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2025.11.17
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マイクロクレデンシャルが拓く新しい労働市場
~学歴からスキル重視へ、日本はスキルを「通貨」にできるか?~
白石 香織
- 要旨
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かつて名門大学の学位は、長期にわたり能力を証明する手段とみなされてきた。しかし今、欧米の企業では「学歴」よりも「スキル」を重視する傾向にある。デジタル化やAIの進展により、知識や技能の陳腐化が加速し、一度取得した学位だけでは即戦力を保証できなくなっているためである。
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こうした変化を背景に、海外では「Skills are the new currency(スキルは新しい通貨である)」という言葉が注目されている。スキルは社内での能力証明にとどまらず、企業や国境を越えて流通する「通貨」となりつつあり、その信頼性と流通を支える仕組みの一つが、「マイクロクレデンシャル」である。
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マイクロクレデンシャルは、個人の特定のスキルや知識の修得を短期間の学習成果として証明する仕組みである。修士号や学士号といった「マクロクレデンシャル」が長期的な学びを示す「大きな証明書」だとすれば、マイクロクレデンシャルは短期で取得できる「小さな証明書」である。2022年時点で世界の発行数は約7,480万枚と2018年比で約3倍に増え、主要国での制度化が進みつつある。
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本稿では、5か国におけるマイクロクレデンシャルの推進アプローチを3つのモデルに整理した。(1)制度と標準化を先行させた「制度先行型」(EU・ニュージーランド)、(2)市場ニーズを起点とした「市場主導型」(米国)、(3)政府主導で制度整備と社会実装を同時に進める「ハイブリッド型」(シンガポール・タイ)である。日本は制度化と普及が始まった初期段階にある。
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この分析から導かれる日本への示唆は3点に集約される。(1)政府主導による「制度基盤の整備」、(2)企業等と連携した「労働市場との接続」強化、(3)制度整備と社会実装を同時に進める「スキル・エコシステムの構築」である。
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マイクロクレデンシャルの普及を契機に、「教育」と「雇用」を循環的に結びつける仕組みを構築できれば、日本は人口減少という制約を超え、持続可能で包摂的な労働市場を創り出すことができるだろう。マイクロクレデンシャルが拓くのは「学びが『働く力』に変わる社会」という新たな労働市場の未来である。
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- 目次
1.学歴からスキル重視へ
かつて名門大学の学位は、長期にわたり能力を証明する手段とみなされてきた。しかし今、欧米の企業では「学歴」よりも「スキル」を重視する傾向にある。デジタル化や AI の進展により知識や技能の陳腐化が加速し、一度取得した学位だけでは当人が即戦力であることを保証できなくなっているためである。
こうした潮流を象徴するのが、学位要件を撤廃し、候補者の「何ができるか」を評価する「スキルベース採用(Skills-based Hiring)」である。OECD(2025)がLinkedInの採用検索データを分析した結果、スキルでの検索による採用が拡大している。採用検索の約14%が「スキルのみ」でフィルタリングされており、これは「スキルと学歴(1.0%)」や「学位のみ(1.7%)」を大きく上回った(資料1)。

実際、米国ではすでに大手企業や18以上の州政府が、学歴ではなくスキルベースでの採用に移行している(注1)。採用手法としては、あらかじめ設定した評価基準と質問項目に基づいて、手順通りの面接を全ての候補者に実施する「構造化面接」、実務に近い課題で評価を行う「ジョブ・シミュレーション」、過去の成果物を評価する「ポートフォリオ審査」等、多様な手法で能力を可視化している(注2)。
