率はそれぞれ15.53倍、3.79倍となっている(注3)。いずれも同時期の全産業の平均有効求人倍率1.16倍と比べ相当高い水準にある。また、公益財団法人介護労働安定センター「令和4年度介護労働実態調査 事業所における介護労働実態調査」(注4)によると、介護事業所における従業員の不足感(大いに不足+不足+やや不足)は、訪問介護員は83.5%、それ以外の介護職員(訪問介護以外の介護保険の指定介護事業所で働き、直接介護を行う者)は69.3%となっている。介護職員の充足に向けた進捗は芳しくないといえる。

3.介護職員数が充足しない理由

社会的ニーズが非常に高く、コロナ禍の際に耳目を集めた「エッセンシャルワーカー」として認識される介護職に十分に人が集まらない理由は何か。

介護労働安定センター「令和4年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査」(注5)では、現役介護職員(無期雇用職員)と他職業社員(正社員)の仕事に対する満足度を比較している。それによると、「仕事の内容・やりがい」、「賃金」、「労働時間・休日取得等の労働条件」、「人事評価・処遇のあり方」、「職場の環境(照明・空調・騒音等)」、「職場の人間関係・コミュニケーション」、「雇用の安定性」、「福利厚生」、「教育訓練・能力開発のあり方」、「職場生活全体」の全ての項目において介護職員が下回っている。特に賃金に対する満足度は他職業の半分以下である。

さらに、「労働条件・仕事の悩み」については、現役介護職員の52.1%が「人手が足りない」と回答している。以下、「仕事内容の割に賃金が低い」(41.4%)、「身体的負担が大きい」(29.8%)、「健康面(感染症・怪我)の不安がある」(29.0%)、「業務に対する社会的評価が低い」(27.7%)、「精神的にきつい」(26.8%)、「有給休暇が取りにくい」(26.2%)、「休憩が取りにくい」(22.6%)、「夜間や深夜時間帯に何か起こるのではないかと不安がある」(16.1%)が続く。

以上を踏まえると、人手が不足していることも反映して休みや休憩も取りにくいほど仕事が大変で、利用者の健康・生命、そして尊厳に関わる仕事であるため精神的にも辛く、その割には給与が低く社会的評価も低いといったことが、介護職に人が集まらない理由になっていると考えられる。

4.介護人材確保に向けた取組み

厚生労働省も、介護人材確保が介護保険制度の持続的な安定運用に不可欠な要素であるとの認識の下、図表2の通り「総合的な介護人材確保対策」に取り組んでいる。この中で、必要な介護職を将来にわたり確保するために優先すべきは、「介護職員の処遇改善」と「介護職の魅力向上」であろう。

図表2 総合的な介護人材確保対策(主な取組み)
図表2 総合的な介護人材確保対策(主な取組み)

(1)介護職員の処遇改善

厚生労働省によると、2022年度の役職者を除く全産業平均賃金と介護職員の賃金は、それぞれ36.1万円、29.3万円であり6.8万円の差がある(注6)。さらに、「賃金構造基本統計調査」に基づき、厚生労働省と同様の方法で役職者を含めて算出すると、それぞれ41.4万円、30.2万円となり11.2万円の差があることが分かる。今後、介護現場の人的充足を進める中で介護職のキャリアモデルとして役職者の立場で活躍するケースも増えてくると考える。役職者を含めた賃金格差についても注目していきたい。

介護給付費分科会の「関連団体ヒアリング」においても、多くの団体から介護職員の確保のためにも処遇改善を求めるとの声が挙がっている。過去においても介護職の処遇は改善されてきたが、相対的な低さに加え昨今の物価高への対応のために、さらなる改善が必要と考える。2024度年の介護報酬改定の中で実現するべきであろう。介護職員の処遇改善は、「介護職の魅力向上」にも繋がる。相対的な処遇の優劣は業種の社会的評価に影響を与える重要な要素の1つだ。

また、介護職の社会的評価が低く処遇が抑えられる理由の一つに「高齢者介護は元々家族が行っていたもので誰が行っても差異がなく、資格や技術・知識がなくてもできる」との誤解があるのではないだろうか。介護保険制度の理念(要介護状態の高齢者の尊厳保持、自立生活支援、状態の軽減、悪化防止等)を踏まえ、また介護サービスを受ける高齢者の視点に立つと、体位変換、食事の介助、排泄・入浴・着替えの介助等、要介護者の肉体的・精神的苦痛を取り除き、快適さを提供することは非常に重要である。状態の軽減・悪化防止を念頭に置いた介護はさらに重要である。こうした、必要なレベルでの介護サービスを提供する介護職は、国家資格である介護福祉士、公的資格である介護職員初任者研修等保有資格に関わらず、必要な技術・知識を要するプロフェッショナルな仕事である。相当程度に高い評価を受けそれに相応しい処遇を受けるべきであり、それをより周知する必要があると考える。

