整備が進む「高次脳機能障害」支援

~誰もが自分らしく暮らし続けられるような社会的支援の充実を~

後藤 博

目次

1. 整備が進む高次脳機能障害への支援体制

病気や外傷などで発症する「高次脳機能障害」を抱える人たちに対する政府や自治体による支援体制の整備が進んでいる。高次脳機能障害は、「事故や病気などにより脳に損傷を受け、その後遺症として記憶、注意、遂行機能、社会的行動といった認知機能(高次脳機能)が低下した状態を指し、日常生活の中で症状が現れるものの、外見からは障害がわかりにくいことが多い」とされる(2021年版厚生労働白書)。具体的な障害と症状は多様であり、代表的なものは図表1のとおりである。

図表 1 高次脳機能障害と代表的な症状
図表 1 高次脳機能障害と代表的な症状

高次脳機能障害の診断基準は学術的基準と行政的基準があり、対象とする障害が異なる。行政的基準は、行政として医療、福祉などの支援の対象を明確にする必要があるため、学術的診断基準とは別に設けられた(注1)。

行政上の高次脳機能障害者は、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害の4つの認知障害を有する者とされる。高次脳機能障害者に関する全国規模の調査はまだ実施されておらず、推計によっては約27万人とも約50万人とも言われ、その実情は明確になっていない。

現在では、厚生労働省で「高次脳機能障害及びその関連障害に対する支援普及事業」が、国土交通省で自動車事故による高次脳機能障害を有する者の「社会復帰促進事業」が推進されている。厚生労働省の事業においては、高次脳機能情報・支援センタ―と連携する支援拠点機関が各都道府県に設置され(注2)、相談支援・普及啓発が推進されている(図表2)。

図表 2 高次脳機能障害及びその関連障害に対する支援普及事業
図表 2 高次脳機能障害及びその関連障害に対する支援普及事業

我が国で高次脳機能障害者への支援が重視されるようになったのは、比較的最近のことだ。1990年代半ばに当事者団体が結成され、脳外傷問題をマスコミが取り上げるようになり、国会でも実態の解明が求められるなど社会問題と認識されるようになった。これを受け、2001年度から厚生労働省の「高次脳機能障害支援モデル事業」が始まり、5年間で高次脳機能障害診断基準や訓練プログラムなどが作成された。それらを活用して2006年から「高次脳機能障害支援普及事業」が法的に地域生活支援事業として位置づけられ、全国に相談支援体制が整備・構築されてきている 。

しかしながら、高次脳機能障害者を取り巻く状況は地域によって様々であり、支援事業の内容や、それを支える社会資源などに格差がみられる。現在では具体的な対処法などの情報はインターネット等により入手しやすくなったが、障害に悩む本人・家族、支援関係者は依然として多く、今も社会問題の一つとなっている。

2. なぜ社会問題となっているのか

高次脳機能障害は、当事者・家族等の日常生活に支障をきたすだけでなく、疾患によって出現する言動、態度により社会から疎外され、地域等で孤立するリスクを抱える。

厚生労働省は、高次脳機能障害を取り巻く問題として、当事者の社会参加を阻害する障壁を挙げている。障壁の因子としては、①差別や偏見(注3)の存在、②支援上の一貫性の欠如、③社会的行動障害への理解の不足を挙げることができる。

①の差別や偏見の存在は、それを受けることで、援助を求めにくくなったり治療を受けることに消極的になり、結果として当事者の社会参加が進まないことにつながる。②の支援上の一貫性の欠如については、入院中に急性期、回復期と医療機関が複数に跨りリハビリテーションを一貫して十分に受けらないケース、退院後に職場や在宅生活に復帰したものの、本来なら受けられる福祉サービスなど適切な支援を受けられないケースなどが、当事者の社会参加を阻害することにつながる。また、③の社会的行動障害への理解の不足については、脳の機能障害を原因とする「感情や欲求・衝動が抑えられない」「大声で騒ぐ」等の社会生活上の問題につながる症状が周囲の理解を得にくいため、社会参加の障壁になりうるということである。

