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新・観光立国推進基本計画とは(前編)

~「質の向上」と「持続可能な観光」にこだわる~

今泉 典彦

要旨
  • 観光立国推進基本計画(以下、基本計画)とは、2006年に閣議決定された観光立国推進基本法に基づいて、観光立国を目指す上での具体的な目標などを掲げたものである。今般、2023年3月31日に、6年ぶりとなる第4次基本計画(2023~25年度の3か年対象)が閣議決定された。
  • 訪日外国人旅行者数はコロナ感染拡大の影響から、2019年の年間約3200万人から2021年には25万人へと激減し、旅行消費額は4.8兆円から1200億円まで大幅な落ち込みを経験した。第3次基本計画(2017~2020年度)のコロナ感染拡大前の目標達成状況についてみると、インバウンドは、旅行者数が約8割、消費額と地方誘客は約6割の達成率に留まった。
  • 今回の第4次基本計画では、観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策として、(1)持続可能な観光地域づくり戦略、(2)インバウンド回復戦略、(3)国内交流拡大戦略、の3つの戦略を打ち出している
  • 観光立国の実現に関する目標について、これまでの基本計画では「2020年4000万人、2030年6000万人」と訪日外国人旅行者の「人数」にこだわってきた。これに対し、第4次基本計画では「質」の向上、すなわち、人数に依存せず、一人当たり旅行消費額をいかに増やせるかにこだわるとしたことが最大の特徴である。また、持続可能な観光を前面に押し出して、地球環境問題とともに、地域経済をいかに活性化させ、地域社会の持続可能性を高めるかも目標に据えている。
  • 第4次基本計画の目標を確実に達成していくためには、(1)生産性向上に向けた観光DXの推進、(2)観光地域経営の推進に向けたDMOの活性化、(3)インバウンドの多様化に向けた取組み、(4)観光産業を支える人材の確保・育成、などをはじめ、数多くの課題に取り組んでいくことが不可欠と考える。
  • 観光業界を取り巻く課題については、2022年1月に、筆者が部会長を務める経団連観光委員会企画部会で取りまとめた提言「持続可能でレジリエントな観光への革新」で多くの事項を指摘している。主な課題とそれに対する対応策については次稿で論じることとするが、いずれの課題も待ったなしの状況にある。
目次

1.はじめに ~観光立国推進基本計画とは~

観光立国推進基本計画(以下、基本計画)とは、2006年に閣議決定された観光立国推進基本法に基づいて、観光立国を目指す上での具体的な目標などを掲げたものである。2007年度から2011年度までの第1次基本計画(5カ年)、2012年度から2016年度までを対象とした第2次基本計画(5カ年)、さらに2017年度から2020年度までを対象とした第3次基本計画(4カ年)が走ってきた。今般、2023年3月31日に、6年ぶりとなる第4次基本計画(2023~25年度の3か年対象)が閣議決定された。

本稿では、コロナ禍を含む昨今の環境変化を振り返るとともに、同基本計画で示された方向性や目標について解説する。また、次稿において将来に向けた諸課題を取り上げる。

2.新型コロナウィルス感染症拡大と観光業界を取り巻く環境変化

まず、昨今の観光業界を取り巻く環境変化を概観する。訪日外国人旅行者数は2012年の約830万人から2019年に約3200万人と約3.8倍に、訪日外国人旅行者による消費額は2012年の約1.1兆円から2019年に約4.8兆円と約4.4倍に飛躍的に増加した。それが2021年には、旅行者数で年間25万人、消費額1200億円まで大幅な落ち込みを経験した。19年比での消費の減少額は約▲4.7兆円にのぼる(資料1)。一方、国内旅行をみると、日本人国内のべ旅行者数、日本人国内旅行消費額はいずれも2012年から2019年まで概ね横ばいで推移してきたが、2020年以降、およそ半減し、19年比での消費の減少額は約▲12.7兆円にのぼった。

図表1
図表1

第3次基本計画(2017~2020年度)のコロナ感染拡大前(2019年)の目標達成状況についてみてみる(資料2)。日本人の国内旅行消費額は目標を前倒しで達成(104%)したが、インバウンドは、訪日外国人旅行者数および外国人リピーター数が約8割、訪日外国人旅行消費額と地方部での外国人延べ宿泊者数は約6割の達成率に留まった。

図表2
図表2

3.第4次基本計画策定に向けた経緯

前述のとおり、2020年7月の東京オリンピック・パラリンピックを控え、訪日外国人旅行者数の2020年目標の達成も視野に入っていた2020年初頭、予想だにしない新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が発生した。コロナ禍により、2020年春以降、2022年秋まで訪日旅行の海外需要は蒸発し、国内旅行も2021年秋までコロナ前の2019年と比べて半減の水準が続いた。2022年7月から始まったコロナの第7波がようやく下火になった2022年10月11日、政府の観光立国推進閣僚会議において、同日のコロナ対策の水際措置の大幅緩和と国内の全国旅行支援のスタートを受けて、岸田総理より、以下の3点の取組みが指示され、2年間凍結されていた第4次基本計画策定の検討が交通政策審議会観光分科会で再開された。

