1分でわかるトレンド解説 1分でわかるトレンド解説

日米独仏職業教育機関の特色と今日的意義

~世界の職業教育機関④まとめ~

重原 正明

要旨
  • 日本、米国、ドイツ、フランスの職業教育機関はそれぞれの歴史的経緯等を反映した特色を持っている。
  • 一方、各国の職業教育機関は、求められる人材の変化への対応、必要な学習内容の高度化、入学者の確保、キャリア意識の醸成、産業界との連携といった共通の課題を持っている。そしてそれぞれに対応を模索している。
  • 一回手に職をつければそれで一生食べていける、という時代は終わりつつあり、職業教育機関もそれに応じた変革を迫られている。
  • しかし「あることが確実にできる」ことは、学び続けるモチベーションの源泉として、現在でも重要である。自走できる職業人を育てるという、昔ながらの職業教育らしい職業教育の意味が失われることはないであろう。
  • 今後オープン・イノベーションが進む中で、企業内教育から企業外教育へという動きは進むであろう。その中で社会的共通資本としての職業教育機関をどう活用していくかは重要な課題である。日本社会が高専に代表される職業教育機関を大いに活用していくことを期待したい。
目次

1.「世界の職業教育機関シリーズ」まとめに際して

これまでシリーズとして、米国のコミュニティカレッジ、ドイツのデュアルシステム、および日本の高等専門学校についてその内容を紹介してきた。本レポートではその締め括りとして、フランスの職業系の学校(STS)についても適宜言及しながら、全体を俯瞰しての検討を行う。

まず4つの国の職業教育機関の比較表を提示し、その違いを確認する。次に各国の職業教育機関に、ある程度共通する課題とそれへの対応についてまとめる。最後に今後の職業教育機関について、社会の変化等を踏まえながら考察することとする。

2.各国の職業教育機関の特徴はその歴史と伝統に基づく

まずこれまでのレポートで取り上げていないフランスの職業教育機関について簡単に説明した後に、4か国の比較を行う。

フランスでは主に上級技術者養成課程(STS)で職業教育が行われている。STSは、日本の高校に相当するリセに付設された、上級技術者の養成を目的とした短期課程である。少人数制のクラスでの理論授業と職場実習から構成され、専攻によっては現場でのインターンシップも行われる。フランスでは、大学に付設される技術短期大学部(IUT)でも職業教育は行われているが、在籍人数はSTSの方が多い。STSもIUTも、戦後の高等教育機会の拡大や経済発展を支える人材の必要性が高まる中で設置され、発展してきた。また、他国と同様に、技術革新や労働環境の変化を踏まえ適宜教育内容の見直しがなされ、時代の変化への対応を試みている。

日米独仏4か国の代表的な職業教育機関について、その特徴を資料1にまとめた。

図表1
図表1

アメリカの場合は、20世紀初頭ごろから続く徒弟制度の崩壊により、職業教育が教育機関に委ねられたことから、College for Allの政策によりコミュニティカレッジが職業教育の主体を担うこととなった。このため主に公教育として、地域と結びつきながら多様な学生を受け入れており、産業界との結びつきは必ずしも強くない。

一方、ドイツでは徒弟制度、フランスでは学歴と連動した職業資格が残っており、その中の制度として職業教育制度や機関が存在している。このため産業界との結びつきは強く社会での認知度も高い。一方で、制度がしっかりしている分、両国では進路選択の自由が乏しい面がある。ドイツでは10歳頃から進路が分かれ、デュアルシステム修了後の大学編入制度はない。またフランスでは高校修了試験(バカロレア)の種類(注1)が進学先と一定程度連動しており、家計所得によって取得バカロレアが異なる傾向にある点も踏まえると、職業教育を含む進学先の選択に対して家庭環境が強く影響するといえよう。自由で柔軟な進路の選択という点では両国の制度は問題を残していると思われる。

日本の場合は終身雇用制度の下で企業内教育に重きがおかれる中、第二次世界大戦後の技術者不足を背景に高専が生まれ、工学系中心に中堅技術者の養成が行われてきた。対象分野の拡大はまだ途上であり、高い大学進学率が保たれていることも相まって、高専は規模的にも知る人ぞ知る存在に留まっている。