高次脳機能障害者への支援という観点でいえば、当事者が必要な支援を受けにくい場合があるという問題も挙げられる。 たとえば、障害者総合支援法によって定められているサービス支援、就労移行支援を利用するには様々な機関への多くの相談が必要で、そこには一定のコミュニケーション能力が求められる。だが、記憶障害や注意障害(注意力が低下して、ミスが多い、作業を長く続けられないといった障害)などを抱える高次機能障害者にとっては、それが高いハードルになる。

社会参加への障壁をなくし、障害者の自立を促すためには、家族や周囲の人、あるいは医療機関等による適切な支援が求められる。身体機能の維持・向上を図るリハビリテーションをしっかり受けることができるような体制整備に加え、何よりも障害に対する周囲の正しい理解と受容が求められる。

3. 自分らしくを続けるための選択肢を確保する

先述の通り、現在、「高次脳機能障害及びその関連障害に対する支援普及事業」が展開されている。こうした支援事業も踏まえて、当事者や家族としては、身近な地域で支援を受ける選択肢を確保しておくことが大切だ。

地域生活支援事業及び地域生活支援促進事業は、障害者等を対象に市町村等が主体となって地域特性や利用者状況に応じ、計画的に実施する事業である。内容は必須事業と任意事業があり、図表3のとおり法的に多様な事業が定められている。

任意事業は全国一律ではないので、生活者としては身近な地域において実施されている事業・支援の中で利用できる選択肢を確認しておくことが大切である。高次脳機能障害は突然に発症あるいは後々に発覚することもあるので、その際の備えになり得るからだ。そのうえで円滑に支援を利用できるように、相談支援コーディネーター機能(注4)が利用できることも、押さえておきたい。

図表 3 地域生活支援事業 任意事業一覧
図表 3 地域生活支援事業 任意事業一覧

家族や周囲の人については、「助け」を求められない人がいることにも理解を深めたい。精神的な疾患は外から見えにくく、偏見や差別を受けたり、他人に負担をかけないことを美徳とする価値観をもつことにより、葛藤を抱える高次脳機能障害者は少なくない。誰もが自分らしく心に活力をもって暮らし続けられるような社会的支援の実現が何よりも重要だと考える。そのためにも、見えにくい疾患をもつ人に対する周囲の理解と協力が求められるのではないだろうか。


【注釈】

  1. 2001年度に開始された高次脳機能障害モデル事業で集積されたデータを基に、所定の検査で脳の器質的病変が明らかにできる認知障害を特定、検討のうえ設けられた。
  2. 都道府県に1機関以上、全国で86機関が設置されている。設置数が多い順に北海道33、栃木7、福島6、静岡5、千葉、長野、福岡4と地域差が見られる(2022年2月現在国立障害者リハビリテーションセンター公表)
  3. 2022年度から高等学校の学習指導要領が改訂され、高次脳機能障害を含む「精神疾患の予防と回復」が保健体育の項目に盛り込まれた。精神疾患の予防と回復に関する個人と社会の対策を整理しており、精神疾患は差別や偏見の対象でないことを理解させる内容にもなっている。
  4. 支援拠点機関に支援コーディネーターを配置し、支援を必要とする高次脳機能障害者の社会復帰のための相談支援、地域の関係機関との調整等を行う。支援コーディネーターは社会福祉士、精神保健福祉士、保健師、作業療法士、心理技術者等の高次脳機能障害者に対する専門的相談支援を行うのに適切な者。

【参考文献】

  • 厚生労働省「令和3年版厚生労働白書」(2021.7)
  • 東京都「高次脳機能障害者地域支援ハンドブック(改訂第五版)」(2021.3)

後藤 博

後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 社会福祉、保健・介護福祉

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