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2025.12.12
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教育訓練休暇給付金は「時間と費用の壁」を乗り越えられるか
~企業に求められる「リスキリング支援」とは~
西野 偉彦
1.新設の「教育訓練休暇給付金」制度のねらい
2025年10月、厚生労働省は「教育訓練休暇給付金」を創設した。これは、雇用保険の枠組みのもとで、労働者が離職せずに一定期間、職業能力の向上につながる教育訓練に専念できるよう支援する制度である(注1)。従来の「教育訓練給付金」が、主として就業しながら受講する個人向けに受講費用の一部を補助する仕組みであるのに対し、教育訓練休暇給付金は、労働者が就業規則などに基づき事業主の承認を得て、30日以上の無給休暇を取得する場合に、雇用保険から給付金を支給することで、休暇期間中の生活費を保障することを目的とするという違いがある(注2)。
教育訓練休暇給付金の目的は、社内での研修だけでは身につけにくい新たなスキルや知識について、外部の教育機関や講座などを活用して計画的に修得する機会を保障し、中長期的な就業の安定とキャリア形成の円滑化を促す点にある。また、対象となる教育訓練は、現在の職務に直結する技能にとどまらず、将来の転職を見据えたスキルの形成にも及ぶことが想定されている。給付については、離職した場合の基本手当(いわゆる失業手当)と同じ日額が支給されるが、賃金や年齢に応じて決定され、上限・下限があると規定される。この制度の活用を通じて、労働者の主体的な能力開発を促すと同時に、企業内の人材確保および産業全体の生産性向上に資することが目指されている。
教育訓練休暇給付金が導入された背景には、リスキリング(学び直し)の拡充がある。リスキリングは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」と定義されている(注3)。2022年10月、政府がリスキリング支援として5年で1兆円の予算を投じることが公表され、国内での注目度がにわかに高まった(注4)。わが国でリスキリングが重要なテーマとなった理由は、産業構造の転換と人口動態の変化である。少子高齢化が進む中で、労働力人口の縮小は避けがたい。一方で、生成AIなどデジタル技術の普及により、職場における定型的な作業の比重は下がり、データの扱い方や問題発見・解決力などが重視されるようになった。新しい仕事の生まれ方は速く、職場で求められる能力も変わる。これからの日本では、こうした変化の速さに合わせて、在職者が働きながら能力を更新し続けるリスキリングが不可欠になっている。
2.社会人のリスキリングを阻む「時間と費用の壁」
リスキリング(学び直し)の状況について、第一生命経済研究所が2025年3月に全国の1万人を対象に実施した調査によると、「学び直しは必要だ」とする割合は、「あてはまる」と「どちらかといえばあてはまる」を合わせて80.6%に上った。その一方で、実際に「学び直しをしたことがある」は、「あてはまる」と「どちらかといえばあてはまる」を合わせて33.6%にとどまっている。リスキリングの必要性は感じているものの、実施できていない人が多い実態が浮き彫りとなった(図表1)。

なぜ、社会人のリスキリングは進まないのか。その大きな理由として、働く人がリスキリングを行う際に直面する「時間」と「費用」という制約が挙げられる。労働者が日々の業務と家事育児のなかでまとまった学習時間を確保したり、受講費用を捻出することは容易ではないだろう。
実際、厚生労働省の調査によると、労働者が自己啓発を行ううえでの問題点として、「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」が上位3つとなっている(図表2)。

リスキリングにおける「時間と費用の壁」については、文部科学省が2016年に公表した社会人の学び直しに関する実態調査でも指摘されていたことを考えると、それから約10年が経った今日でも十分に改善されていないことが示唆される(注5)。
すなわち、リスキリングを拡充するためには、労働者や企業の努力だけではなく、制度的に「時間と費用の壁」を取り除く支援が必要である。その意味で、今回の教育訓練休暇給付金の新設によって、「時間と費用の壁」を乗り越え、リスキリングを社会全体に広げることが期待されている。
3.リスキリングの成果を評価する仕組みづくり
こうした状況をふまえると、教育訓練休暇給付金はリスキリングの推進に資する可能性があるものの、実際の運用においてはいくつかの課題がある。
第一に、リスキリングにつながる情報の判断である。労働者にとって、どの教育機関や講座が自分の仕事や希望するキャリアの方向性と合致するのか、どの資格や修了証が職場で評価されるのかなどの判断は容易ではない。企業にとっても、外部講座の内容を評価し、社内の職務と結びつける仕組みが十分に整備されていないケースもある。結果として、労働者も企業もリスキリングの情報に関する取捨選択に迷い、学習開始が遅れる恐れがあるということだ。つまり、企業が労働者に求めるリスキリングの情報提供の充実と、職務と学習成果を連動させる社内の仕組みが必要である。
第二に、リスキリングを行ったことに対するメリット不足である。第一生命経済研究所による前述の調査によると、社会人になってから学び直しをした人のうち、「給料が上がった」「昇進・昇格した」「希望する部署や職種に異動したり、転職して希望する仕事につけた」について、「あてはまる」と「どちらかといえばあてはまる」と回答した合計割合は、いずれも35%程度に過ぎなかった(図表3)。

