介護保険制度の見直しに向けた議論(1)

~被保険者・利用者負担の視点から~

櫻井 雅仁

目次

1.介護保険制度の見直し

介護保険制度は2000年の創設から23年目に入った。創設時に掲げられた「走りながら考える」という方針の下、初回改定が5年後に行われ、以降3年周期での改定が行われている。2024年度から始まる第9期介護保険事業計画(2024年~2026年)(以下「次期計画」)の策定に向けては、厚生労働省社会保障審議会介護保険部会(以下「介護保険部会」)にて制度改定の議論が行われてきたが、2022年12月に介護保険部会で「介護保険制度の見直しに関する意見書」(以下「意見書」)(注1)が作成され、それも踏まえて次期計画の基本指針案が策定された。今後、各市町村にて次期計画が策定される。

今回、介護保険部会では制度改定に向けて多項目の議論がなされたが、意見書を踏まえると、制度を運営するなかで顕在化してきた財政面、介護の担い手の両面での逼迫感を踏まえ、制度の維持に向けて緊迫感を持って対応することの必要性が前面に出ている感がある。

介護保険法では、介護保険がスタートした際の理念を以下の通り規定している。

  • 介護保険制度は、要介護状態の高齢者の尊厳を守り、各自の能力に応じて自立した生活を営むことができるよう、必要なサービス給付を行うこと(介護保険法第1条要旨)

  • サービス給付においては、「状態の軽減や悪化防止に資すること」、「利用者の選択に基づいて多様な事業者・施設から提供されること」、「可能な限り居宅において各自の能力に応じて自立した生活を営めるよう配慮された内容・水準であること」が求められている(同第2条要旨)

高齢者に対する介護サービスを「行政による措置」から「利用者自身の契約による自由な選択に基づくサービス」に転換し、併せて介護の「社会化」により家族介護者の負担を軽減することが介護保険制度の主な目的であり、これは現時点でも変わらない。

今回の制度改定に向けた関係機関での議論が、この理念・目的に合致したものか、介護保険部会の意見書、併せて財務省の財政制度審議会(以下「制度等審議会」)の建議書「歴史的転機における財政(2023年5月29日)」(以下、「建議書」)(注2)等を踏まえて、3回にわたり見ていきたい。本稿では、まず財政面での逼迫状況緩和に向けた被保険者あるいは利用者の負担に係る項目についてみる。

2.介護保険制度を取り巻く現状

2000年の制度発足以降、2022年3月末時点で65歳以上(第1号被保険者)の人口は1.7倍(2,165万人→3,589万人)、要介護(要支援)認定者数は3.2倍(218万人→690万人)、介護保険サービスの利用者数は3.5倍(149万人→516万人)といずれも大きく増加している(注3)。

また、介護給付(総費用額)についても3.7倍(3.6兆円→13.3兆円(2022年度予算ベース))と大幅に増加している(注4)。

今後も、団塊世代が75歳以上となる2025年(65歳以上占率29.6%、75歳以上占率17.5%)、団塊ジュニア世代が65歳以上となる2040年(65歳以上占率34.8%、75歳以上占率19.7%)等の節目が控え、さらに介護認定率、一人当たりの介護給付費ともに急増する85歳以上人口の占率も、2023年の5.5%から2040年には8.9%まで上昇すると推計されている(注5)。

こうした高齢者数の増加に伴い、要介護・要支援認定者数、介護保険サービス利用者数も増加する。介護保険部会の2020年度時点での推計では、2025年度、2040年度の介護サービス量は、それぞれ2020年度比で約113%、132%になると見込まれている(注6)。介護費についても、2018年の内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省による将来見通しでは、2025年度で16.4兆円、2040年度には27.6兆円まで上昇すると推計されている(注7)。

以上のように、自然体でいけば介護保険に係る給付費は激増する一方、少子化の進行により社会保障制度を財政面で支える層は減少する。そのため、介護保険制度の持続可能性を確保するために介護保険制度の改定を行い、給付と負担のあり方を見直すことが重要な課題となっている。

3.被保険者・介護サービス利用者の負担増

従来から、介護保険制度の財政面での持続可能性の維持・向上のため、保険料と保険給付に対する自己負担割合の両面で、被保険者や利用者の負担は増えてきた。

まず、介護保険の財源をみると、保険料50%(第1号保険料(65歳以上):23%、第2号保険料(40~64歳):27%)、公費50%(国庫負担金:25%、都道府県負担金:12.5%、市町村負担金:12.5%)となっている(図表1)。

図表1
図表1

各市町村の計画に基づき決定される第1号保険料の月額基準額の全国平均をみると、図表2の通り、現在は制度発足時の2倍以上の金額となっている。意見書では「将来的には9,000円程度に達することが見込まれる状況にある」とされている。さらに、この保険料は後述する所得段階別保険料の基準額の全国平均であり、市町村毎の第1号保険料基準額には3,300円から9,800円という非常に大きな差がある。既に負担が大きい高齢者も存在することがわかる。

図表2
図表2

第1号保険料は、制度創設時から所得段階別保険料となっており、国が定める標準設定は当初は5段階であった(第3段階を基準額とし、第1・2段階は基準額以下、第4・5段階が基準額以上。乗率は0.5~1.5)。図表3の通り、2015年の制度改正の際に9段階(第5段階が基準額。乗率0.5(0.3)~1.7)に見直されている。各市町村は事情に応じてアレンジすることができ、半数以上の市町村が10段階以上で設定している。たとえば、東京23区で最高乗率、最高保険料共に最も高い渋谷区の場合、16段階に区分されており、基準額は年間71,520円(月額5,960円)と全国平均よりも低いが、第1段階が年間17,900円(月額約1,500円)(乗率は基準額の0.25)、第16段階は年間429,100円(月額35,780円)(乗率は基準額の6.0)となっている。同区の実情に合わせて、より負担能力を反映できる仕組みにしているようである。

