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ここが知りたい『サステイナブルツーリズム(持続可能な観光)とは』

今泉 典彦

目次

サステイナブルツーリズムの定義

「サステイナブルツーリズム」とは、持続可能な観光を意味する言葉で、UNWTO(国連世界観光機関)によれば、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」のことと定義されている。受け入れる観光地からみれば、地域の資源である「自然」や「文化」、「伝統」、「そこに暮らす人々」を活かして、旅行者を受け入れ、地域経済を発展させることを意味する。観光には、社会・経済開発及び環境保護を推進し得る大きな潜在力があり、国連が採択したSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献できるものと考える。

サステイナブルツーリズムの推進

サステイナブルツーリズムは、世界の観光の潮流となりつつあり、乗り遅れれば旅行先としての国際競争力の低下を招いてしまうだろう。サステイナブルツーリズムの第1の類型として、地球環境に配慮した観光が挙げられる。例えば、カーボンニュートラルな移動(CO2削減に資する交通手段の活用、徒歩観光、サイクルツーリズム等)や省エネ、プラスチックごみ・食品ロスの削減等に取り組む宿泊施設や飲食店の利用等があろう。日本ではまだ取組みが遅れており、まずは観光事業者・旅行者の地球環境に配慮した自発的な取り組みの促進に向けて、普及啓発、認知度の向上を図ることが求められる。

第2の類型としては、持続可能な観光地域づくりの推進が挙げられる(資料1)。自然環境や風景、文化、伝統、歴史、郷土料理、また、農林漁業、伝統工芸等の地場産業の各地域に根付いた観光資源は、わが国の急速に進む人口減少・過疎化に伴って風化・消滅する危機に直面している。こうした危機を回避するためにも、地域の経済・社会・環境の持続可能性や価値をさらに高めるような観光サービスが必要である。その際、観光コンテンツの造成・工夫、受入環境整備においては、一部の企業のみの裨益に留まると地域社会全体の活性化には繋がらないため、地域一体となった取組みで地域全体の活性化を図るべきである。

資料1
資料1

コンテンツ化以外にも地域が抱える観光の問題はいくつもある。観光従事者の担い手不足の状況に対しては、労働環境の改善を行うことで担い手を確保することが喫緊の課題であろう。また、コロナ以前の訪日外国人旅行者数が3200万人にまで急増する過程で、一部地域でオーバーツーリズムやマナー違反の問題が起きた。地域住民が鉄道に乗車できない、クルーズ船の着港時の交通渋滞といった混雑の問題や、路上等へのゴミのポイ捨て、農家の私有地である畑や花畑への無断侵入などのマナー違反の問題が頻発した。こうした問題について訪日外国人旅行者に注意・喚起を徹底して行うことと合わせて、地域住民の十分な理解の確保が必要であろう。

持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)の活用

地域における観光客の増大は、地域経済・社会の活性化に貢献する一方で、既述の通り、過度な集中による自然環境や地域住民の生活への大きな負荷を引き起こす可能性がある。世界各地で観光がもたらす負の側面が顕在化するなかで、UNWTOはサステイナブルツーリズムの推進を提唱している。観光分野でも自然環境への配慮や地域への貢献を打ち出すことで、2030年のSDGsの実現に貢献していくことが求められる。

各地域における持続可能な観光マネジメントへの取組みの加速を目的に、観光庁とUNWTO駐日事務所は「日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」(2020年6月)を発行している。この中では、「持続可能なマネジメント」、「社会経済のサステナビリティ」、「文化的サステナビリティ」、「環境のサステナビリティ」の4つのカテゴリーがあり、それぞれに満たすべき基準が定められている(資料2)。地域における推進体制の整備や観光を巡る実態把握、安全や治安の維持、受入環境の整備の在り方、観光資源の保護等の多岐にわたる内容について、取組みの考え方のほか、参考資料や先行事例も詳細に掲載されており、DMO(観光地域づくり法人)や観光関連事業者等の積極的活用が求められる。

資料2
資料2

このJSTS-Dに取組む地域数が2023年3月末に閣議決定された「第4次観光立国推進基本計画」の数値目標に盛り込まれた。持続可能な観光地域づくりに取組む地域数を2025年までに100地域(2022年は12地域)とすることとされている。

なお、JSTS-Dには感染症や気候変動への対策、二次・三次交通を担う公共交通機関の整備、再生可能エネルギーの利用促進等、地域や事業者の自助努力だけでは対応しきれない内容も含まれている。政府には、既存の補助金等を紹介するワンストップ窓口の設置や、新たな財政的な支援を含め、省庁連携のもとで効果的な取組みが進むよう支援していくことが望まれる。

観光振興が生む地域経済・社会の好循環を

日本の特性を踏まえたJSTS-Dの活用により、地域社会における経済利益や、旅行者・地域・文化資源・環境各々に対する利益の最大化と悪影響の最小化を図ることは、「持続可能な観光先進国」の実現に向けての大きな一歩になる。その実現のためにも、DMO等の地域観光の担い手の育成を通じて、持続可能な観光戦略策定と効果検証を継続的に実施することで、地域経済・社会・環境の持続可能性や価値を一段と高めるような観光サービスにつなげなければならない。こうした「観光振興が生む地域経済・社会の好循環」を回すことが何より肝要である。

今泉 典彦


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