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新・観光立国推進基本計画とは(後編)

~諸課題の解決は待ったなし~

今泉 典彦

要旨
  • 「新・観光立国推進基本計画とは(前編)」では、2023年3月末に6年ぶりに閣議決定された第4次観光立国推進基本計画の基本的な方向性や観光立国の実現に関する目標等について解説した。「後編」では、こうした目標の達成に向けて、現下の観光業界が直面する数多くの課題とその対応について論じる。
  • 観光業界はコロナ禍でいったん立ち止まることとなったが、3年余りを経て、再びインバウンド中心に動き出した今こそ、従来から指摘されてきた懸案事項の解決に取り組むべき時と考える。とりわけ以下の4つの課題に取り組んでいくことが待ったなしの状況にある。
  • 生産性の抜本的な改革――ワーケーションの推進等を通じた閑散期・平日の需要拡大、コンテンツの磨き上げや高付加価値旅行商品・サービスの造成による閑散期・平日の消費単価の引き上げ等が求められる。
  • 観光DXの推進――観光に携わる様々な主体が共通して利用できるデータプラットフォームの構築が求められる。デジタルガバメントの実現とあわせて、政府と地方自治体が地域に関する情報へ容易にアクセスできる環境の構築を支援するとともに、官民が連携して観光振興に関するデータを収集・活用していくことが望まれる。
  • インバウンドの多様化に向けた取組み――インバウンドについて、特定国・地域からの訪日外国人旅行者が大半を占める構造は、国際動向をはじめとした外部要因の影響をまともに受けるリスクが高く、多様化・分散化に向けた取組みが必要と考える。地域に経済価値をもたらす、欧米豪等の高付加価値旅行者(富裕層)をターゲットとしたインバウンドの拡大に注力することが重要となる。
  • 観光産業を支える人材の確保・育成――観光の持続可能性の維持に向けて、人材の確保は喫緊の課題であり、人を惹きつける産業へと変革に取り組む必要がある。そのためには、観光に携わる事業者等が連携して生産性の向上を実現し、働き方や処遇の改善を図っていくことが重要である。
目次

1.はじめに

「新・観光立国推進基本計画とは(前編)~「質の向上」と「持続可能な観光」にこだわる~」(https://www.dlri.co.jp/report/ld/247020.html)では、2023年3月末に6年ぶりに閣議決定された第4次観光立国推進基本計画(以下、新基本計画)の基本的な方向性や観光立国の実現に関する目標等について解説した。「後編」では、こうした目標の達成に向けて、現下の観光業界が直面する数多くの課題とその対応について論じる。筆者が部会長を務める経団連観光委員会企画部会で取りまとめた提言「持続可能なレジリエントな観光への革新―改定「観光立国推進基本計画」に対する意見―」で観光業界を取り巻く諸課題について多くの事項を指摘しているので、特にコロナ禍明けの現下の状況において重要となるポイントを紹介する。

2.今後の観光政策の諸課題~アフターコロナの喫緊の課題

観光立国推進基本法によれば、観光は国際平和と国民生活の安定の象徴するものであり、経済発展への寄与、国民生活の安定向上への貢献、国際相互理解の増進をその目的としている。また、成長戦略の柱であり、地方創生の切り札ともされる。こうした使命をもつ観光分野だが、今回のコロナ禍での不要不急の外出や県をまたぐ移動の自粛、海外との往来の停止等によって需要が蒸発した。この状況下で観光業に携わる人材が職を離れたことから、観光を支えるインフラの維持は喫緊の課題となっている。コロナ禍でいったん立ち止まることとなり、3年余りを経て、再びインバウンド中心に動き出した今こそ、従来から指摘されてきた懸案事項の解決に取り組むべき時と考える。地域の発展への観光の貢献を高めて、広く発信していくことで、欠かすことのできない産業としての地位を確立するとともに、持続可能でレジリエントな観光を実現していくことが何より重要である。