(2)介護職の魅力向上

厚生労働省では現在、介護職の魅力向上策として、「介護の仕事の魅力発信などによる普及啓発に向けた取組み」(注7)、「介護のしごと魅力発信事業」(注8)を行っている。こうした取組みにも関わらず、上述のようなネガティブなイメージはなかなか払拭されない。毎年の取組みに対してPDCAサイクルを回すことで、現在介護に携わっていない層、あるいは介護に関心がない層に対する訴求力を持って運営されることを期待したい。

特に、「介護の仕事の魅力発信などによる普及啓発に向けた取組み」である「介護の日(11月11日)」、「福祉人材確保対策重点期間」については、各都道府県・福祉人材センター・バンクが、職場訪問、体験型イベント、セミナー、HPへの啓発動画掲載等の工夫をこらしている。都・市町村の広報ニュースで宣伝する、自治体の掲示板で周知する等、より積極的な活動が望まれる。同じく「小・中・高校生等若者向けの福祉・介護のしごとの普及啓発に係るパンフレット等の各都道府県HPへの表示」については、HPに表示するだけではなく、各教育機関への積極的な働き掛け等による影響力の向上に期待したい。

(3)その他の介護人材確保策

その他、厚生労働省が掲げる「介護人材確保対策」として挙げられている「多様な人材の確保・育成」、「離職防止・定着促進・生産性向上」、「外国人材の受入れ環境整備」についても介護職の「処遇の改善・魅力向上」の視点から簡単に述べたい。

「多様な人材の確保・育成」の施策の1つとして、介護助手等の普及促進がある。医療現場でタスク・シフト/シェア(医師の労働時間短縮を目的に、医師に偏在していた業務の一部を他の医療関連職種に移管、あるいは共同実施すること)と同様に、介護現場でも、介護に係る資格を持たない介護助手を活用したタスクシェア・タスクシフティングについての取組みを促進するものである。介護助手が清掃・洗濯、配膳、必要品の買出しなど簡単な業務行うことで、介護職員が専門性を必要とする業務(利用者に直接触れる移動・排泄・食事等の介助や清拭など)に注力できる。

厚生労働省は、都道府県福祉人材センターに「介護助手等普及推進員」を配置して、希望者の掘起こしに注力しているが、さらなる活性化が必要である。介護助手が増えない理由の一つとして、厚生労働省が想定している介護助手の属性が、地域包括ケアシステムの総合事業におけるサービスの担い手や広く地域におけるボランティア等の属性と重なっていることが挙げられるのではないだろうか。いずれも、主に女性や高齢者等が母体となるようである。同じ介護の領域で人材を奪い合い、結果として介護関連人材の総和が変わらず、介護職員が引き続き無資格でも対応可能な業務を担い、処遇・社会的評価共に改善しないということにならないよう、有効な方策が打たれ介護の現場での適切な役割分担が実現することが期待される。

「離職防止・定着促進・生産性向上」については、テクノロジーを活用した生産性向上策を介護事業者が積極的に取り入れられるよう、手厚い助成等による支援を期待したい。ただし、これは「介護現場を楽にする」ためのものであるべきで、人員削減の手段になっては介護職員の働く環境は改善されず、介護職への魅力増進にも繋がらない。あくまで介護職員がやりがいをもって要介護者・要支援者に向き合う時間の創出、より働きやすい職場環境の実現を目的としたものでなければならないだろう。

「外国人材の受入れ環境整備」については、厚生労働省は2024年度から外国人留学生を受け入れる介護施設を対象に、日本語学校等で学ぶための奨学金に充てる補助金を拡充することを決めたようである(注9)。他国との人材獲得競争で優位に立つことを目的にしているようだが、介護職に就いた後の処遇を改善しなければ、働く国として相対優位に立つことはできないのではないだろうか。やはり、介護職全体の処遇改善が必要になってくると考えられる。

5.主な介護の主体を「家族」に戻さないために

繰り返しになるが、介護保険制度は、主に家族が担ってきた介護を保険料・公費を財源に社会全体で支えるために創設された制度である。要介護状態の高齢者の尊厳を守り各自の能力に応じた自立した生活を支援するために、必要なサービスを利用者の選択に基づき提供する、との理念ももつ。