賃金面でも同様の変化が見られる。Bone, Ehlinger, Stephany(2023)による英国の求人データ約1,100万件の分析では、「大学教育必須」と明記する求人が15%減少する一方、「AI関連職種」の求人は21%増加していた。さらに、AIスキル保有者の賃金プレミアム(平均賃金への上乗せ分)は+23%に達し、修士号(+9%)、学士号(+4%)を大きく上回り、博士号(+33%)に迫る(資料2)。すなわち、学歴の価値が相対的に低下する一方で、特定スキルが高い報酬をもたらす構造が一部の分野では明確になりつつある。
こうしたスキル重視の流れは、社会的な格差是正にもつながりうる。とりわけ日本では、新卒一括採用のもとで不利なスタートを強いられた就職氷河期世代や非正規雇用層に、スキルにもとづく「再評価」の機会を与え得る。学位や入社時の属性ではなく、後年に取得したマイクロクレデンシャル等で能力を可視化できれば、埋もれてきた人材が正規雇用や高度な職務にアクセスしやすくなり、世代間・雇用形態間の格差是正の一助となることが期待される。

「Skills are the new currency(スキルは新しい通貨である)」―この表現は、OECD(経済協力開発機構)やWEF(世界経済フォーラム)における近年の報告書で、繰り返し用いられており(注3)、スキルの国際的流通性を象徴する概念として注目されている。これは、スキルは社内の能力証明にとどまらず、企業や国境を超えて流通する「通貨」となりつつあることを示している。そして、この「通貨」の流通と信頼性を支える仕組みの一つが「マイクロクレデンシャル」である。
マイクロクレデンシャルは短期間で取得可能な学びを積み重ね、個人にはキャリア形成の新たな武器を、企業には柔軟な人材活用の基盤を、そして社会には労働市場の流動性をもたらす。本稿では、国際的にマイクロクレデンシャルがどのように活用・推進されているかを整理したうえで、日本における方向性と課題を考察する。
2.マイクロクレデンシャルとは
クレデンシャル(credential)とは「資格証明・能力の裏付け」を意味し、教育・雇用の文脈では、一定の学習と評価を経て第三者が公式に認証した学位・資格・修了証等の総称である。マイクロクレデンシャルは、そのうち短期の学習成果を対象とする小規模単位の資格証明であり、修士号や学士号等、長期・体系的な学びを示す「マクロクレデンシャル」と対比されて使われている(資料3)。
学習量に関する国際的定義は完全には統一されていないが、井上(2024a)は「概ね10時間以上または1単位以上で学位課程の1年分以下」と整理する。取得時には、従来型のPDF修了証に加え、デジタル証明が付与されることが一般的である。
近年はとりわけ「デジタルバッジ」が主流で、取得者はこれをオンライン履歴書やSNS等で共有できる。なかでも、発行者・発行日・学習成果・スキル内容といったメタデータを埋め込み、オンラインで真正性を検証可能とする仕様が「オープンバッジ(Open Badges)」である。オープンバッジは、教育技術の国際標準化を推進する非営利団体1EdTechが策定した国際標準仕様に基づいている。

マイクロクレデンシャルに関する国際的な議論は、2000年代後半から2010年代初頭にかけて本格化した。UNESCO(国際連合教育科学文化機関)が2012年に「非正規・インフォーマル学習の認証枠組み」(注4)を提唱し、各国に制度整備を促したことが大きな転機となった。さらに米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)は2015年以降、オンライン学習プラットフォーム上で「MicroMastersプログラム」(注5)を開始し、短期の学習成果が大学院課程につながるモデルを実装した。これは先駆的な事例として注目を浴び、マイクロクレデンシャルの知名度と信頼性が一気に高まった。
1EdTech(2022)によれば、オープンバッジの累計発行数は2022年時点で約7,480万枚に達し、2018年比でおおよそ3倍に増加した(資料4)。

他方で、筆者の試算(注6)では、世界の成人学習者層に対する普及率は約2%にとどまる。しかし、絶対数としては急速に拡大しているため、今後主要国の教育・雇用システムに組み込まれていく可能性は高いと考えられる。
3.世界におけるマイクロクレデンシャルの活用・推進
本章では、マイクロクレデンシャルが世界でどのように活用・推進されているかを概観する。なかでも先進的な取組みを進める EU、ニュージーランド、米国、シンガポール、タイの事例を比較分析し、その推進アプローチを3つのモデルに整理した。すなわち、(1)制度と標準化を先行させた「制度先行型」(EU・ニュージーランド)、(2)市場ニーズを起点とした「市場主導型」(米国)、そして(3)政府主導で制度整備と社会実装を同時並行で進める「ハイブリッド型」(シンガポール・タイ)である。