このように、各国の職業教育機関は、実践的な教育を実施するなどの共通点を持ちながらも、それぞれの歴史と伝統に基づく特徴を持っている。

3.求められる人材の変化への対応などは各国職業教育機関の共通課題

一方で、職業教育機関の課題についてみると、各国ほぼ共通する点が多くある。そのうちの主な課題とそれへの対応を挙げると次の通りである。

(1)求められる人材の変化への対応

産業界がオートメーション化、IT化などを進めていることで、従来職業教育機関が担ってきた職人系や事務系の仕事の需要が減り、その分IT系などの仕事が増えている。学校再編、学科増設、訓練内容の刷新など、職業教育機関側で対応する取り組みが行われているが、このような今日のニーズを満たすための対応は、当面は課題となると考えられる。

(2)必要な学習内容の高度化

前の項目とも関連するが、仕事の内容が高度化する中、それをどうやって教育するかが問題となっている。この課題に関しては、日本における高専の専修科の設置など、上級学校の設置や編入制度、あるいはコミュニティカレッジにおける大学教授の講義など、大学等との協働といった取り組みが進められている。

(3)入学者の確保

4年制大学への進学志向が高まる中、入学者の伸び悩みも共通してみられる。これについては高校への出張授業や地域間連携の強化などの取り組みも行われている。また特に米国で盛んな社会人の受け入れも、この方策の一つといって良いであろう。

(4)キャリア意識の醸成

実践的な教育を行う職業教育機関では、その教育内容と個人の志向とがミスマッチを起こしていると、中途退学などの問題につながる場合もある。このため、学生のキャリア意識をどう育てていくかという点に悩んでいることも多い。入学前研修(早い場合は高校入学時に始まる)やカウンセリングのほか、コミュニティカレッジのように自分の将来のキャリアについて考える時間を授業としてカリキュラムに組み込むような例もある。また現場実習による職業体験もキャリア意識の醸成に役立つものと考えられる。

(5)産業界との連携

職業教育機関は職業体験などのために産業界、特に地域の産業界と連携が必要であるが、地域産業の衰退や産業構造の変化など諸々のミスマッチにより連携がうまくいかない場合が散見される。ここについてはIT産業など地域で新しく興りつつある産業と連携している例などがみられる。

このように、各国の職業教育機関は様々な課題を抱えており、ある程度共通するものも多い。他の国の事例が参考になる場合もあると想定されるので、お互いの事例を取り入れることはもっと試みられて良いかと思われる。

4.職業教育機関の今日的な意味―自走できる職業人を育てる―

前章では職業教育機関の課題を示したが、職業教育機関はこのような課題を抱えつつも、今後も一般教育とは別個にその機能が求められ続ける存在なのだろうか。

筆者は求められ続ける存在だと思う。ただその存在意義は過去と今日とでは変化していると考える。

簡単に言えば、過去の職業教育機関は「手に職をつけさせる」機関であった。ある職に関する技術やノウハウを学べば、変化の少ない以前の世界では、それで一生働いて食べていくことができた。

しかし技術の進歩も環境の変化も激しくなった現在、一回「手に職をつけた」からといってそれで一生食べていけるとは限らない。むしろ時代に合わせて学び続けることが必要になってくるであろう。

ただ、学び続けるためにはモチベーションが必要である。特に技術者において、その源泉の一つは「あることが確実にできるようになった」という経験であろう。学んで成し遂げた経験のある人は、新しいことに対する際も、過去の成功体験がモチベーションの源泉となり、結果学んで成し遂げることができることが多いと思われる。

そのような人を別のことばで表わせば、ある分野の仕事について学び続けることができる一人前の職業人、自走できる職業人といえよう。

そして、職業教育機関の今日的使命は、何らかの職業において自走できる職業人を育てることではないか。そういう意味では、職業教育らしい職業教育の意味は今日においても失われず残っていると考えられよう。

