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Well-being LDの視点『なぜ「社会人の学び直し」は進まないのか』

西野 偉彦

目次

「学び直しは必要」が8割以上

夏休みが終わると学校が再開されるが、「学ぶ」のは子どもたちに限ったことではない。特に近年、「社会人の学び直し」が注目を集めている。

2022年10月、岸田文雄首相(当時)の所信表明演説で「リスキリング」が盛り込まれた。リスキリングは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」と定義されている(注1)。学び直しの中には、このリスキリングも含まれる。

社会人になってからの学び直しの状況は、どのようになっているのだろうか。2025年3月、第一生命経済研究所が全国の18~69歳の男女10,000人を対象に実施した調査によると、「学び直しは必要だ」とする割合は、「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」を合わせて80.6%に上った(資料)。

図表1
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「学び直しのメリット」が実感できない

その一方で、実際に「学び直しをしたことがある」は、「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」を合わせて33.6%にとどまっている。学び直しの必要性は感じているものの、学び直しができていない人が多いようだ。

社会人になってからの学び直しが進まない要因の一つとして考えられる背景には、「学び直しによる目に見えるメリット」が実感できていないということがある。本調査で、社会人になってから学び直しをした人のうち、「給料が上がった」「昇進・昇格した」「希望する部署や職種に異動したり、転職して希望する仕事につけた」について、「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」と回答した合計割合は、いずれも35%程度に過ぎない。「新たなつながりができた」にしても50%程度であり、社会人が学び直しをする動機付けとしては十分でないことがうかがえる。

「時間・費用・情報・社内制度」の障壁も

学び直しの必要性は感じているが実際に学び直しができていない人が多い背景には、働きながら学び直しをするうえでの障壁が存在していることも挙げられる。

たとえば、文部科学省の調査によると、学び直しを行ったことのない社会人が学び直しを行わない理由として、「費用が高すぎること」(37.7%)や「勤務時間が長くて十分な時間がないこと」(22.5%)などが挙げられている(注2)。

また、厚生労働省の調査でも、企業で働く社会人が自己啓発を行ううえでの課題として、「時間・費用・情報・社内制度」の整備が指摘されている(注3)。

学び直しに関する課題を抱えるのは、個人だけではない。文部科学省による別の調査によると、社会人学生を受け入れている国内の専門職大学院の60%以上が「社会人のニーズの把握」や「社会人や企業等への広報・周知」を、50%以上が「社会人が受講しやすい環境・制度の整備」や「学内の体制整備」などを、学び直しに関する課題として挙げている。加えて、社会人の指導にあたり必要な諸整備に向けた「財源の確保」を課題とする専門職大学院も約半数に上っており、学び直しを希望する個人にとっても、それを受け入れる高等教育機関においても、「費用」の問題が高いハードルになっている(注4)。

海外と比べて「学び直し」が遅れている日本

このような背景により社会人の学び直しが進んでいないのが日本の現状だが、学び直しを行っている割合は諸外国と比べても低い。内閣府の報告書によると、25~64歳のうち高等教育機関で教育を受けている人の割合をOECD(経済協力開発機構)諸国で比較すると、日本は2.4%と、英国の16%、米国の14%、OECD平均の11%と比較して大きく下回っている(注5)。

学び直しの源流は「リカレント教育」である。リカレント(recurrent)は「循環する・繰り返す」という意味で、リカレント教育の概念は1960年代から主に北欧諸国で発展した。その後、OECDが1970年代にリカレント教育を提唱した際、それを世代間の教育機会の格差解消や、所得にかかわらず教育機会を提供する手段と位置付け、「社会平等の実現」を目指した。しかし、現在の日本では、前述のように、費用を含めた様々な課題が学び直しを阻んでいることを考えると、限られた社会人でないと学び直しができない状況になっているともいえる。つまり、「誰もが学び直すことができる」という原点から離れてしまっている可能性がある。

「誰もが学び直しできる社会」を目指して

社会的に学び直しに対する必要性が高まっているからこそ、企業などでは従業員に対して学び直しを促す社内風土の醸成や社内制度の整備が必要だ。特に、昇給や昇進などの「学び直しによる目に見えるメリット」を提示することで、学び直しを推進する施策をより一層充実させることは喫緊の課題である。

人生100年時代においては、「教育→就職→退職後」という伝統的な人生モデルから、この3つを含めた様々なライフステージを自由に行き来する人生モデルに変化するうえで、学び直しが重要であると位置付けられている。仕事と生活の調和がとれた状態を「ワーク・ライフ・バランス」というが、今後はこのバランスの中に「学び(ラーニング)」を適宜組み込むことが不可欠である。すなわち、「ワーク・ライフ・ラーニング・バランス」を実現し、「誰もが学び直すことができる社会」をつくることが求められる。


(注1)経済産業省「第2回デジタル時代の人材育成政策に関する検討会」(2022年)

(注2)文部科学省「社会人の大学等の学び直しの実態把握に関する調査研究報告書」(2016年)

(注3)厚生労働省「2020年度能力開発基本調査」調査結果の概要(2021年)

(注4)文部科学省「専門職大学院におけるリカレント教育・リスキリングの現状・課題に関する調査研究」報告書(2024年)

(注5)内閣府「平成30年度年次経済財政報告」(2018年)

西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西野 偉彦

にしの たけひこ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 教育(子ども・若者の学校教育から社会人の学び直しまで)、Z世代やα世代の生活行動・価値観・社会参画

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