しかし、内閣府「令和5年版高齢社会白書」によると、要介護者からみた主な介護者の続柄は、同居している家族が54.4%(配偶者23.8%、子20.7%、子の配偶者7.5%等)である一方で、事業者の占率は12.1%と、現時点でも介護の負担は家族に偏っている。総務省「令和4年就業構造基本調査」によると、介護離職者は2022年で10.6万人(女性が8万人、75.5%)と、ここ10年間高止まりの状況にある(注10)。今後、介護人材の増加が介護サービスの需要増に追い付かない状況が続けば、介護離職を伴う家族介護の増加に繋がり、介護を社会全体で支えるという介護保険制度の理念との乖離が懸念される。

介護保険制度に充てられる財源に限りがあり、生産年齢人口が減少する中で潤沢な介護人材を期待することにも無理があろう。しかし、高齢者に寄り添った体温を感じられる介護を行えるのは人だけであり、DXを取り込んだとしても機械化・自動化することはできない。介護保険制度の理念を守り制度を有効に維持するには、介護の担い手を質・量ともに十分に確保することが必要不可欠である。

武見厚生労働大臣が、2023年9月14日の就任記者会見の質疑応答において、介護報酬改定に係る質問に対して以下の趣旨の回答を行っている。

  • 昨今の高水準な賃上げの動向や物価高騰への対応は重要な課題だと認識。

  • 令和6年度報酬改定においては、物価高騰や賃金の上昇、経営の状況、人材確保の必要性、患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえて、患者・利用者が必要なサービスを受けられるよう、必要な対応を行っていくべき。

介護報酬改定の議論が、この発言スタンスを公正に取り入れ、人材確保に資する内容に帰結することを期待したい。

1) 櫻井雅仁「介護保険制度の見直しに向けた議論(1)~被保険者・利用者負担の視点から~」2023年10月

2) 厚生労働省「令和5年版高齢社会白書」

3) 2023年7月24日 第220回社会保障審議会介護給付費分科会 資料1(訪問介護)

4) 公益財団法人 介護労働安定センター「令和4年度介護労働実態調査 事業所における介護労働実態調査 結果報告書」 

5) 公益財団法人 介護労働安定センター「令和4年度介護労働実態調査 介護労働者の就業実態と就業意識調査 結果報告書
なお、同報告書に記載されている「他の仕事に対する満足度」は厚生労働省「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査」を引用したもの。

6) 厚生労働省社会保障審議会介護給付費分科会(第223回) 資料1(介護人材の処遇改善策)

7) 「介護の仕事の魅力発信などによる普及啓発に向けた取組み」として、「介護の日(11月11日)・福祉人材確保対策重点期間」、「小・中・高校生等若者向けの福祉・介護のしごとの普及啓発に係るパンフレット等の各都道府県HPへの表示」が行われている。「介護の日」とは、介護についての理解と認識を深め、介護サービス利用者、およびその家族、介護従事者等を支援するとともに、これらの人たちを取り巻く地域社会における支え合い、交流を促進する観点から、「いい日、いい日、毎日あったか介護ありがとう」を念頭に、「いい日、いい日」をかけた「11月11日」を介護の日として、高齢者や障がい者等に対する介護への啓発を重点的に行う日として設定されている。「福祉人材確保重点期間」とは、「介護の日」の取組みの一貫として、その前後2週間である11月4日から11月17日を「福祉人材確保重点期間」とし、関係機関と連携して、福祉介護サービスの意義の理解を一層深めるための普及啓発および福祉人材確保・定着を促進するための取組みに努めることとされている。

8) 「介護のしごと魅力発信事業」とは、公募で選定された事業実施団体により、福祉・介護の仕事の魅力を伝え、福祉・介護に対して抱いているイメージを向上させるため、福祉・介護について理解を促進するための体験型・参加型イベントの開催やターゲット別の情報発信(テレビ・SNS等活用)などを行い、福祉・介護分野への多様な人材の参入促進・定着を図ることを目的とした厚生労働省の事業であり、2018年度に「介護職のイメージ刷新等による人材確保対策強化事業」として始まった。

9) 日本経済新聞 2023年9月18日 朝刊 「介護留学生 獲得促す」

10) 総務省「令和4年就業構造基本調査

櫻井 雅仁


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櫻井 雅仁

さくらい まさひと

ライフデザイン研究部 研究理事
専⾨分野: 介護等、高齢者問題

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