今回の新基本計画では、「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3つをキーワードに、「持続可能な観光地域づくり」「インバウンド回復」「国内交流拡大」の3つの戦略に取り組むこととされている。こうした戦略を遂行していくためには、とりわけ以下に挙げる課題、すなわち、(1)生産性の抜本的な改革、(2)観光DXの推進、(3)インバウンドの多様化に向けた取組み、(4)観光産業を支える人材の確保・育成、について対応していくことが必要である。

(1)生産性の抜本的な改革

生産性の向上は観光事業者にとって長年の課題である。オンシーズンとオフシーズン、連休や週末と平日との間の繁閑の差は、多くの地域の観光に携わる事業者の共通の問題として指摘される。観光業界では、年間旅行量の約4割強が年末年始、ゴールデンウィーク、お盆のピーク期間に集中していることから、労働平準化を阻害し、生産性を押し下げている面がある(資料1)。加えて、同期間の混雑や価格の高騰は観光需要および観光客の満足度の低減圧力となっている。

図表1
図表1

そこで、休暇の分散化に向けて、家族旅行の振興をはかる観点から、学校の休業日を地域ごとに分散化し、子どもの休みに合わせた年次有給休暇の取得を促進することが有効となる。また、ワーケーションの推進等を通じた閑散期・平日の需要拡大、コンテンツの磨き上げや高付加価値旅行商品・サービスの造成による閑散期・平日の消費単価の引き上げやリピーターの増加を中心としたビジネスモデルへの転換に向けた取組みも求められる。

新基本計画においても、観光需要の特定時期への集中が旅行者の満足度低下や観光産業の低い生産性の要因になっていることを踏まえ、週末や連休以外の旅行需要を喚起し、混雑の回避や観光産業従事者の通年雇用化等を促進するため、観光関連事業者と連携し、平日への旅行需要の平準化につながるキャンペーンを実施することが示された。

労働集約型のビジネスモデルの変革も重要な課題である。旅館やホテル業界では人手不足の問題が恒常化している一方で、人の労力に頼った旧態依然とした経営を行っているケースが見られるとの指摘もある。わが国の観光産業は中小企業も多く、紙媒体での顧客管理、電話・FAXでの顧客対応などアナログな側面が依然少なくないため、デジタルを活用した作業の効率化など生産性の向上余地があると考える。

(2)観光DXの推進

新基本計画における「持続可能な観光地域づくり戦略」で述べられているが、持続可能な観光に向けた取り組みを効率的・効果的に行っていくためのカギは観光DXの推進である。インバウンドの受入環境の整備、プロモーション、旅行商品の造成・販売等のほか、人材の確保・育成においても、デジタル技術の活用は不可欠である。

経団連提言(2022)では、観光DXについて、「観光に携わる様々な主体が共通して利用できるデータプラットフォームの構築が求められる。現状では、行政やDMO(観光地域づくり法人)、観光に携わる事業者が、それぞれ宿泊や交通、観光施設や携帯電話の位置情報等を集め、観光客の潜在・顕在ニーズの調査分析に取り組んでいる状況がみられる。デジタルガバメントの実現とあわせて、政府と地方自治体が地域に関する情報へ用意にアクセスできる環境の構築を支援するとともに、官民が連携して観光振興に関するデータを収集・活用していくことが望まれる」としている。観光分野は多くの業態が携わっている裾野の広い分野だけに、共通して利用できるデータプラットフォームの構築は早急に実施すべき課題と考える。

新基本計画では、先進的な技術の活用を図りながら観光分野のDXを推進することにより、旅行者の利便性向上及び周遊促進、観光産業の生産性向上、観光地経営の高度化等を図るとしている。具体的に、シームレスに宿泊、体験等に係る予約・決済が可能な地域WEBサイトの構築、その時・その場所・その人に適した情報のレコメンド、顧客予約管理システムの導入等による業務効率化及びサービスの高付加価値化、DMOにおける旅行者の旅マエ・旅ナカ・旅アトの予約・移動・宿泊・購買データ等を用いたマーケティング、観光地域経営の戦略策定等の取組みの推進を挙げている。観光庁は2023年5月、「事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域活性化実証事業」として、7事業を採択した(注1)。観光地・観光産業全体の収益最大化を図り、稼げる地域を実現するため、観光DXに関する先進モデル創出に取り組む。