資料5は、これら3つのモデルに加えて日本の現状を整理したものである。こうした国際比較を通じて、各国の制度設計と社会実装の特徴を明らかにし、日本が今後マイクロクレデンシャルをどのように活用・推進していくべきかを考察する。

(1) 制度と標準化を先行させた「制度先行型」(EU・ニュージーランド)
(1)-①EU
EUは、域内の労働移動促進やデジタル化、グリーントランジション対応等の社会課題を背景に、マイクロクレデンシャルの制度整備を優先的に進めてきた。転機となったのは、2022年の欧州理事会勧告「生涯学習と雇用可能性に向けた欧州的アプローチ」である。これにより、マイクロクレデンシャルの学習量・成果評価・質保証の共通基準が制度化され、国や分野を超えた資格の相互参照が可能になった。
技術的基盤を支えるのが、欧州委員会が構築した「European Digital Credentials for Learning(EDC)」である。EDCは、学習成果を改ざん防止機能付きで電子発行・共有する「欧州版学習履歴ウォレット」として機能し、資格データの信頼性と相互運用性を担保する中核インフラである。
さらに、このEDCを支える制度的な柱が国家資格枠組み「National Qualifications Framework(NQF)」である。NQFは教育・資格水準をレベル(例:レベル4=高校卒業相当、レベル8=博士号相当)として体系化する仕組みであり、現在150か国以上が導入または導入を検討している。各国のNQFは欧州資格枠組み「European Qualifications Framework(EQF)」を参照して設計されており、EQFが各国資格を共通レベルで照合する「翻訳装置」として機能することで、EU域内および周辺諸国において資格の相互参照や国際比較を可能としている(資料6)。

アイルランドでは自国のNFQへのマイクロクレデンシャルの組み込みが検討されている。国家資格認定と高等教育の質保証を担う公的機関「Quality and Qualifications Ireland」は、教育機関・産業界・政府との協議を通じて、既存の資格体系にマイクロクレデンシャルをどう位置づけるかを議論している。
このように、EUは制度と枠組みを先行させるトップダウン型アプローチにより、マイクロクレデンシャルの普及を推進している。一方で、加盟国間で普及や実装にはばらつきがみられる点が指摘されている(注7)。
(1)-②ニュージーランド
ニュージーランドは、マイクロクレデンシャルを国家資格枠組みに正式に組み込み、産業界との連携も制度化した「制度先行型の成功例」といえる。急速に変化する労働市場への対応と、移民・先住民を含む多様な人材の包摂を背景に、教育制度を通じて「誰もが労働市場にアクセスできる仕組み」の構築を国家戦略としている。
制度整備を主導したのは、教育機関の質保証と資格認定を担う政府機関「New Zealand Qualifications Authority(NZQA)」である。NZQAは2018年にマイクロクレデンシャルの品質保証枠組みを創設し、ニュージーランドの国家資格枠組み(New Zealand Qualifications Framework)の中に位置づけた。これにより、マイクロクレデンシャルは学位や職業資格と並ぶ国家承認資格として扱われている。
承認されたマイクロクレデンシャルは、公式リスト「Register of micro-credentials」(資料7)に登録され、全国の教育機関・企業・個人が検索・参照できる。内容は約3年ごとに見直され、妥当性と最新性が検証されるとともに、国家資格枠組みにおけるレベルや学習時間の目安等が明示されている。

もう一つの特徴は、産業界・地域社会との協働設計を制度に組み込んでいる点である。新規マイクロクレデンシャル申請時には、人材ニーズ等について助言・審査を行う公的な協議機関である「Workforce Development Councils」が内容を審査・助言し、そのプロセスを通じて最新の業界動向や人材需要が教育設計に反映される。これにより、教育と労働市場の需給ギャップを制度的に補正する仕組みが機能している。また多様性と包摂の観点から、先住民コミュニティに根ざした知識やスキルをマイクロクレデンシャルとして認定し、可視化・承認していく動きもある。
このようにニュージーランドは、国家による制度的承認を起点に、産業界・地域社会の知見を取り込むことで、マイクロクレデンシャルの信頼性と実効性を両立している。制度先行型でありながら社会実装を伴うモデルとして、高く評価されている。
(2) 市場ニーズを起点とした「市場主導型」(米国)
