人工知能の民主化

~来たるデジタル社会に向け、我々はどのように備えるか~

丸山 雄平

要旨
  • デジタル革新(DX)の重要性が国民全体に浸透し、デジタル社会の到来が間近に迫っている。この社会では、人工知能(AI)は社会全体をデータでつなぎ、人間が幸せで豊かに暮らすためのパートナーとしての役割が期待されている。

  • 人工知能の歴史は古く、現在では様々な分野で人間の精度を上回る結果を出している。また、最先端の研究が急激に進む一方、一般への裾野も拡大しいわゆる「人工知能の民主化」が日々進行している。

  • 人工知能は人々の雇用を奪うのではないかという懸念が聞かれるが、テクノロジーの発展は、これまでも失われる仕事と同時に新たな仕事を生んできた。今後の人々の働き方について、人間にしかできない付加価値の高い仕事と人工知能に代替される仕事に分かれていくことは、自然の成り行きであろう。

  • 人工知能の準備レベル(AI-Ready化)について、日本の事業者の大半は、着手前~初期段階と考えられている。事業者は、人工知能をはじめとするデジタル革新(DX)を中長期視点で取り組んでいくとともに、プロセス、精度、風土、カルチャーの変革も行わなければならない。また個人にとっても、デジタル革新(DX)の変化を受け止め、個々のスキルを再構築していく必要がある。今後日本における人手不足問題や、新型コロナをきっかけとしたニューノーマルな社会を見据え、テクノロジーの発展は人々の生活の質を向上させ、持続可能な社会の実現に大きく貢献すると考えるべきだ。

目次

1.デジタル社会の到来と人工知能の役割

菅政権の看板政策であるデジタル政策は、日本が抱える少子高齢化による労働力人口減少の対策の一つとして、労働生産性の向上および経済成長の実現を期待されている。また、新型コロナウィルス感染症をきっかけに、非接触・非対面、かつワンストップでサービスが受けられるデジタルの重要性があらためて国民全体に伝わり、デジタル社会の実現に向けて追い風が吹いている。

日本経済団体連合会(経団連)は、これからの新しい社会「Society5.0」を創造社会と定義し、「デジタル革新(DX)と多様な人々の想像・創造力の融合によって、様々な社会課題を解決し、新たな価値を創造していく」としている(図表1)*1

この新しい社会において、人工知能(AI、artificial intelligence)は、IoTやロボット、ブロックチェーンなどの技術とともに、社会全体をデータでつなぎ、人間が幸せで豊かに暮らすためのパートナーとしての役割が期待されている。

2.人工知能の発展と応用事例 ~人工知能の民主化へ~

① 人工知能の歴史

人工知能の歴史は古く、世界で最初のコンピュータが作られてから10年後の1950年代半ばには、すでに研究が行われていた。この時代の人工知能の草分け的なものとして、1960年代後半に日本でも実用化された郵便番号の読み取りOCR(光学文字認識)が知られている。しかしながら、当時は複雑な現実問題を解決できず、第一次のブームは1970年代には終焉を迎えた。また第二次ブームは、1970年代後半から1990年代半ばに迎えたが、技術、データの限界や直面する様々な問題をクリアできず、次第に勢いが衰えた。

現在は、2012年に行われた画像認識のコンペティション「ILSVRC」が発端となり、2000年代から始まった第三次ブームが一気に盛り上がった。この大会はコンピュータが1,000万枚以上にもおよぶ画像を「犬」「猫」など自動で判定し正解率を競うもので、深層学習(ディープラーニング)と言われる新しい機械学習の技術の登場がこれまでの成績を大幅に更新し、世の中に大きな衝撃を与えた(図表2)*2。その後、この技術は画像認識以外の分野にも拡大し、現在では様々な分野で人間の精度を上回る結果を出している。

この画期的なブレークスルーと合わせ、コンピュータの性能向上やIoT、SNSなどの普及に伴うビッグデータの出現によって、人工知能の第三次ブームは本物となり、研究が加速度的に行われている。先人の積み重ねた発見や技術の蓄積を応用し、新しい技術を発見することを、科学・技術分野では「巨人の肩の上に立つ」と喩えられるが、今では世界中で日々100本以上のコンピュータサイエンスの論文が公開され、国際学会での発表・公開を経て、また新しい研究が進むというサイクルが、想像を絶する速さで進んでいる。

② 人工知能の民主化と応用事例

人工知能は最先端の研究だけではなく、一般にも広がりを見せている。これまで一部の特定された人しか使用できなかった環境や技術、論文などが、今では誰でも自由にアクセスできるようになってきており、いわゆる「人工知能の民主化」が日々進行している*3。この言葉は、米国スタンフォード大学のフェイ・フェイ・リー教授(当時はGoogleに在籍)が最初に提唱したと言われており、総務省の情報通信白書(令和元年版)にも紹介されている。また日本においては、2022年から高等学校の授業にて機械学習やデータサイエンスを取り入れることが決まっており、若者を中心に人工知能に触れる機会が増えることが予想される*4

図表3のように、今では製造業、物流、金融、教育、農林水産業、医療、エネルギー、行政など、あらゆる分野で人工知能が応用され、人手不足の解消、生産性の向上など、実際に多くの成果を出している。

