介護保険制度の見直しに向けた議論(2)

~要介護1,2の位置づけについて~

櫻井 雅仁

目次

1.軽度者への給付のあり方が論点化

創設から23年目に入った介護保険制度の見直しについて、2024年から始まる第9期介護保険事業計画(2024年~2026年)(以下「次期計画」)策定に向けて、厚生労働省社会保障審議会介護保険部会(以下「介護保険部会」)を中心に様々な議論が行われた。

その主要な論点の1つである財政については、前稿「介護保険制度の見直しに向けた議論(1)~被保険者・利用者負担の視点から~」で論じた (注1)。今回は、要介護1,2と認定された要介護者の位置づけに関する議論について、介護保険部会「介護保険制度の見直しに関する意見」(以下「意見書」)(注2)で提示された「軽度者への生活支援サービス等に関する給付の在り方」をもとに検討する。

まず、重要なポイントとして介護保険がスタートした際の理念として介護保険法が規定している内容を改めて確認する。

  • 介護保険制度は、要介護状態の高齢者の尊厳を守り、各自の能力に応じて自立した生活を営むことができるよう、必要なサービス給付を行うこと(介護保険法第1条要旨)

  • サービス給付においては、「状態の軽減や悪化防止に資すること」、「利用者の選択に基づいて多様な事業者・施設から提供されること」、「可能な限り居宅において各自の能力に応じて自立した生活を営めるよう配慮された内容・水準であること」が求められている(同第2条要旨)

2.住民主体の助け合い、「互助」による介護

今回の意見書では、軽度者(要介護1,2)に対する介護予防・生活支援サービス等の給付の見直し、すなわち「介護予防・日常生活支援総合事業(以下「総合事業」)への移行が論点となっている。これは、財務省の財政制度審議会の建議書「歴史的転機における財政(2023年5月29日)」(注3)でも要請されている。結論としては、第10期計画期間(2027年~2029年)の開始までの検討課題として先送りされた。

厚生労働省は「介護予防・日常生活支援総合事業のガイドライン」の中で、総合事業を「市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体(注4)が参画し多様なサービスを充実することで、地域で支え合う体制づくりを推進し、要支援者等に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すもの」としている。

総合事業は、2015年の介護保険制度の見直し(介護保険法改正)の中で創設された。これにより、主に要支援1,2の認定を受けた高齢者に対する介護予防・生活支援サービス事業としての訪問型・通所型サービスが、それまでの介護保険法による全国一律サービスの対象外となり、総合事業の枠内で市町村ごとの基準で実施されるようになった。介護予防・生活支援は、日々の生活に密着したサービスであり、たとえば地域の特性(地理的な特徴、人口密度、交通事情等)、住民の生活習慣・文化、高齢者の状況(健康・生活状況等)、サービス供給状況等、地域ごとに異なる様々な事情を踏まえて提供されることで効果増進に繋がる。

そもそも、介護保険制度における総合事業は、2013年に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(プログラム法)にて明文化された「地域包括ケアシステム」の1つの構成要素として位置づけられる。図表1の通り、地域包括ケアシステムは「重度な要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される体制」とされている。

図表 1
図表 1

地域包括ケアシステムの特徴は「保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要」という点である。高齢社会の進行に備え、市町村が中心となり地域の実情に応じて、地域住民の参加も取り入れて支え合いの態勢構築を進めるものである。政府は団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、各自治体が地域包括ケアシステムを構築することを目指している。

図表2の通り、地域包括ケアシステムでは、いわゆる「自助・互助・共助・公助」を有機的に結びつけることを重視している。その中でも、特に高齢者に対する「生活支援・介護予防」活動においては、財政的負担の軽さ、地域の実情に適した活動の実現等の面でボランティア、NPO等を含む地域住民による助け合い、互助に期待するところが大きい。

図表 2
図表 2

総合事業は、こうした地域包括ケアシステムの、地域住民の互助体制による「生活支援・介護予防」の基本となる要素である。

3.総合事業の特徴

総合事業の仕組みについての詳細な説明は割愛するが(注5)、総合事業における訪問型・通所型サービスは、図表3の通り、それぞれ主に介護事業者が担う従前の専門的なサービスに相当するものと、それ以外の必ずしも資格保有を求められない多様な主体が担う多様なサービスから構成される。

図表 3
図表 3

多様な主体によるサービス提供を認めることで介護の担い手の裾野を広げ、担い手不足を緩和し、市町村が介護保険で規定された介護職員によるサービス価格よりも低廉な価格設定を行うことで、介護費用の効率化に繋げることが可能となる。さらに、「高齢者の社会参加と地域における支え合い」の名の下に元気な高齢者をサービスの担い手とすることで、生きがいを創出するという効果も見込まれている。

2025年までの「地域包括ケアシステム」の構築、その重要な要素としての総合事業への取組み促進について、国は2022年度より「地域づくり加速化事業」を開始し、有識者による市町村向け研修や総合事業の実施に課題を抱える市町村への伴走的支援を実施する等注力している。しかしながら、2021年度末時点での市町村での実施状況、利用状況は、図表4・5の通り「従前に相当するサービス」以外十分ではない。厚生労働省としては費用効率が高い多様な主体によるサービスを増やしていきたい意向だが、市町村としては、まだ自身の状況に合わせた、効果的・効率的な仕組み作りに苦労しているところが多いようで、今後の地域づくり加速化事業の進捗をみる必要がある。

