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質の高いインフラ投資をめぐる国際動向 (前編)

~共通理解の合意形成から国際スタンダードの策定まで~

田村 洸樹

要旨
  • 国家の自立的・持続的発展には、社会生活や経済活動を支える基盤インフラの整備が必要不可欠である。高まるインフラ投資需要の一方で、当事国の成長を結果的に阻害してしまうようなインフラ投資が国際的に問題視されている。このような状況を背景に、「質の高いインフラ投資」を進めるべきという考え方が生まれ、広がってきている。
  • 日本が議長国を務めたG7・G20会合で議論を主導してきた「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」(2016年)と「質の高いインフラ投資に関するG20原則」(2019年)によって、「質の高いインフラ投資」の国際的な合意形成が成された。
  • OECD(経済協力開発機構)は、G7やG20で共通理解として合意形成されたものを、国際スタンダード策定を通じてOECD加盟国を中心とした他の国や地域に拡大・浸透させる重要な役割を担っている。
  • OECDが「質の高いインフラ投資に関するベスト・プラクティス集」と「質の高いインフラ投資に関する実践ハンドブック」を国際スタンダードとして発表できた背景には、これまでの国際投資・公共ガバナンス分野での経験が土台になっている。
  • 「質の高いインフラ投資に関するベスト・プラクティス集」および「質の高いインフラ投資に関する実践ハンドブック」は、それぞれ、50を超える既存の国際スタンダードから抽出された340を超えるベスト・プラクティスと、主要課題に対する具体的かつ実践的な解決策を取りまとめたものである。
  • OECDでは現在「質の高いインフラ投資」の社会実装に向けた「ブルー・ドット・ネットワーク認証制度」が検討されている。これは、質の高いインフラ投資に国際認証を付与するもので、前述の国際スタンダードが制度設計の基礎になっている。
  • 次号では、認証制度案の概要を解説するとともに、より効果的・効率的な社会実装に向けた提言等を述べる。
目次

1.「質の高いインフラ投資」に関する国際的な合意形成

(1)世界のインフラ投資の概況

国家の自立的・持続的発展には、社会生活や経済活動を支える基盤インフラの整備が必要不可欠である。2040年までの世界のインフラ投資の需要と供給のギャップは2017年から2040年までの23年間で累計15兆米ドルにのぼると推計されている(資料1)。

図表1
図表1

(出所)G20 Global Infrastructure Hubより第一生命経済研究所作成
(注)左軸・右軸とも単位は兆米ドル、需給ギャップは「需要-供給」で算出の上2016年以降累積で表示

高まるインフラ投資需要の一方で、「債務の罠」と呼ばれる、インフラ建設主体である国や地方政府が、非現実的な債務返済計画のためにデフォルト(債務不履行)に陥ってしまう等、当事国の成長を結果的に阻害してしまうようなインフラ投資が国際的に問題視されている(注1)。デフォルトリスクの高まりは特に低所得国において深刻である。IMF(国際通貨基金)は、ラオスやスーダンなど10ヶ国について「財政危機」の状態、また、アフガニスタンやエチオピアなど26ヶ国について「高リスク」の状態と指摘している(注2)。

このような状況を背景に、債務持続性を含む、開放性、透明性、経済合理性等の質的要素を重視した「質の高いインフラ投資」を進めるべきという考え方が生まれ、広がってきている。

(2)国際的な合意形成に向けた日本のリーダーシップ

日本が議長国を務めたG7・G20(注3)会合で議論を主導してきた「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」(2016年)と「質の高いインフラ投資に関するG20原則」(2019年)によって、「質の高いインフラ投資」の国際的な合意形成(注4)が成された。

これら2つの原則は、持続可能な成長を促し、社会の強靭性を向上させるため、ステークホルダーに対して、価格に見合った価値や質の伴ったインフラ投資を奨励している点で内容が共通している(資料2)。

図表2
図表2

(出所)外務省「質の高いインフラ投資の推進のためのG7原則」、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」より第一生命経済研究所作成

2.「質の高いインフラ投資」に関する国際スタンダードの策定

(1)国際社会におけるOECDの役割

OECD(経済協力開発機構)は自由主義経済の発展に向けた協力の促進を目的に1961年に設立された国際機関である。現在では、G7やG20で共通理解として合意形成されたものを、国際スタンダード策定を通じてOECD加盟国を中心とした他の国や地域に拡大・浸透させる重要な役割を担っている。

加盟国等から派遣される約2000名の専門家(エコノミスト・データアナリスト等)を抱えるOECD事務局は、世界最大のシンクタンクと呼ばれ、高度な分析能力と専門家ネットワークを活用して策定される国際スタンダードは、300を超える委員会・作業部会が分野横断的に行う調査・分析等に基づいている。

さらに、OECDはドゥタンク(注5)として、国家間の政策調整プラットフォームの役割も担っており、各国のベスト・プラクティス共有等を通じて、加盟国内への国際スタンダードの社会実装を支援している(資料3)。