意見書では、第1号保険料負担のあり方として、負担能力に応じた負担を一層進めるために、保険料算定の基となる所得段階を増やし、高所得者に対してより高い保険料を、合わせて低所得者に対してより低い保険料を設定できる仕組みの導入について、次期計画に盛り込むよう要請している。

図表3
図表3

次に、サービス利用時の自己負担割合については、当初は全員1割負担であったものが、2015年に「一定以上の所得のある利用者(第1号被保険者の上位20%相当)」の負担率が2割に、2018年には「現役並みの所得を有する利用者(単身世帯の場合:合計所得金額220万円以上かつ年金収入+その他合計所得金額340万円以上)」の負担割合が3割に引き上げられた。それぞれ利用者に占める割合は4.6%、3.6%となっている。

今回、まず「一定以上の所得」の範囲を、後期高齢者医療制度等との整合(所得上位30%相当が対象、75歳以上被保険者の20%を占める)を踏まえて拡大することが議論され、介護サービスは長期間利用されること等も踏まえつつ、次期計画までに結論を出すこととされた。「現役並み所得」の判断基準については、後期高齢者医療制度の判断基準が「単身世帯の場合:課税所得が145万円以上かつ収入合計額が383万円(概ね課税所得が145万円)以上の場合」であることや、介護保険の被保険者への影響を踏まえつつ、引き続き検討を行うこととなった。

さらに意見書では、介護保険制度の持続可能性向上のために、低所得者に配慮をしつつ、2割負担を原則として3割負担の対象も拡大すべき、あるいはマイナンバー制度の活用を含め、所得だけではなく資産も捕捉して勘案していく視点も重要、との意見があることにも言及している。

これらに加え、介護保険における制度間の公平性や均衡等を踏まえ、介護老人保健施設及び介護医療医院の多床室の室料を利用者の自己負担とすることについて、次期計画期間に向けて結論を出すこと、およびケアマネジメント(介護ケアプランの作成、サービス事業者との連絡調整等)費用を利用者の自己負担とすることについて、第10期介護保険事業計画期間(2027年~2029年)開始までに結論を出すことを提言している。

こうした介護保険部会での意見に加え、制度等審議会の建議書でも、高齢化の進展により介護費用の激増が確実視される中、保険料(特に低所得の第1号被保険者、第2号保険料)及び公費負担の上昇には限界がある、との考えから、第1号被保険者、あるいは利用者による負担能力に応じた負担を実現するよう検討するべきである、とされている。

4.「社会全体で介護を支える」との基本思想に立ち返った制度見直しを

以上の通り、保険料負担、利用者の自己負担共に増加する流れが維持されている。

当然ながら、制度自体を安定的に持続させることは重要である。しかし、特に利用者負担割合の引き上げについては、利用者が必要なサービスの利用を経済的事情で躊躇し、結果として状態が悪化し自立可能性が減退する、という介護保険制度の理念を損なう事態を起こさない負担の仕組みとするべきであり、介護現場の意見等も聞きながら慎重な判断が求められるだろう。

意見書の中でも、特に利用者の自己負担の増加について「慎重な立場の意見として」以下の声が挙がっている。

  • 利用者負担が増えることで必要な介護サービスの利用控えに繋がり、生活機能の悪化につながる。

  • 高齢者の生活が苦しい中、後期高齢者医療保険制度の自己負担に加え、介護保険の利用者負担を引き上げることには大きな不安がある。

今回の制度改正の議論では、上記の通り、高齢者に対して「負担能力に応じた負担の見直し」との趣旨で、概して高齢者にとって厳しい内容が含まれている。

2023年度の年金額の改定では、68歳以上が1.9%、67歳以下が2.2%と3年振りに引き上げられたものの、昨年度の消費者物価指数の上昇率2.5%に追い付いていない。こうした中、一般的に歳を取るにつれ自助力が低下する高齢者の負担増に関する議論には、一層の慎重さが求められるのではないだろうか。

今後の介護保険財政の逼迫度の高まりに対し、実質的な受益者である高齢者間での負担配分による対応にフォーカスするのではなく、改めて「社会全体で介護を支える」との基本思想に立ち返り、取り得る方策を検討する必要があるのではないだろうか。今後、第1号被保険者であり主要な制度利用者でもある高齢者にとって、過度な負担が発生することなく、介護保険制度の理念に適う内容が維持されているか、注視していく必要がある。


【注釈】

  1. 2022年12月20日 社会保障審議会介護保険部会 「介護保険制度の見直しに関する意見」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001027165.pdf

  2. 2023年5月29日 財政制度等審議会 「歴史的転機における財政」
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia20230529/01.pdf

  3. 2022年12月20日 社会保障審議会介護保険部会 「介護保険制度の見直しに関する意見(参考書類)」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001027168.pdf

  4. 2023年7月10日 第107回社会保障審議会介護保険部会資料 参考資料2「給付と負担について(参考資料)」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001119101.pdf

  5. 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2023年8月31日公開
    推計結果表:
    https://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fwww.ipss.go.jp%2Fpp-zenkoku%2Fj%2Fzenkoku2023%2Fdb_zenkoku2023%2Fs_tables%2F1-9.xlsx&wdOrigin=BROWSELINK

  6. 2023年7月10日 第107回社会保障審議会介護保険部会資料 参考資料1-2 「介護保険制度の見直しに関する参考資料」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001119107.pdf

  7. 2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材) 参考「介護費の将来見通し」
    https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/000536592.pdf

櫻井 雅仁


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櫻井 雅仁

さくらい まさひと

ライフデザイン研究部 研究理事
専⾨分野: 介護等、高齢者問題

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