米国のマイクロクレデンシャルは、政府主導ではなく市場ニーズを起点としたボトムアップ型の発展が特徴である。その端緒は2010年代前半のMOOC(大規模公開オンライン講座)ブームにある。MOOC提供企業が短期オンライン講座を開講し、修了証をデジタル形式で発行したことが、非学位型資格の普及を後押しした。特に大手テック企業は、自社認定資格(Professional Certificate)を導入し、一部の職種では学位に代わるスキル証明として広く受け入れられている。その後、新型コロナウイルス感染症の拡大を契機に、オンライン学習とリスキリング需要が急速に拡大した。
2016年にはこうした民間主導の動きを支える制度的インフラとして「Credential Engine」が登場した。同団体は米国教育省等の支援を受けて設立された非営利組織で、教育・資格データの透明性と相互運用性の向上を目的としている。運営する「Credential Registry」には、全米の学位・職業資格・マイクロクレデンシャル等に関する情報が共通フォーマットで登録されており、公開情報ベースでは世界有数の資格データベースとなっている。
米国では大学・業界団体・地域社会が連携する多様な実装モデルも進展している。たとえば、クリーンエネルギー業界団体「American Clean Power」は、風力・太陽光分野の技術者に求められるスキルを整理し、マイクロクレデンシャルとして認定することで、能力証明やキャリアパス設計に活用している。業界全体で共通指標を整備することで、スキル標準化と人材育成の効率化を図っている。
ペンシルベニアでは、ペンシルベニア州立大学工学部を中心に産官学連携で製造業向けの短期リスキリング講座(4週間のオンライン講座)が開講され、修了者にマイクロクレデンシャルが授与されている。学士号を持たない層も対象とし、キャリア支援と地域製造業の人材不足解消に貢献している。
このように、米国では企業の人材ニーズが教育制度を動かす市場のダイナミズムが機能している。全米統一の制度枠組みを欠くという課題はあるものの、民間が先導して労働市場との接続を強化し、それを非営利組織・大学・地域・業界団体が支えるボトムアップ型のエコシステムが形成されつつある。制度主導で枠組みを整備してきたEUとは対照的な発展モデルといえる。
(3) 政府主導で制度整備と社会実装を同時並行で進める「ハイブリッド型」(シンガポール・タイ)
シンガポールとタイのマイクロクレデンシャル政策は、EU型の「制度先行」や米国型の「市場主導」とは異なり、政府主導の強い政策ドライブのもとで、多様な主体を巻き込み、制度整備と社会実装を同時に進めている点に特徴がある。
シンガポールでは、国家主導のリスキリング政策「SkillsFuture」がマイクロクレデンシャル導入の基盤となっている。同制度は、成人一人ひとりに学習クレジットを付与し、リスキリングの機会を提供するとともに、学習者・企業・教育機関を結ぶ国家プラットフォームである。同制度を所管する政府機関(SkillsFuture Singapore)と全国的な労働組合である「National Trades Union Congress (NTUC)」、企業の三者協働により、約7,500人規模の物流・サプライチェーン人材のスキル向上をめざした継続訓練プログラムが構築されている。
タイでは、成人学習やスキル開発を促進するため、政府主導で教育機関・産業界・地域が連携する枠組みづくりが進められている。2020年には、生涯を通じて学習成果を蓄積・活用できる国家プラットフォーム「National Credit Bank System」(資料8)が立ち上げられた。教育や職務経験等、多様な成果を単位として登録・蓄積し、一定水準に達した場合には学位や職業資格に接続できる仕組みが整備されつつある。

また、King Mongkut’s University of Technology Thonburi(KMUTT)等の大学は、産業界と連携し働きながらスキルを更新できる教育プログラムを共同開発している。
このように、シンガポールとタイでは、政策主導の制度設計と社会実装が連動して進む「ハイブリッド型」が展開されている。今後は、ASEAN が策定した「ASEAN Qualifications Reference Framework(AQRF)」(注8)や EU のEQF等との連携により資格・学習成果の国際的な相互参照を高めていくことが課題となるだろう。
(4) 日本の現状
日本では、人口減少による労働力不足や AI・デジタル化の進展を背景に、マイクロクレデンシャルの制度化と普及に向けた動きがようやく本格的に立ち上がりつつある。制度基盤の整備を牽引しているのが、文部科学省の補助事業 Japan Virtual Campus(JV-Campus)と日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)である。両者は2023年8月に「マイクロクレデンシャル共同ワーキンググループ」を設置し、2024年4月に国内共通のフレームワークとデジタル発行ガイドラインを公表した。