5.おわりにー社会的共通資本としての職業教育機関を活かそうー

新しい技術が生まれると世界が変わる。それは事実である。しかし新しい技術、例えばWi-Fi(注2)がただ生まれただけでは世界が変わることはない。それを使う技術を吸収するとともに、実際にそれを応用した機器を製作する人や、それぞれの町や村や企業で使いたい人のニーズに合わせた導入・活用の仕方を提案する人などの、中堅技術者がいてこそ世界は変わる。その意味では中堅技術者などの実践者を育てる職業教育機関は社会的共通資本の一つであり、それとその出身者をうまく社会で活かすことが、社会の発展につながると考えられる。

中堅技術者の必要性はともすれば見落とされやすい分野であり、その不足は日本でみても戦後復興期あるいは高度成長期のみの問題ではない。例えば2015年にまとめられた報告書「ビッグデータの利活用のための専門人材育成について」(注3)は、データサイエンティストにおける「中抜き」問題を指摘している。

「中抜き」問題とは、データサイエンティストのチームを率いて、組織におけるビッグデータ利活用を先導できる能力をもった「棟梁レベル」の人材の不足のことである。当該報告書では、「棟梁レベルの人材が活躍できる場がこれまで我が国になかった」ため、このレベルの人材が育っていないことを指摘し、「我が国におけるこの『中抜き』の状況をすみやかに解消しなければならない」としている。

トップクラスの人材については最先端を目指す研究教育機関が育成を担っている。この育成も重要な課題ではあるが、その下のプロジェクトリーダーを任せられるような「街の専門家」クラスをどこでどう育成するかも重要である。職業教育機関はその育成の場の少なくとも一つとなり得る。実際にアメリカのコミュニティカレッジでは、大学への編入を目指すコースや準学士を目指すコースのほかにcertificate(注4)を与えるコースも設けており、幅広い層の専門家を地域に提供する役割を果たしている。

今後オープン・イノベーションが進む中で、企業内教育から企業外教育へという動きは進むであろう。その中で社会的共通資本としての職業教育機関をどう活用していくかは重要な課題である。職業教育機関にはキャリア教育的な要素や社会人の再教育機関としての役割など、新たな役割も付加されつつある。しかし、自走できる職業人を育てるという使命はコアな役割であり続けるだろう。日本社会が高専に代表される職業教育機関を大いに活用していくことを願って、本シリーズの結びとする。

以 上

【注釈】

  1. フランスのバカロレアとは、高校卒業資格に当たり、大学進学に必要になる。バカロレア試験は国家試験となる。普通バカロレア、技術バカロレア、職業バカロレアの3種類がある。STS取得者やIUT希望者は技術バカロレアや職業バカロレアの取得率が比較的高いが、高所得層の子どもは職業教育ではなく、普通バカロレアを取得し大学進学を選択する傾向がみられ、格差の固定化という面からも課題がある。
  2. Wi-Fiとは情報機器等の間で、無線を用いて情報を交換する「無線LAN」の規格の一つにつけられた名称である。なお「Wi-Fi」は米国に本拠を置く「Wi-Fi Alliance」の商標又は登録商標である。
  3. 報告書の作成者は、「大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 ビッグデータの利活用に係る専門人材育成に向けた産官学協議会」である。
  4. certificate(修了証明書)とは、特定の職業に関する一定の技術・知識を習得したことを証明するもの。準学士取得が2年コースなのに対し、certificate取得のためのコースは1年コースであることが多い。詳しくは本シリーズの米国編(参考文献に記載)をご覧いただきたい。

【参考文献】
※各国事情(フランスを除く)に関しては、これまでの本シリーズのレポートの参考文献を参照されたい。

  • 重原 正明(2023)「職業への入口・コミュニティカレッジの多様性~世界の職業教育機関①米国編~」
  • 鄭 美沙(2023)「独デュアルシステムに見る産官学連携による人材育成~世界の職業教育機関②ドイツ編~」
  • 神村 玲於奈(2023)「高等専門学校の時代に即した変化と今後の期待~世界の職業教育機関③日本編~」

重原 正明


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。