途絶えた健康寿命を再開させるか?

~エクソソームの可能性 新たな治療と予防へ~

後藤 博

目次

1.はじめに

再生医療は、幹細胞やES細胞、iPS細胞などを用い、機能障害や不全となった臓器や組織を再生し、機能回復を目指すものである。そのために、さまざまな研究がなされ、治療法の開発や治験が進んでいる。健康寿命と生命寿命の差を縮め、QOLを向上させるためにも、再生医療への期待は大きい。

細胞の内外には「エクソソーム(exosome)」と呼ばれる微細な小胞がある。この小胞の大きな働きに関心が高まっている。エクソソームは1983年に発見され、生命科学の領域で研究が進み、さまざまな生理機能や病態発症との関連が示唆されるようになった。既に医療分野では、体液を用いた新たな診断方法に結びついており、今後、再生医療での活用に期待が寄せられている。

そうした中で、エクソソームが持つ細胞間の情報伝達機能を活用した技術開発が進んでいる。この伝達機能には細胞内の悪性化の情報を抑制したり、患部を改善させる情報伝達を促したりするなどの機能があるという。また、エクソソームは細胞に由来する天然物であり、すでに人体内に多く存在していて毒性が低いとされ、本人から容易に採取できるなど、これまでにない優位性も認識されるようになった。将来的には、救えなかった患者を救える治療が実現する可能性もある。

本稿では、エクソソームの仕組みと特徴に触れ、これを応用した医療技術・治療の現状について述べる。

2.エクソソームの仕組み

エクソソームとは、体の中のあらゆる細胞が出すカプセル状の微粒子である。直径が50〜150nm(nm:10億分の1メートル)で、電子顕微鏡でやっと見える大きさである。エクソソームは、細胞内や細胞と細胞の間だけでなく、血液や涙など体液にも存在しており、体内を循環している。人体を構成する細胞約37兆個よりも多い、約100兆個ものエクソソームが人体を流れている。しかも人間や他の動物だけでなく、野菜や卵などにもエクソソームは存在する。

実は1つ1つの細胞にも、代謝や排泄のような仕組みがある(図表1)。1980年代まで、エクソソームの役割は、細胞が放出する「ごみ袋」として、細胞内の余分なタンパク質などの不要物を細胞外に持ち出し、捨てることのみであると認識されていた。

しかし、1996年に、エクソソームが他の細胞に物質を輸送する機能を持つことが発見された。さらに2007年には、エクソソームの中に大量の遺伝子複写情報(以下 マイクロRNA)があり、エクソソームは細胞間の情報伝達、コミュニケーションツールとして機能していることが明らかになった。

図表
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3.二つのはたらき 「悪さ役」と「助っ人役」

病気になるとエクソソームの分泌量が通常より何十倍も増えることから、エクソソームは病態の進展に深く関与していることが2010年頃に明らかとなった。

たとえば、がんとの関係においては、がん細胞から放出されるエクソソームは、がん細胞の生存、悪性化、転移などに関与し、がん細胞に有利に働くよう機能することがわかっている。

卵巣がんの腹膜への転移の仕組みを例にとると、卵巣がんの細胞が放ったエクソソームは腹膜表面バリアを構成している細胞の中へ侵入し、メッセージ物質の遺伝子複写情報(以下 マイクロRNA)を届ける。「役割はもう終わり」という死のメッセージを受け取った腹膜表面の細胞は死滅し始め、穴ができる。卵巣のがん細胞はその穴から簡単に腹膜に入り込み、増殖を繰り返すというのだ。

また、胃がんの原因といわれるピロリ菌も、エクソソームを放出して、胃粘膜上皮細胞に働きかけ、病気を引き起こすことが明らかとなっている。このように、疾病にかかわるエクソソームはいわば「悪さ役」としてはたらく。

一方で、人体に良い影響を及ぼし、健康を保とうとする「助っ人役」のエクソソームも存在する。正常細胞は、周囲にがん細胞が生じた場合、普段は持ち合わせていない種類のマイクロRNAなどをエクソソームに含めて分泌する。放出された「助っ人役」のエクソソームは、がん細胞の周辺に駆け付けて侵入し、がん細胞の増殖を抑制しようとする。また、ダメージを受けた細胞には正常な情報を伝え修復を助けている。また、母親の母乳には免疫に関わるマイクロRNAが含まれるエクソソームが多数存在する。赤ちゃんの免疫増強にも関与しているとされる。

4.新たな治療・診断・検査方法の開発

このようなエクソソームの特徴を生かした新しい医療技術・治療が開発されている。たとえば、いわゆる「助っ人役」のエクソソームのみを抽出した精製物を患者に投与したり、治療効果のある人工的な物質を封入したエクソソームを投与するといった再生医療である。そのほか、エクソソームが豊富に含まれる幹細胞培養液の上澄みを投与する治療も、すでに一部自由診療で行われている。

治療の他、早期発見についても応用されている。細胞ががん化した場合、そのがん細胞特有のエクソソームが放出される。この性質を利用した検査方法も開発されているのだ。エクソソームを調べることで、体内のどこにがんが発生しているのかがわかるという。しかも、それには一滴の血液で足りるとのことである。たった血液一滴で13種類ものがんを早期発見でき、患者の身体的負担も少ない診断マーカーとして注目されている。この検査方法も一部の医療機関では検査可能となっている。

さらに、新型コロナ感染の終息が望まれる中で、この検査方法を用いて、新型コロナ感染の重症化予測の研究も行われており、新しい治療法の開発や、さらなる病態の解明が待たれているのが現状である。

5.健康寿命を平均寿命に近づける

厚生労働省は、健康寿命を伸ばす取り組み「健康寿命延伸プラン」を令和元年に打ち出している。2040年までに、男女ともに健康寿命をさらに3年伸ばすことを目標としている。平均寿命と健康寿命との差は「令和2年版厚生労働白書」によると、男性は約9年間、女性は約12年間であった(図表2)。

図表
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健康寿命を平均寿命にさらに近づけることができれば、生涯現役も夢ではない。生活者一人ひとりの生活の質が向上し、社会の活力も増す。その意味でも、エクソソームの働きや特性を応用した治療や検査方法に期待が寄せられている。

細胞より小さなエクソソームを注入することで、未分化の細胞を移植するのに比べ、治療効果の調整が簡単になったり、移植細胞の予期せぬ分化へのリスクを軽減することができるという。

今後は新しい治療・検査方法とリハビリテーションの技術との相乗効果により、改善が難しいとされていた病気にも良い効果が期待できる。病気によって健康寿命が一旦終わったとしても、それを「リスタート」できる可能性が高まっている。

このような新たな技術・医療の普及を今後も注視していきたい。

【参考文献】

  • 落谷孝広、吉岡祐亮編「医療を変えるエクソソーム」化学同人 第2版2020.3)
  • 吉岡祐亮、落谷孝広「エクソソームは診断・医療に革命をもたらすか?」『実験医学』羊土社(2016.1)
  • 下村伊一郎ら 特集「エクソソームと疾患医学」『週刊医学のあゆみ』医歯薬出版(2020.1)

後藤 博

後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 社会福祉、保健・介護福祉

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