内外経済ウォッチ『アジア・新興国~インド総選挙、モディ政権にとっての「ラスボス」は野党ではなく物価か~』(2024年5月号)

西濵 徹

目次

政府は物価抑制へなりふり構わぬ動きをみせる

インドでは4月19日から1ヶ月半に亘る総選挙が予定されるなか、モディ首相や与党BJP(インド人民党)は政権3期目入りを確実にすべく『自国優先』姿勢を強める動きをみせてきた。同国においてはここ数年、コロナ禍一巡による景気回復の動きに加え、商品高や米ドル高も重なる形でインフレが上振れしており、中銀は物価と為替の安定を目的に累計250bpの利上げを迫られる事態に見舞われた。

他方、ウクライナ戦争を機に欧米などはロシアへの経済制裁を強化させているものの、インドはこうした動きに同調せずロシア産原油の輸入を拡大させた。さらに、昨年は異常気象による農業生産低迷を受けた供給不足が懸念されたため、モディ政権は高級品種のバスマティ米以外の白米の輸出禁止、タマネギなど農産物に輸出関税を課すなど国内供給を優先させることで物価安定を図る動きをみせた。よって、昨年後半にかけて一時的にインフレが上振れする動きがみられたものの、一連のなりふり構わぬ物価対策を受けて足下のインフレは中銀が定めるインフレ目標の範囲内で推移するなど落ち着きを取り戻している様子がうかがえる。しかし、中銀は4月の定例会合においても政策金利やスタンスを据え置く決定を行うとともに、食料インフレを警戒する姿勢をみせる。その上で、先行きの政策運営に当たっては引き続き物価安定を重視する考えを示している。

資料1 インフレ率の推移
資料1 インフレ率の推移

総選挙は与党勝利の予想も、物価の動きに注意

政府気象局は今年の暑季(4~6月)に例年を上回る熱波発生の可能性が高いと公表するなど、供給不足を理由に高止まりする穀物価格が一段と上振れする懸念が高まっている。さらに、足下では中東情勢を巡る不透明感が高まり、国際原油価格は底入れの動きを強めている上、同国への供給を拡大させたロシアも価格下支えを目的に自主減産に動くなど、食料品のみならずエネルギーでもインフレが再燃する懸念が高まっている。また、金融市場では米ドル高の動きが強まり、同国では原油高による対外収支の悪化懸念も重なりルピー安圧力が強まるなど輸入インフレが再燃する可能性も高まっている。

他方、モディ政権は総選挙での勝利を確実にすべく、改正国籍法の施行を通じてナショナリズムの高揚を図るほか、その後もモディ首相や与党BJP批判の急先鋒である野党指導者の逮捕に動くなど野党への『締め付け』を強めている。世論調査では、モディ政権を支える与党連合が一段と議席を増やすなど『圧勝』が見込まれるが、最終盤にきて食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きはこうした流れに影響を与えることも考えられる。その意味では、モディ政権や与党BJPにとって『最大の強敵』は実は野党ではなく物価かもしれず、『世界の食糧庫』を担う同国がこれまで以上になりふり構わぬ動きをみせることでの影響を注視する必要性は高まっている。

資料2 ルピー相場(対ドル)の推移
資料2 ルピー相場(対ドル)の推移

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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