図表 4
図表 4

図表 5
図表 5

4.要介護者を総合事業の対象とすることの適否

要支援・要介護の定義を簡単にいえば、要支援は「日常生活の基本的なことは自分で行えるが、部分的な支援が必要」であり、「介護予防・生活支援」サービスを必要とする状態、要介護は「自分だけで日常生活を行うことは難しく誰かの介護が必要」で、「認知機能の低下」も見られ、「介護」サービスを必要とする状態を指す。両者の境目について微妙な判断が必要な場合もあるが、基本的に要介護者にはより手厚い支援が不可欠である。

市町村における総合事業の実施状況として、従前相当サービス以外の地域住民の互助を取り入れた多様な主体によるサービス提供に取り組んでいる市町村は限定的である。体制・ノウハウともに十分に整備されたとはいえない中で、要介護1,2の方まで市町村に任せることを前提とした議論には十分な時間をかける必要があると思われる。

意見書の中で「慎重な立場の意見として」以下の意見が記載されている。介護保険部会の議事録と併せ読むと、主に介護の現場に携わる委員からは慎重な意見が多数発せられたようである。

  • 現在の要支援者に関する各地域での対応状況を踏まえると、受皿整備を進めることが必要で、時期尚早。

  • 総合事業の住民主体サービスが不十分で、地域ごとにばらつきがある中、効果的・効率的・安定的な取組は期待できない。

  • 軽度者とされる要介護1,2は認知症の方も大勢いることも含めて、重度化防止の取組については、特に専門的な知識やスキルを持った介護職の関りが不可欠であり、移行に反対。

特に、3つ目の介護の担い手に関する意見は重要であると考える。サービス給付が「状態の軽減や悪化防止に資すること」、「可能な限り居宅において各自の能力に応じて自立した生活を営めるよう配慮された内容・水準であること」という介護保険制度の理念を損なうことがないよう、要介護者の総合事業への移行については慎重な検討が必要と考える。委員から「訪問介護において無資格の方が対応すること自体考えられない」との意見も発せられている。介護現場に携わる立場からの正直な意見といえよう。

また、上記の他にも、「総合事業に移行された場合、介護事業者の立場として、サービス提供単価の低下、それに伴う働き手の賃金等処遇の確保の困難さから、人材不足に拍車をかける」、「サービス単価が廉価に抑えられることによる収入減から、特に通所介護の事業所の撤退増加を招きかねない」といった、総合事業の目的の1つであるサービス提供主体の充実という点自体を損ないかねないという趣旨の意見もあったようである。

さらに総合事業は、市町村ごとの総合事業の上限額(財源は介護保険)の中での運営が義務付けられている。それを超えた場合の取扱いについては、厚生労働省が「介護予防・日常生活支援総合事業のガイドラインについて」によって、「一定の特殊事情」がある場合には個別の判断により交付金の措置を認めている。同ガイドラインの2022年6月の改正により、「一定の特殊事情」の判断要件がより具体的に示され、併せて事業費縮減を推進させる「費用逓減計画」の作成が義務付けられることで、上限額枠内での運営がより厳格化された。

今後、上限額に達した場合は、総合事業におけるサービス提供がなされず、必要なサービスを我慢する、またその結果として家族介護者の負担が増えることが懸念される。

考えてみれば、そもそも社会保障制度の中の社会保険としてスタートした介護保険制度において、当初必要なサービスとして認識した項目を介護保険制度から除外して地域住民の互助(助け合い)に頼るという方向性は、被保険者の権利保持の視点からも慎重に取り扱う必要があるのではないだろうか。

前述の通り、本件は第10期計画期間(2027年~2029年)の開始までの検討課題として位置付けられた。要介護1,2の要介護者を総合事業に移行するに適当なサービス項目は何か、専門スキルを持つ介護職と多様な主体との役割分担をどうするか、総合事業の上限額の運用をどうするか、そもそも総合事業における従前相当以外のサービスが浸透しない理由と改善策は何か等、介護保険制度維持を目的とした移行ありきの議論ではなく、利用者の意向および介護現場の状況・意見を十分に反映して、介護保険制度創設当初の理念に適う内容が維持される方向での議論を期待したい。

【注釈】

  1. 櫻井雅仁「介護保険制度の見直しに向けた議論(1)~被保険者・利用者負担の視点から~」
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/285464.html

  2. 2022年12月10日 社会保障審議会介護保険部会 「介護保険制度の見直しに関する意見」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001027165.pdf

  3. 2023年5月29日 財政制度等審議会 「歴史的転機における財政」
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20230529/01.pdf

  4. 総合事業における「様々な主体」とは、介護事業者に限らず、地域住民ボランティア、自治会、NPO法人、社会福祉法人、協同組合等を指す。

  5. 介護予防・日常生活支援総合事業(総合事業)の概要については、厚生労働省「介護予防・日常生活支援総合事業の基本的考え方」を参照。
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000192996.pdf

櫻井 雅仁


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櫻井 雅仁

さくらい まさひと

ライフデザイン研究部 研究理事
専⾨分野: 介護等、高齢者問題

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