- HOME
- レポート一覧
- 第一生命経済研レポート
- トランプ新政権を読む『2030年代に期待される米国貿易政策の再転換』(2025年7月号)
- 第一生命経済研レポート
-
2025.06.19
米国経済
トランプ政権
トランプ関税
トランプ新政権を読む『2030年代に期待される米国貿易政策の再転換』(2025年7月号)
前田 和馬
司法はトランプ関税を止められるか?
5月28日、米国際貿易裁判所(一審)は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく一連の関税措置(全世界への相互関税や対中国・メキシコ・カナダ関税)を停止するようトランプ政権へ命じた。IEEPAは「異常かつ特別な脅威」に対処する権限を大統領に付与するものの、裁判所はトランプ大統領が無制限に関税を掛けることを違憲と判断した。同判決を受けトランプ政権は即時に控訴し、翌29日に連邦巡回区控訴裁判所(二審)は一審判決の一時停止を認めた。このため、結果的に現行の関税策に変化は生じていない。
同裁判の原告には民主党系の州が含まれ、和解などが考えにくいことを踏まえると、決着は最高裁まで持ち越される可能性が高い。なお、仮にトランプ政権が最終的に敗訴しようとも、それがどれだけの抑止力になるかは疑問が残る。なぜなら、トランプ政権にはまだ活用できるツールがあるからだ。例えば、通商法122条は経常赤字に対処するために最大15%の関税を150日間課せる権限を大統領に付与している。加えて、安全保障上の懸念に対処する通商法232条は鉄鋼・アルミや自動車に対する関税の根拠となっており、今回の裁判でこれらの品目別関税の妥当性は問われていない。総じて、司法によるトランプ関税への歯止めは限定的なものでしかない。
関税を立法化する動きはない
結局、当面の関税政策の行方を決めるのはトランプ大統領自身だ。その判断を占ううえで2026年11月の中間選挙は重要な政治イベントとなる。共和党が上下院の過半数を失えば、議会との対立が先鋭化し、トランプ大統領は自身の政策をほとんど推進できなくなる。関税策を背景に米国経済の減速や消費者の強い不満が鮮明となる場合、トランプ大統領は政策修正に踏み切り、選挙前までに景気浮揚を図る可能性が高い。現状で譲る気配のない一律関税10%や自動車関税25%を巡っても、選挙に勝つために税率を引き下げるかもしれない。
2029年以降のポスト・トランプの関税策を巡っては、当然次期大統領のスタンスに大きく依存する。既存の関税策は大統領権限のみで実行されているに過ぎないからだ。5月22日、下院は個人所得減税の延長やチップ収入に対する一部免税を盛り込んだ税制法案を可決した(執筆時点では上院が同案を審議中)。同法案には関税収入に関連する内容はほぼ含まれず、大統領が「関税を自由に操れる権限」は維持されている。仮に関税措置が減税財源として明文化されていた場合、この撤回には議会の承認が必要となり、トランプ関税の一部は固定化する可能性があった。
ただ、2028年大統領選において民主党候補が勝利するとしても、その段階で米国がかつてのような自由貿易を志向するかは不透明だ。バイデン前政権はトランプ一次政権が離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)に復帰せず、対中関税措置も大幅に見直すことはなかった。
経済非効率な関税策が支持される背景
そもそも、経済学は「自由貿易には経済的メリットがあり、関税は非効率」と主張する。しかし、これは「一国全体への総合的な影響」を指摘しているだけであり、自由貿易は勝者と敗者を生む。大多数の消費者が安い輸入品の恩恵を受ける一方、輸入品との競争に敗れて閉鎖を強いられる工場や職を失う人々がいる。
米国の就業者に占める製造業の割合は8%に留まる(2024年)。経済的に「8%が得をし、残りの92%が損をする」関税策が実行される現状は、多数決という民主主義の原則を考えるとしっくりこない。
そのからくりは米国の選挙制度にある。米国大統領選は各州に割り当てられた選挙人を勝者が総取りし、全米で過半数の選挙人を獲得した候補が当選する。これに勝つためには共和党と民主党の支持が拮抗する「激戦州」を制することが重要だ。2024年選挙であれば、勝敗を左右するとみられた激戦州は7つ、このうち3つは製造業が衰退している中西部(所謂「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」)に位置していた。すなわち、米国内の製造業を軽視しては大統領選に勝つことはできなかった。
ラストベルトの政治的重要性は続くのか?
ただし、こうした一部製造業の強い政治力は2030年代に転換する可能性がある。米国は10年ごとに国勢調査を実施しており、同調査の人口に基づき大統領選における各州の選挙人が再配分される。次回2030年国勢調査の結果、32年大統領選では人口の流出するラストベルトの選挙人が減少すると見込まれる。リベラル系シンクタンクのBrennan Center for Justiceは2024年7月までの人口動態に基づき、現在の激戦州であるペンシルベニアとウィスコンシンの選挙人が1人ずつ減少すると予測する。
大統領選の選挙人538人のうち僅か2人と読者は思うかもしれないが、その影響力は無視できない。24年選挙では民主党のハリス候補がラストベルト3州全てで勝利すれば当選確実であり、共和党のトランプ候補はこれを絶対的に阻止しないといけなかった。一方、32年選挙の民主党候補はラストベルトの激戦州を制するだけでは当選できない。また、共和党候補は人口が増える南部の激戦州を制して勝利できるパターンが生まれる。特に南部のアリゾナ州などでは連邦政府の補助金を追い風に先端半導体への巨額投資が進行中だ。こうした半導体産業への投資が身を結び、2030年代に国際競争力を有する場合、これらの製品の輸出拡大策が政治的なアピールになるかもしれない。すなわち、選挙戦におけるラストベルトの重要性が弱まるに伴い、国内製造業を保護する政治的な必然性が低下し、自由貿易への再転換に繋がる可能性がある。
もちろん2030年国勢調査には5年残されており、今後、人口移動のトレンドが転換したり、既存の激戦州が入れ替わったりする可能性がある。2030年代に民主主義の「多数決の原則」がより効くような政治力学の変化があるのか、各州における人口動態や政治志向の変化に注目したい。

前田 和馬
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