これを受け大学等での発行が立ち上がるなか、2025年11月17日に、同ワーキンググループが組織移行する形で「日本マイクロクレデンシャル機構」が設立された。同機構は、①仕様・標準の策定と普及、②第三者外部認証制度の構築、運営、③可視化・流通の促進、④政策提言および国際連携の推進、を今後展開していく予定である。
大学では、2024年4月から、サイバー大学が従来の学士課程を維持しつつ科目を分野・レベル別にグループ化し、学習成果をマイクロクレデンシャルとして認定する制度を導入した。質保証プロセスに基づくオープンバッジが発行され、学習者は目的に応じて複数のクレデンシャルを組み合わせ、スキルを証明することができる。
一部の企業でも、社内研修やリスキリングプログラムへのマイクロクレデンシャル導入が始まっている。ある大手製造業では社内研修の修了証としてオープンバッジを用い、従業員のスキル取得をデジタルで可視化し、社内システム上で一覧化して人事評価や配置検討の参考情報として活用している。
ここまで見てきたように、各国の政策アプローチは、EU・ニュージーランドの「制度先行型」、米国の「市場主導型」、シンガポール・タイの「ハイブリッド型」の3モデルに整理できる。制度化の初期段階にある日本は、これらの知見を踏まえつつ、自国の社会構造や雇用慣行に適合した制度設計が求められる。
4. 日本への示唆― 国際比較から学ぶマイクロクレデンシャル推進の方向性 ―
日本がこれからマイクロクレデンシャルを推進していくにあたり、少なくとも3つの課題がある。第一に、制度基盤の未整備である。欧州の国家資格枠組みに相当する日本の教育資格枠組み(注9)は2025年4月に導入されたばかりで、法的根拠に基づく教育資格の位置づけは明確になったが、民間資格や企業内研修等、非公式学習の制度上での位置づけは定まっていない。今後は政府主導の制度設計のもと、産学官が連携し、質保証と相互参照を支えるエコシステムを構築することが不可欠である。
第二に、雇用制度との接続の弱さである。雇用慣行は変化しつつあるものの、「メンバーシップ型雇用」が依然主流であり、スキル証明が採用・評価・処遇に十分反映されていない。必要なのは欧米型「ジョブ型雇用」の単純な模倣ではなく、スキルを基盤とする人材マネジメントの再設計である。たとえば、企業が職務内容や必要スキルを明示するジョブディスクリプションを整備し、マイクロクレデンシャルを採用・配置・評価に組み込む仕組みを整える必要があるだろう。
第三に、国際標準との相互参照の確立である。日本の教育資格枠組みにマイクロクレデンシャルを位置づけていく際には、EUやASEANの枠組みとの整合を進め、国際的な相互参照を高めていく必要がある。
こうした課題を踏まえ、本章では日本への示唆として、(1)政府主導による「制度基盤の整備」、(2)企業等と連携した「労働市場との接続」強化、(3)制度整備と社会実装を同時に進める「スキル・エコシステムの構築」の3点から考察を進める。
(1) 政府主導による「制度基盤の整備」
日本がまず着手すべきは、学習成果を可視化・共有するデジタル基盤の整備である。EUやニュージーランドの事例が示すように、スキル情報を統合管理する国家プラットフォームの有無が、マイクロクレデンシャルの信頼性を左右する。
日本では文部科学省の「マナパス」と経済産業省の「マナビDX」(注10)が学びの入口として機能しているが、受講履歴や修了証を横断的に蓄積・比較する設計にはなっていない。両サイトを連携させ共通フォーマットで学習履歴とスキルを管理する「日本版マイクロクレデンシャル・レジストリ」の整備が現実的な第一歩となる。
このレジストリを2025年導入の日本の教育資格枠組みと接続し、学習量やレベルを明示できるようにすれば、大学や企業を横断した「スキルの共通物差し」が形成される。あわせてEUやASEANの枠組みとの連携を設計段階から意識することで、国際的な人材流動性の基盤整備にもつながるだろう。
(2) 企業等と連携した「労働市場との接続」強化
マイクロクレデンシャルの価値は、労働市場の実需と結びついたときに最大化される。デジタル、グリーン、経済安全保障等の重点分野では、企業・業界団体・大学が連携し、職務直結型マイクロクレデンシャルを共同開発する枠組みが必要である。
蓄電池関連では既に産学官連携の人材育成ネットワークが動き始めており(注11)、必要スキルを定義し、それに対応するマイクロクレデンシャルを提供することで、「どの学びがどの職務につながるか」を可視化できる。
企業は採用・配置・評価・昇進にマイクロクレデンシャルを組み込み、「学びが報われる仕組み」の構築を検討すべき時期にきている。政府は、こうした取組みを後押しするため、マイクロクレデンシャルを活用したリスキリング投資への税制優遇や補助金等で支援することが現実的な政策オプションとなる。
(3) 制度整備と社会実装を同時に進める「スキル・エコシステムの構築」