もちろん、リスキリングのメリットは目に見えるものだけではないが(注6)、学習成果が人事評価や昇進・昇格、賃金などにどのように反映されるかが曖昧であれば、従業員は学習に踏み切りにくくなる。企業が学習成果を仕事に関連づけて、実務での活用を評価する仕組みを整えなければ、仮に従業員がリスキリングに取り組んだとしても「やっただけ」に終わり、組織全体の生産性向上には結びつかない可能性がある。
第三に、制度そのものの認知度向上である。教育訓練休暇給付金は、創設されて時間が経っておらず、かつ従来からの教育訓練給付金と名称が似ていることもあって、まだ社会全体に浸透していないとみられる。厚生労働省はリーフレットや動画などを公開し、事業主と労働者への周知を進めているが、自治体や業界団体などが窓口となって相談や手続きの支援を展開することで、制度利用を後押しすることが期待される。
4.「人材を育て直し続ける」リスキリング支援を
リスキリングを名実ともに拡充させるためには、自社の人材戦略や福利厚生の一環として位置づける発想が重要だ。企業が積極的に教育訓練休暇給付金を活用し、従業員のリスキリングを支援することは、中長期的なキャリア形成を促進し、組織の競争力を高めるうえで不可欠である。
まず、企業は教育訓練休暇を制度化し、就業規則に取得要件や期間、申請方法、復帰後の業務支援を明記する必要がある。また、社内の職務要件と外部講座を連動させる枠組みを整えることも求められる。それぞれの職務に必要な能力やスキルを可視化し、教育訓練休暇給付金の対象講座や大学院・専門学校などを「推奨科目」として紐づけることで、従業員は学ぶべき内容を明確に把握できるようになる。
加えて、前述のように、リスキリングの成果を職場での処遇に明確に結びつける仕組みを構築することが重要である。修了した学習の内容を人事評価に反映し、職務変更や昇格の際に実績として扱うことで、リスキリングが目に見えるメリットとなり、従業員の学習と労働の意欲をともに高めることが期待できる。
さらに、費用負担の工夫も欠かせない。特に中小企業に対しては、従来の教育訓練給付金による受講費の補助と、新設の教育訓練休暇給付金による生活費補填の併用を促したり、自治体や業界団体などで共同講座を整備することで、リスキリングを推進しやすい環境を整えることが望ましい。
このように、教育訓練休暇給付金は、働く人が学び直しを仕事のなかに位置づけるための後押しになる可能性が十分にある。制度の浸透は、企業の理解と運用、自治体や各企業に関連する団体などの支援、国の情報提供と財政支援の組み合わせにかかっている。人口減少時代において、リスキリングを通じて人材を育て直し続ける仕組みを整えることは、持続可能な社会に不可欠ではないだろうか。教育訓練休暇給付金は、その条件を整えるうえで重要な施策であり、積極的な導入と運用の工夫が求められる。
【注釈】
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教育訓練休暇給付金の詳細については厚生労働省「教育訓練休暇給付金」 参照。
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教育訓練給付金の詳細については厚生労働省「教育訓練給付金」 参照。
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文部科学省「社会人の大学等における学び直しの実態把握に関する調査研究」(2016年3月) より、報告書1の「4『社会人教育未経験者』対象調査結果」のうち「学び直す際の障害要因について」参照。
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第一生命経済研究所「第13回ライフデザインに関する調査」(2025年3月)によると、「社会人になってからの学び直しをしたことで、新たなつながりができた」は、「あてはまる」と「どちらかといえばあてはまる」を合わせると51.7%に上った。こうした学び直しの「目に見えないメリット」については、日本経済新聞朝刊・電子版「私見卓見・リスキリング『つながる』利点も(西野偉彦)」(2025年11月21日付)も参照。
【関連レポート】
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西野偉彦「ワーク・ライフ・ラーニング・バランスの時代へ~『誰もが学び直しできる社会』の実現に向けて~」 第一生命経済研究所2024年
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西野偉彦「Well-being LDの視点『なぜ、社会人の学び直しは進まないのか』」 第一生命経済研究所2025年
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第一生命経済研究所ライフデザイン研究部「第13回ライフデザインに関する調査~前編(世代別にみた幸福度、ライフデザイン教育機会ほか)~」 第一生命経済研究所2025年
西野 偉彦
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。
- 西野 偉彦
にしの たけひこ
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ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 教育(子ども・若者の学校教育から社会人の学び直しまで)、Z世代やα世代の生活行動・価値観・社会参画
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