(3)インバウンドの多様化に向けた取組み

インバウンドについて、特定国・地域からの訪日外国人旅行者が大半を占める構造は、国際動向をはじめとした外部要因の影響をまともに受けるリスクが高く、多様化・分散化に向けた取組みが必要と考える。

コロナ前の2019年の訪日外国人旅行者数でみると、中国が959万人となり、総数の30.1%。韓国558万人(構成比17.5%)、台湾489万人(同15.3%)、香港229万人(同7.2%)の順となっており、これら東アジア4か国で2236万人、総数の70.1%を占めた(資料2)。

同様に、訪日外国人旅行消費額でみると、中国が1兆7704億円となり、総額の36.8%。台湾5517億円(構成比11.5%)、韓国4247億円(同8.8%)、香港3525億円(同7.3%)、の順となっており、これら東アジア4か国で総額の64.4%を占めた。このように、訪日外国人旅行者数でみても、旅行消費額でみても、東アジア4か国に偏重している状況が見て取れる。

図表2
図表2

経団連提言(2022)では、インバウンドについて、「2019年には、韓国からの訪日客が大幅に減少したが、ラグビーワールドカップ日本大会を契機に、欧州やオセアニア等の各国からの訪日客が拡大し、同年のインバウンド全体の人数が前年を下回ることはなかった。また、観戦客は開催都市とその周辺地域を訪れるなかで、滞在期間の長さ等から消費額の拡大にも貢献し、一人当たりの旅行支出の平均は、一般のインバウンド客と比べると2.4倍との推計もある」としている(注2)。資料3の通り、欧米豪からのインバウンドは、平均泊数12~18泊、一人当たりの旅行支出額は18~25万円と平均消費額15.9万円を大きく上回る。こうした状況に鑑みると、地域に経済効果をもたらす、欧米豪等の高付加価値旅行者(富裕層)をターゲットとしたインバウンドの拡大にも注力することが非常に重要となる。遠い国から日本まで来てもらうためには、顧客のニーズ調査や現地の旅行会社とのパイプづくりなどの地道な努力が欠かせないと考える。

図表3
図表3

新基本計画では、わが国において、いわゆる富裕層というべき高付加価値旅行者は、2019年時点でインバウンド全体の約1%(約29万人)に過ぎず、一方で消費額は11.5%(約5500億円)を占めているが、大都市圏への訪問が多数を占め、地方を訪れる旅行者は極めて少ないとしている。高付加価値旅行者の誘致による経済効果は極めて高く、旺盛な旅行消費を通じて、地域の観光産業のみならず、多様な産業にも経済効果が波及し、地域経済の活性化につながるとしている。高付加価値旅行者の誘致のためには、①高付加価値旅行者のニーズを満たす潜在価値(ウリ)、②上質かつ地域のストーリーを感じられる宿泊施設(ヤド)、③質の高いサービスを提供するガイド・ホスピタリティ人材(ヒト)、④日本を高付加価値旅行の目的地として認知してもらうための売り込み(コネ)の4要素が必要とし、2023年3月に全国11か所のモデル地域を選定し、今後複数年度にわたって、ウリ・ヤド・ヒト・コネの4分野に関して総合的な施策を講じるとした。

なお、2023年5月30日に観光庁が発表した「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」では、従来の観光目的のインバウンドに留まらず、①ビジネス、②教育・研究、③文化芸術・スポーツ・自然、といったそれぞれの分野における取り組みによって国際的な人的交流を拡大させることで、親日派・知日派の人的ネットワークを強化し、わが国の魅力発信、リピーターとしての国際相互理解の増進、わが国における新たな価値の創造につなげていくとしている。