マイクロクレデンシャルを、雇用・教育・地域社会を結ぶエコシステムとして機能させる視点も欠かせない。シンガポールやタイのように、政策主導で制度整備と実装を多主体で同時に進めるアプローチが参考になる。
日本では、経済産業省と民間企業が連携する「日本リスキリングコンソーシアム」(注12)がキャリア再構築や人材転換を支援しているが、現状は学習機会や求人情報の紹介にとどまる。今後は、ここにマイクロクレデンシャルを組み込み、学習からスキル証明、求人マッチングを一体で循環させる仕組みへ発展させることが望ましい。
5. マイクロクレデンシャルが拓く労働市場の未来―「学びが働く力に変わる社会」へ
本稿では、国際的なマイクロクレデンシャルの潮流を概観し、日本における社会実装の方向性を検討してきた。第4章で示した(1)政府主導による制度基盤の整備、(2)企業等との連携による労働市場との接続、(3)制度整備と社会実装を同時に進めるスキル・エコシステムの構築という3つの示唆を連動させ、段階的かつ統合的に推進していくことが今後の要諦となる。
人口減少が進む日本にとって、マイクロクレデンシャルの普及は、労働力の「量」と「質」を同時に高める潜在力を持つ。スキルを基軸とした採用・評価が広がれば、年齢・学歴・雇用形態といった従来の属性に左右されず、多様な人材が労働市場に参入しやすくなり、結果として労働参加率の向上という「量的拡大」が期待できる。
同時に、働きながら学ぶ人や、育児・介護・治療等の制約を抱える人々が、自分のペースでリスキリングを進め、その成果をマイクロクレデンシャルとして対外的・客観的に示せるようになれば、労働力の「質的向上」にもつながる。育児や介護と両立しつつ隙間時間でクレデンシャルを積み重ね、最終的に専門職としてキャリアを切り拓くといった道筋も可能になる。
また、マイクロクレデンシャルは社会的格差の是正にも資する可能性がある。就職氷河期世代や非正規雇用層が、後年に取得したマイクロクレデンシャルを通じてスキルを客観的に提示できれば、これまで評価されにくかった能力に光が当たり、正規雇用やより高度な職務へのアクセス拡大が期待される。
さらに、外国人労働者の受け入れが進むなかで、マイクロクレデンシャルでスキルを持ち運び、国境を越えて証明できる環境を整えることは、国際的な人材流動性の向上につながる。スキルを「通貨」として流通させる仕組みに基づき、国内外の多様な人材が適材適所で活躍できる基盤を整えることは、日本経済の競争力維持・強化にとっても重要である。
このように、マイクロクレデンシャルは、スキルを「通貨」として流通させる仕組みを促すことで、柔軟で多様性に富み、量・質の両面で強い労働市場を構築する鍵となる。同時に、人々が人生のあらゆる段階で自分らしく学び、働き続けることを支える社会変革の基盤ともなりうる。学びを通じて誰もが再出発できる仕組みを整え、「教育」と「雇用」を循環的に結びつけることができれば、日本は人口減少という制約を超え、持続可能で包摂的な労働市場を実現できるだろう。
小さな学びの積み重ねが社会を動かす。マイクロクレデンシャルが拓くのは、「学びが『働く力』に変わる社会」という新たな労働市場の未来である。
【注釈】
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National Conference of State Legislaturesによると、米国大手企業は、採用プロセスから学位要件を撤廃。さらに少なくとも18の州が、法律や行政措置を通じて、大半の公共部門の職種における学位要件を廃止している。
(https://www.ncsl.org/state-legislatures-news/details/in-hunt-for-workers-some-states-value-skills-over-degrees)。 -
SHRM Businessの記事“Designing a No-Fuss Skills-Based Hiring Process”では、スキルベース採用の手法について言及している。
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OECD (2018)は「スキルは新しい『通貨』である。スキルは、ますます相互に結びつき、急速に変化する世界の中で、国や人々が持続的に発展するための中心的な力となっている。」と記載。
(https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/events/2018/06/Skills-Summit-2018-Agenda.pdf)
The World Economic Forum (2025)は、「『スキルは新しい通貨である』この言葉を、取締役会や会議、政策討議等で最近耳にしたことがあるかもしれない。それは、今日の急速に変化する世界において、能力やスキルがいかに重要な価値を持つようになったかを簡潔に表す言葉である」と記載。