図表3
図表3

(2)「国際投資」「公共ガバナンス」の国際スタンダード

OECDはこれまで国際投資や公共ガバナンスの分野で多くの国際スタンダードを策定・社会実装させてきた。

国際投資の分野においては、グローバルに活動する多国籍企業が社会経済に果たす役割と責任について規定した「多国籍企業が国際投資及び多国籍企業に関する宣言」やインフラ開発への民間セクターの関与について規定した 「民間セクターのインフラへの参加のための原則」等がある。

公共ガバナンス分野においては、 「政府の規制の質の改善に関する勧告」や「官民パートナーシップの公共ガバナンスに関する原則」等がある(資料4)。

図表4
図表4

(出所)OECD Legal Instrumentsより第一生命経済研究所作成

OECDが、2017年に「質の高いインフラ投資」に関する国際スタンダードの策定・社会実装を担う役割に名乗りを上げ(注6)、後述する「質の高いインフラ投資に関するベスト・プラクティス集」と「質の高いインフラ投資に関する実践ハンドブック」を国際スタンダードとして策定できた背景には、これまでの国際投資・公共ガバナンス分野での経験が土台になっていると考えられる。

(3)「質の高いインフラ投資」の国際スタンダード

OECDの策定した「質の高いインフラ投資に関するベスト・プラクティス集」は、50を超える既存の国際スタンダードから抽出された340を超えるベスト・プラクティスを政策立案者向けのガイダンスとして取りまとめたものである。例えば、質の高いインフラ投資に関する重要な側面のひとつである「社会への配慮(G20原則5)」について、ベスト・プラクティス集は、多国籍企業行動指針が規定するRBC(責任ある企業行動)を尊重することや、リスクに基づくデューデリジェンスの実施等をベスト・プラクティスとして例示している(資料5)。

図表5
図表5

(出所)OECD「質の高いインフラ投資に関するベスト・プラクティス集」より第一生命経済研究所作成

「質の高いインフラ投資に関する実践ハンドブック」は、前述のベストプラクティス集をもとに、主要課題に対する具体的かつ実践的な解決策を取りまとめたものである。例えば、質の高い持続可能なインフラへのファイナンス拡大のためには、資本市場の規制見直しと改革の必要性や、官民連携の枠を超えた革新的な協力モデルの重要性を指摘している。具体的には、インフラ投資の際に利用される既存のファイナンシング手法や、カナダの機関投資家による鉄道システム投資プロジェクトの事例等が紹介されている(資料6)。

図表6
図表6

(出所)OECD「質の高いインフラ投資に関する実践ハンドブック」より第一生命経済研究所作成

3.「質の高いインフラ投資」の社会実装

OECDでは現在「質の高いインフラ投資」の社会実装(注7)に向けた「ブルー・ドット・ネットワーク認証制度」が検討されている。これは、質の高いインフラ投資に国際認証を付与するもので、前述の国際スタンダードが制度設計の基礎になっている。

次号では、認証制度案の概要を解説するとともに、より効果的・効率的な社会実装に向けた提言等を述べる。

(続く)

【注釈】

  1. 「港湾、鉄道といったインフラ案件は額が大きく、その借入金の返済は借りた国にとって大きな負担となることがあります。インフラ案件への融資を行う場合には、貸す側も借りる側も債務持続可能性について十分に考慮することが必要です。債務持続可能性を考慮しない融資は、「債務の罠」として国際社会から批判されています。」(外務省「2022年版開発協力白書」P36)

  2. 「As of November 30, 2023 and based on the most recently published data, 10 countries are in debt distress, 26 countries are at high risk, 26 countries are at moderate risk, and 7 countries are at low risk of debt distress.」(IMF 「List of LIC DSAs for PRGT-Eligible Countries As of November 30, 2023」)

  3. G7・G20・OECD加盟国については、以下の通りとしている。

図表7
図表7

  1. 本稿では、国際的な共通原則が社会経済に実装されるまでを、①国際的な合意形成、②国際スタンダード策定、③社会実装の三段階に分類している。「国際的な合意形成」とは主にG7・G20成果文書等を、「国際スタンダード」とは主にOECDの法的文書等を指している。主な具体例は以下の通り。

図表8
図表8

(出所) 外務省「国際的ルール作りと政策協調の推進」等より第一生命経済研究所作成

  1. 「OECDは、守るべき基準の達成度について加盟国間でお互いを評価し合う仕組みや、効果的な広報を通じて、実際にその履行を促す「シンク・ドゥー・タンク」としての役割も兼ね備えています。」(OECD日本政府代表部「館長からのメッセージ」)

  2. 「We confirm the importance of promoting quality infrastructure with open and fair access and encourage the OECD to elaborate guidelines and good practices in this area, giving appropriate consideration to the principles for quality infrastructure and related issues agreed by international fora.」(OECD「2017 Ministerial Council Statement」第13段落)

  3. 本稿では、OECD加盟国が自国の法規制等に国際スタンダードを反映し、社会経済において機能・定着させた状態を「社会実装」としている。

【参考文献】

田村 洸樹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。