言葉の新しい使い方が広がるなかで

~「使わないが、気にならない」を理解・学習の好機に~

北村 安樹子

目次

1.言葉の新しい使い方、受け止め方

文化庁が実施する「国語に関する世論調査」では、人々の間で広がっている言葉の新しい使い方やそれらへの印象をたずねている。

自身が使ったり、見聞きする言葉が現在、社会でどの程度使われているか、新たな言葉や表現に関心をもつ人、わかりにくさを感じる人がどの程度いるか、などを知るための参考資料として関心をもつ人も多い。

9月に公表された最新の調査では、①『引く(異様だと感じてあきれる)』、②『盛る(より良く見せようとする)』、③『寒い(冗談などがつまらない)』、④『推し(気に入って応援している人や物)』、⑤『詰んだ(どうしようもなくなった)』という5つを取り上げ、(A)自身が使うことがあるか、(B)他の人が使うのが気になるかという側面から、それらの印象を各々たずねている(注1)。

調査の結果、①~③については「使うことがある」とした人が半数を超えた(図表1左)。また、④『推し』についてもほぼ半数が「使うことがある」と答えている。一方、⑤『詰んだ』に関しては使う人が約3割で、①~④に比べ少ない。これに関しては、他の人が使うのが「気になる」と答えた人も3割を超え、①『引く』(15.3%)や④『推し』(16.7%)の2倍前後の水準である(図表1右)。①~④に比べ⑤は使わない人、気になる人がともに多い傾向にはあるが、気にならない人の方が多数派という点では①~④と同じ傾向にあるとみてよいだろう。

図表1
図表1

2.自身は使わないが、他者が使うのは気にならない

ここで、これらの回答を年代別にみた場合、「使うことがある」と答えた人の割合は60歳以上のシニア世代で低い(図表2左)。①『引く』、③『寒い』は10~30代の若い世代より40~50代のミドル世代で使う人が多いが、年齢の高い人ではいずれの割合も低くなっている。

これに対して他の人が使うのが「気にならない」とした人は、年代によらず比較的高い水準にあり、60歳以上のシニア世代でも、おおむね半数を上回る(図表2右)。①~④に関しては、若い世代に比べシニア世代で使う人が少ないものの、60歳代までは他の人が使うのが気にならない人がかなり多い状況にあるということになる。

図表2
図表2

3.「使わないが、気にならない」がシニア世代に多い背景

このように、自ら使う人は若い世代が中心であるが、他の人が使うのが気にならないと感じる人が年配者を含め幅広い層に広がっている背景にはいくつかの理由が考えられる。

その1つはこれらの言葉を使う機会と、見聞きする機会の差だろう。これらの言葉を話したり文字・イラストなどで発信する機会は、スマホやSNSをよく利用する若い世代に多いと考えられる。一方、それらを様々な立場で見聞きする機会は、どの世代にも比較的幅広くあるからではないか。

また、示された用法とは別の使い方や、使われている漢字がもつ意味から、言葉の意味やニュアンスは類推できることもある。たとえば、『引く』『盛る』という言葉から何かを減らす、あるいは積み上げる様子を連想したり、『寒』『推』という漢字から、冷たい雰囲気や何かを薦める行為を思い浮かべることができる。そのため、他人が使っても気にならないのだろう。

そして、言葉が使われる場面や前後の文脈からも、言葉の意味やニュアンスを想像できることがある。何かを異様だと感じてあきれたり、気に入って応援する人や物があることは珍しいことではない。自身は使わない場合でも、言葉が使われる場面や自身の経験から意味を想像しやすいため、なじみがないと感じたり違和感があっても、「気になる」人は少ないのではないか。

4.異なる時代・文化からの学び~新しい使い方が広がるなかで~

ほかにも多様な背景が考えられるが、新しい使い方をする人に偏りがあっても、他の人が使うのが気にならない人が多いことは、すでに多くの人がそれらの使い方を知っているとみなしてよいだろう。

ただ、新たな使い方が広がるなかで、従来用いられてきた言葉への関心が薄れれば、言葉の豊かさが失われる面もある。一方、従来の意味・使い方や新たな使い方に含まれるニュアンスが十分伝わらないことで、異なる時代・文化への理解が進まないこともあるのではないか。

このようななか、たとえば従来の意味・使い方と、言葉の新しい使い方に、時代を経ても変わらない共通点やその時代ならではのニュアンスを感じることは、異なる時代・文化への理解を深めるだろう。新旧双方の使われ方や意味についての学びを深め、言葉の変化・進化について考える機会をもつことは、自身が使う言葉や表現の新たな可能性を広げたり、異なる時代・文化を知る人とのコミュニケーションを豊かにすることに役立つのではないか。


【注釈】

  1. 「今回調査した5つの言葉は、既存の言葉を使った短い言い方で、新しい意味や使い方が辞書に記載されてきたものを取り上げた」としている(文化庁「令和4年度「国語に関する世論調査」の結果の概要」2023年9月29日)。

北村 安樹子


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北村 安樹子

きたむら あきこ

ライフデザイン研究部 副主任研究員
専⾨分野: 家族、ライフコース

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