(https://www.weforum.org/stories/2025/06/skills-intelligence-economic-resilience/) -
UNESCO(2012)の“Recommendation on the Recognition, Validation and Accreditation (RVA) of the Outcomes of Non-formal and Informal Learning”は、各国に学校外で得られた学習成果を公式資格として認証する枠組みの整備を促し、生涯学習社会の実現に向けた国際的な指針となっている。
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修士課程の一部をマイクロクレデンシャル化することでオンラインにて履修・認定でき、修了者は入学後に修士号取得の必要単位として認定が可能なコース。
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労働力人口と高等教育在学者を合わせた「成人学習者層」を母集団とした際、世界の労働力人口は約37億人、大学等の高等教育機関在学者は約2.2億人となり(世界銀行、2024)、合計で約39億人。オープンバッジ累計発行数である7,478万枚を「成人学習者層」で割ると、普及率は約1.9%(≒2%)と試算できる。
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Enhance Alliance(2023)は「ポーランドをはじめとする一部の加盟国は、マイクロクレデンシャルの標準化・推進・導入を国家目標として掲げている。一方、スペインのような国々は、枠組みづくりの初期段階にあり、これに対してノルウェーは、主に職業訓練の分野でマイクロクレデンシャルを活用」と指摘。
(https://enhanceuniversity.eu/wp-content/uploads/2023/07/Final_Policy-Paper_EEA-Implementation_ENHANCE-Alliance.pdf) -
ASEAN各国の資格枠組みと同枠組みとを相互参照することで、資格の比較・透明性・人の移動を促進することを目的に構築された共通枠組み。
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学校教育で得られる資格の公式なガイドとして大学改革支援・学位授与機構が開発し、文部科学省が2025年に承認。国内外での日本の教育資格の透明性や社会的理解を高め、進学・就職等を希望する資格保有者の不利益を回避することを目的。
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文部科学省の「マナパス」は、大学・専門学校等による社会人向け講座や支援制度を横断的に検索できる生涯学習ポータルサイト。経済産業省の「マナビDX」は、社会人を対象にデジタル分野のリスキリング講座を紹介するポータルサイト。
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経済産業省主導による「バッテリー先進人材普及ネットワーク(BATON)」は、蓄電池産業の製造能力強化に向けた人材育成を目的とし、2025年10月に設立された。
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2022年6月、経済産業省等の後援のもと設立されたリスキリング支援プラットフォーム。国・自治体・企業・大学等、多様な主体が参加し、AI・デジタル分野を中心とした多数の研修プログラムと求人情報を一体的に提供。
【参考文献】
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OECD (2025)“Empowering the Workforce in the Context of a Skills-First Approach”
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OECD(2025)“Skills Strategy Thailand- Assessment and Recommendations”
-
National Conference of State Legislatures(2024)“In Hunt for Workers, Some States Value Skills Over Degrees”
-