①旅行消費の早期回復。特にインバウンド消費については、円安の効果も生かし、速やかに5兆円超を達成することを目指し、総合経済対策に向けて、集中的な政策パッケージをまとめること。

②持続可能で高付加価値な観光産業の実現を目指し、総合経済対策に宿泊施設のリノベーション支援を盛り込み取組みを加速させること。

③大阪・関西万博が開催される2025年をターゲットに、わが国の観光を持続可能な形で復活させるため、新たな「観光立国推進基本計画」を2022年度末までに策定すること(資料3)。

図表3
図表3

4.観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策~今後の観光政策の3つの方向性~

2023年3月31日に閣議決定された第4次基本計画では、観光立国の実現に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策として、以下の3つの戦略を打ち出している(資料4)。

(1)持続可能な観光地域づくり戦略

地域社会・経済が一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化を図ることを第一に掲げている。宿泊施設の改修支援、高付加価値経営のためのガイドライン策定、事業者登録制度の創設などを通じて、コロナ禍からの観光のV字回復を図り、「稼げる地域・稼げる産業」を実現することを目指す。また、観光DXの推進として、旅行者の利便性向上と周遊促進、観光産業の生産性向上、観光地経営の高度化などを挙げている。

観光産業の革新策として、高付加価値旅行商品の造成、資金繰り支援の実施などを指摘するとともに、現下の喫緊の課題である観光人材の育成・確保に関して、従業員の待遇改善による担い手の確保、観光デジタル人材の育成・活用を挙げている。DMO(観光地域づくり法人)を司令塔とした観光地域づくりの推進としては、DMOによる持続可能な自主財源の確保やDMOを中心とする地域一体となった観光地経営の実施のほか、自然・文化等の保全に配慮したコンテンツ造成など持続可能な観光地域づくりのための体制整備の推進等にも取り組む。

(2)インバウンド回復戦略

インバウンド回復に向けた集中的取組として、ビザの戦略的緩和やCIQ体制(注1)の整備、地方直行便・クルーズ等の受入促進、キャッシュレス化や多様な食習慣への対応などインバウンド受入環境の整備を行うとされた。また、デジタルマーケティングを活用したきめ細かな戦略的な訪日プロモーションの実施、全国11か所のモデル地域(注2)を選定する高付加価値旅行者(富裕層)の誘致、MICE(注3)の推進およびアウトバウンド・国際相互交流の促進等に注力するとされた。

(3)国内交流拡大戦略

魅力的なコンテンツ整備や大阪・関西万博を契機にした国内旅行需要の喚起を第一に挙げている。また、新たな交流市場の開拓として、ワーケーション等の普及・定着、第2のふるさとづくりの推進などに取り組むとともに、平日旅行需要喚起キャンペーンなど国内旅行需要の平準化の促進が重要とされている。

(2)インバウンド回復戦略と(3)国内交流拡大戦略のどちらにも共通する施策としては、地方誘客に効果の高いコンテンツの整備として、国立公園の魅力の向上・ブランド化や国際競争力の高いスノーリゾートの形成などを挙げる。また、アドベンチャーツーリズムの推進やアート・文化芸術、地域の食材など消費拡大に効果の高いコンテンツの整備が重要とされた。

図表4
図表4

5.観光立国の実現に関する目標

観光立国の実現に関する目標については、これまでの基本計画では「2020年4000万人、2030年6000万人」と訪日外国人旅行者の「人数」にこだわってきた。これに対し、第4次基本計画では、コロナ禍による環境変化やコロナ前からの課題を踏まえて、人数に依存せず、「質」の向上、すなわち、一人当たりの旅行消費額をいかに増やせるかにこだわるとしたことが最大の特徴である。また、持続可能な観光を前面に押し出して、地球環境問題とともに、地域の目標への引き直しやすさも考慮しつつ、地域経済をいかに活性化させ、地域社会の持続可能性を高めるかを目標に据えていることも観光の「質」の向上に資するものと考える。「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3つのキーワードを掲げ、大阪・関西万博が開催される2025年度を目途に、「質」の向上につながる定量目標を設けている(資料5)。

(1)持続可能な観光地域づくり戦略

新たな目標として、「持続可能な観光地域づくりに取組む地域数」を設定した。これは、国際基準に準拠した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」(注4)に取組む地域を2022年の12地域(うち国際認証・表彰地域6)から2025年までに100地域(うち国際認証・表彰地域50)にするというものである。これが1番目の目標とされたが、国民の多くは「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を詳しくは知らない。目標とするからには国民に対して広く周知を図る必要があろう。

(2)インバウンド回復戦略

新指標として、訪日外国人旅行消費額単価を導入した。消費額単価は2017年をピークに伸び悩んでおり、2019年の15.9万円/人を25%増やして、2025年に20万円/人にする。これは旧基本計画の2020年目標である、訪日外国人旅行者4000万人×消費額単価20万円=消費額8兆円のケースの消費額単価である。2022年秋の水際措置の緩和と折からの円安の追い風のもと、世界からの高付加価値旅行者の誘致が進めば達成が期待される。因みに、訪日外国人旅行消費額は2019年で4.8兆円まで達したが、これについては目標年度を定めずに早期に5兆円達成を目指すとされた。観光庁によれば、これは旅行消費額単価18万円×旅行者数2800万人のイメージである。