(4)観光産業を支える人材の確保・育成

生産性の向上の多くを担うのは「ヒト」であるが、旅館やホテル等、観光に携わる業界では、経営層から接客部門まで人材の確保が困難な状況にある。これまでは、働き手の熱意でやりくりしているとの指摘もあるが、就業者の年齢構成が全産業と比べると高いうえに、コロナ禍で離職者も拡大した。また、アクティビティの運営に欠かせないガイド人材も不足している。観光学部の卒業生が、観光関連の産業へと就職する割合が高くないとの指摘もあるなか、コロナ禍での厳しい現実を目の当たりにすることで、若年層の人材不足が加速する恐れもある。

経団連提言(2022)では、「観光の持続可能性の維持に向けて、人材の確保は喫緊の課題であり、人を惹きつける産業へと変革に取り組む必要がある。そのためには、観光に携わる事業者等が連携して生産性の向上を実現し、働き方や処遇の改善を図っていくことが重要である。それぞれの事業者においては、基本給や諸手当、賞与・一時金のほか、ワークライフバランスの確保等による働きやすさの確保や働きがいの向上等の多様な手段で、支払い能力を踏まえた改善を果たしていく姿勢が望ましい」としている。また、観光人材の育成に向けた観光教育の強化も必要である。特に、観光学部については、観光DXの推進など、文科系・理科系の垣根を超えたカリキュラムの編成が求められる。経団連観光委員会では大学の観光学部と会員企業の協力のもと、「経団連インターンシップ」を約10年前から実施しており、高度観光人材の育成に向けた観光教育は極めて重要であると考える。

他方、新基本計画においても、観光庁作成による観光人材育成ガイドラインで明示した知識・技能等を踏まえて大学等における教育プログラムの提供を推進し、観光地域づくりを牽引する人材育成を実現するとした。また、観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業、観光産業のDX支援等を通じて収益力の向上や経営の効率化を支援する際に、賃金水準の引き上げを求めることを通じて、従業員の待遇改善を図り、コロナ禍による離職者の復帰等を含めて、国内人材の担い手確保を進めるとしている。

3.終わりに

2022年秋に新型コロナの水際対策が緩和されたことで日本を訪れる外国人が着実に増え、国内旅行の回復と相俟って2023年のGWのにぎわいも全国でほぼコロナ禍前に戻った感がある。JNTOによると、2023年4月の訪日外国人旅行者数は194万9000人で、コロナ前の2019年同月(292万6000人)の約7割弱の水準まで回復している。訪日外国人旅行消費額も2023年1-3月期は1兆146億円と、2019年同期比で9割弱の水準にまで回復した。このようにインバウンドは急速に回復しつつあり、人口減少が進行する地方部における地域創生も喫緊の課題である。こうしたなか、前章まででみたように、観光地・観光産業が直面する数多くの課題のうち、とりわけ上記(1)~(4)に取り組んでいくことが待ったなしの状況にあり、持続可能でレジリエントな観光に向けた革新が欠かせないといえよう。

以 上

【注釈】

  1. 観光DXモデル事業7事業:2023年5月、観光庁は「事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域活性化実証事業」として、7事業を採択した。  
    Yamagata Open Travel Consortium、福井県観光DX推進マーケティング、  
    箱根温泉DX推進コンソーシアム、海の京都観光DX推進協議会、  
    しまなみ海道DXコンソーシアム、隠岐OTA推進共同事業体、  
    日本観光振興デジタルプラットフォーム推進コンソーシアム

  2. 観光庁の試算によると、訪日外国人のラグビーワールドカップ観戦者一人当たり旅行支出は38万5000円で、観戦していない旅行者の15万9000円と比較して2.4倍となった。

【参考文献】

  • 観光庁(2023)「観光立国推進基本計画」

 (概要:https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001597355.pdf

 (本文:https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001597357.pdf

  • 観光庁(2006)「観光立国推進基本法」

 (条文:https://www.mlit.go.jp/common/000058547.pdf

  • 一般社団法人 日本経済団体連合会(2022)「持続可能でレジリエントな観光への革新―改定「観光立国推進基本計画」に対する意見―」 (https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/006.html

  • 観光庁(2023)「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」

 (https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001612100.pdf

今泉 典彦


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