SHRM Business(2025)“Designing a No-Fuss Skills-Based Hiring Process”
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Bone, Ehlinger, Stephany (2023) “Skills or degree? The Rise of Skill-Based Hiring for AI and Green Jobs”
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OECD (2018) “SKILLS SUMMIT 2018 ‘SKILLS FOR A DIGITAL WORLD’”
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The World Economic Forum (2025)“What is 'skills intelligence' and how will it lead to economic resilience?”
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UNESCO (2012)“Recommendation on the Recognition, Validation and Accreditation of the Outcomes of Non-formal and Informal Learning“
-
1EdTech(2022)“Badge Count 2022”
-
World Bank (2024) “Labor Force, Total”, “Tertiary Education Overview”
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Enhance Alliance(2023)“Mind the Implementation Gap”
-
Quality and Qualifications Ireland(2025)“QQI Green Paper- Micro-credentials and the short programmes that lead to them”
-
New Zealand Qualification Authority(2025)“Register of micro-credential equivalency”
-
Muka Tangata(2025)“Iwitanga micro-credential”
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Penn State (2024)“College of Engineering to offer micro-credentials for manufacturing job seekers”
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Thai Post News(2022)“MHESI to launch ‘National Credit Bank System’”
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井上雅裕(2024a)「『マイクロクレデンシャル』がもたらす第三段階教育の革新」
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井上雅裕(2024b)「高等教育の在り方とデジタル変革学習者本位の教育の在り方」
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大学改革支援・学位授与機構(2024)「日本でマイクロクレデンシャルを実装するには」
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JMOOC(2023)「2023年度第3回JMOOCワークショップ資料『国内外のマイクロクレデンシャルの最新動向、 そしてどのように推進するか』」
-
野田文香(2024)「米国高等教育におけるマイクロクレデンシャルの展開 ―リスキリング・アップスキリング機能としての新たな役割と課題―」
-
JILPT(2012)「諸外国における能力評価制度―英・仏・独・米・中・韓・EUに関する調査」
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児玉靖司(2024)「JMOOCのマイクロクレデンシャルに関する活動経緯」
白石 香織
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