また、同じく新指標として導入された、訪日外国人旅行者一人当たり地方部宿泊数については、2019年の1.35泊を10%増やして2025年に1.5泊とする。これは、地方部を訪れる2人に1人がもう1泊する水準である。ここでは、地方部の2次交通の整備(注5)や魅力ある観光コンテンツの充実、高付加価値旅行者の地方部誘致などが課題となろう。なお、インバウンドの旅行者数(2019年3188万人)、アウトバウンドの旅行者数(同2008万人)については、2025年に2019年水準を超えることを目標とした。MICEなど国際会議の開催件数割合は2019年にアジア2位だったものを、2025年にはアジア1位の座を奪還することを目標としている(注6)。

(3)国内交流拡大戦略

日本人の地方部延べ宿泊者数について、2019年の3.0億人泊を5%増やして2025年に3.2億人泊とする。また、国内旅行消費額は2019年の21.9兆円から2025年に22兆円とする。これは旧計画の2030年目標22兆円を前倒しするもので、コロナ禍で9兆円まで減った国内旅行消費額をまずは早期に20兆円まで回復させることを目指す。

6. おわりに ~今後の観光政策の諸課題~

既述のとおり、第4次基本計画の最大の特徴は、訪日外国人旅行者数という「人数」に依存せず、「質」の向上、すなわち、一人当たりの旅行消費額をいかに増やせるかにこだわっていくことである。同時に、持続可能な観光を前面に押し出して、地球環境問題とともに、地域経済をいかに活性化させ、地域社会の持続可能性を高めるかを目標に据えている。こうした新しい目標を確実に達成していくためには、(1)生産性向上に向けた観光DXの推進、(2)観光地域経営の推進に向けたDMOの活性化、(3)インバウンドの多様化に向けた取組み、(4)観光産業を支える人材の確保・育成、などをはじめ、数多くの課題に取り組んでいくことが不可欠と考える。

観光業界を取り巻く課題については、2022年1月に、筆者が部会長を務める経団連観光委員会企画部会で取りまとめた提言「持続可能でレジリエントな観光への革新―改定「観光立国推進基本計画」に対する意見―」で多くの事項を指摘している。主な課題とそれに対する対応策については次稿で論じることとするが、いずれの課題も待ったなしの状況にある。

以 上

【注釈】

  1. CIQ体制とは、税関(Customs)、出入国管理(Immigration)、検疫所(Quarantine)の略で、日本の主要な港湾・空港のほとんどで整備されている。

  2. 全国11か所のモデル地域選定:2023年3月、観光庁は高付加価値旅行者の誘客に向けて集中的な支援等を行う「モデル観光地11地域」を選定。東北海道エリア、八幡平エリア、松本・高山エリア、北陸エリア、那須及び周辺エリア、伊勢志摩及び周辺エリア、奈良南部・和歌山那智勝浦エリア、せとうちエリア、鳥取・島根エリア、鹿児島・阿蘇・雲仙エリア、沖縄・奄美エリアの11地域。

  3. MICEとは、会議などのイベントを核とした観光需要のことで、M(Meeting)、I(Incentive Travel)、C(Convention)、E(Exhibition/Event)、で構成されており、国内外からの人流を生み出し、開催地に高い経済波及効果をもたらす。

  4. 「日本版持続可能な観光ガイドライン」(JSTS-D)とは、観光庁とUNWTO(国連世界観光機関)駐日事務所が2020年6月に発行したもの。地方自治体やDMO等が持続可能な観光地マネジメントを行うための観光指標で、「持続可能な観光」の国際基準に準拠しつつ、日本の特性を反映した。この中では、「持続可能なマネジメント」「社会経済のサステナビリティ」「文化的サステナビリティ」「環境のサステナビリティ」の4つのカテゴリーがあり、それぞれに満たすべき基準が定められている。

  5. 2次交通とは、拠点となる空港や鉄道の駅などから、観光目的地までの交通手段のこと。

  6. 国際会議の開催件数割合とは、アジア主要国(アジア太平洋地域での国際会議開催件数上位5か国)における国際会議の開催件数に占める日本の割合を指す。日本は2018年にアジア1位となったが、2019年は中国が1位となったため、2025年にアジア1位の座を奪還することを目指している。

【参考文献】

  • 観光庁(2023)「観光立国推進基本計画」

 (概要:https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001597355.pdf

 (本文:https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001597357.pdf

  • 国土交通省交通政策審議会(2022)「第43回・第46回観光分科会資料」

  • 一般社団法人 日本経済団体連合会(2022)「持続可能でレジリエントな観光への革新―改定「観光立国推進基本計画」に対する意見―」 (https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/006.html

今泉 典彦


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