また近年においては、自然言語処理分野の進展が目覚ましく、高精度な翻訳ツールや検索エンジンの精度向上など実現している。人工知能が文章の意味や文脈を理解できるようになることで、長文に対しても的確に対応できるようになり、読解力においても人間を超えるような研究結果が発表されている。近い将来、人間がコミュニケーションをとるように、人工知能やロボットが相手の表情やジェスチャー、声のトーンなどを読み取り、相手に合わせた自然なやりとりができるようになることも時間の問題かもしれない。

なお、人工知能の定義について、松尾豊・東京大学大学院工学系研究科教授は、「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術」と定めているが、専門家の中でも意見は分かれており、現在でも確立された定義はない。このため、知能らしき最先端の技術が人工知能と称されることもあり、人工知能の実体が捉えにくくなっている(図表4)。

3.デジタル社会における働き方の変化

テクノロジーの発展は、メリットだけではなく、負の側面ももたらす。人工知能の場合、例えば問題発生時の責任問題や、デジタル格差、ディープフェイクのような社会的問題が考えられ、現在、世界中で倫理に関する様々な議論やガイドラインの制定が行われている。

また、人工知能が人々の雇用を奪うのではないかという懸念が聞かれる。この点について、英国オックスフォード大学が発表した論文「仕事の未来:仕事はコンピュータ化によりどのように影響するか」では、約700の職業を「説得力」「交渉力」「独創性」「器用さ」等、9つの特徴毎にポイント化し、人工知能やロボットによる代替可能性を予想している*5。この論文では、今後10~20年のうち自動化される可能性が高い仕事は全体の47%で、電車の運転士やレジ係といった運送業やサービス業などはかなりの仕事が消滅するとしている。また今後の労働市場で生き残っていくためには、高い創造性と社会的スキルが必要になるとしており、今後の人々の働き方は人間にしかできない付加価値の高い仕事と、人工知能やロボットに代替される仕事に分かれていくことを示している。

これまでの歴史においても、テクノロジーは人々の働き方を変化させてきた。例えば自動車の発明によって、馬車の御者は仕事を失い、代わりに自動車の運転手や整備工など新たな仕事を生んだ。人工知能やロボットは疲れを知らず、24時間働き続けることができる。このため、単純な作業や正確性が必要な作業、大量の情報を扱う作業などを、人工知能やロボットが代替していくことは自然の成り行きであろう。

4.来たるデジタル社会に向け、我々はどのように備えるか

2019年に経団連が発表した「AI-Ready化ガイドライン」は、経営層、専門家、従業員、システム・データに関して、人工知能に関する準備レベルを5段階に分けており、それぞれ成熟度の「見える化」が行われている*6。現在、発表から約2年経つが、日本の事業者は大企業も含めて、大半がレベル1~2(AI-Ready化着手前~初期段階)と考えられている。成熟度モデルで知られている自動車の自動運転レベルは、技術の向上、法整備など、長い時間をかけて高度な自動化を可能としてきたように、人工知能をはじめとするデジタル革新(DX)も、目指す姿を描きながら、中長期な視点で取り組んでいかなければならない。

またこのことは、テクノロジーを導入すれば直ちにデジタル革新(DX)が成し遂げられるのではなく、プロセス、制度、風土、カルチャーも同時に変えていく必要があることを意味している。個人にとっても、急激な社会のパラダイムシフトによって、これまでの常識が通用しなくなっていることを自覚し、客観的な視点で既存のビジネスを見直すとともに、個々のスキルを再構築していくことが必要である。

「人工知能の民主化」を始めとするデジタル化の流れは、今後も止めることができない。倫理面などの課題や負の側面があるものの、今後の日本における人口減少や少子高齢化に伴う人手不足、新型コロナウィルス感染症をきっかけとしたニューノーマルな社会の形成など中長期な視点に立って考えると、テクノロジーの発展は人々の生活の質を向上させ、持続可能な社会の実現に大きく貢献すると考えるべきである。

ダーウィンの言葉「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」にもある通り、我々はデジタル改革(DX)の変化を受け止め、来たるデジタル社会をテクノロジーと人間が共存共栄できるよう、日々研鑽が求められる。

【注釈】

*1 経団連「Society 5.0 -とも に創造する未来-」(2018年5月)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/095.html

*2 ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)

ImageNetと呼ばれる画像データセットを活用した画像認識の世界的なコンペティション。1,000種類1,400万枚以上のカラー画像が収録されており、犬だけでも約100種類に分類されている。また、事前に十分にトレーニングを行った人間が実際に試したところ、エラー率は5.1%であった。このコンペティションは、精度の向上が進み、これ以上の上昇の余地が小さくなったことから2017年に終了した。

http://image-net.org/challenges/talks_2017/ILSVRC2017_overview.pdf

*3 人工知能(AI)の民主化

https://syncedreview.com/2017/03/22/fei-fei-li-in-google-cloud-next-17-annoucing-google-could-video-intelligence-api-and-more-cloud-machine-learning-updates/

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd113220.html

*4 文部科学省教育の情報化に関する取り組み

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detAIl/1416746.htm

*5 仕事の未来:仕事はコンピュータ化によりどのように影響するか

THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION? Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne September 17, 2013

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0040162516302244

*6 経団連「AI活用戦略~AI-Readyな社会の実現に向けて~」(2019年2月)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/013.html

丸山 雄平


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

丸山 雄平

まるやま ゆうへい

総合調査部 マクロ環境調査G 主席研究員(~21年12月)
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