内外経済ウォッチ『アジア・新興国~シンガポール、財政・金融共に引き締めか~』(2022年3月号)

西濵 徹

世界経済を巡っては引き続き新型コロナ禍に揺さぶられる展開が続いている。ただし、オミクロン株は重症化率が低いとの見方を受け、欧米など主要国を中心にワクチン接種を前提に経済活動を維持する『ウィズ・コロナ』戦略が採られている。他方、主要産油国は協調減産の小幅縮小を維持して世界的な原油需給はひっ迫感が意識されて国際原油価格は上昇するなど、世界的にインフレ懸念が高まっている。さらに、米FRBの『タカ派』傾斜は新興国のマネーフローに影響を与えるとみられるなか、アジアは新興国の間では物価が比較的落ち着いているものの、昨年後半以降一部の国で引き締めに舵を切る動きがみられる。

シンガポールでは物価上昇圧力が強まるなか、昨年10月にシンガポール通貨庁(MAS)が名目実効為替レート(NEER)の傾き(上昇率)を小幅に上方シフトさせるなど引き締めに舵を切った。しかし、その後も国際原油価格の上昇に加え、感染一服による経済活動の正常化を受けてインフレ率は加速感を強めている。他方、同国においてもオミクロン株による感染再拡大の動きが広がっている。感染再拡大を受けて人の移動に下押し圧力が掛かるなど景気に冷や水を浴びせる懸念はあるものの、政府はワクチン接種の進展を理由に『ウィズ・コロナ』戦略を維持している。こうした動きを追い風に景気回復の動きが促されれば、インフレ圧力が一段と強まる可能性もくすぶる。

インフレ率の推移
インフレ率の推移

このように景気の雲行きは急速に怪しさを増す一方、物価上昇圧力は強まるなど、MASの政策対応は難しさを増している。MASは通常半期ごと(4月及び10月)に金融政策を見直すなか、国際金融市場では4月の次回定例会合でも追加引き締めに動くとみられてきた。こうしたなか、MASは1月末に突如NEERの傾きを小幅に引き上げる追加引き締めを決定した。声明文では、物価上昇を警戒して先んじる形での政策調整が適切との見方を示した上で、景気の先行き不透明感はくすぶるものの、政策スタンスの転換が必要との認識を示した。その上で、先行きの景気を巡って、新たな混乱が生じなければ今年の経済成長率は+3~5%になるとの見通しを示した。他方、物価動向について、短期的に一段の上振れが見込まれるとして見通しを上方修正した。

なお、今回の引き締めは昨年10月に続いて小幅なものに留まっており、4月にも追加引き締めに動く可能性は高いと見込まれる。国際金融市場では米FRBの『タカ派』傾斜により新興国へのマネーフローの変化が予想されるなか、先行きは引き締め姿勢を一段と強める事態に追い込まれることも予想される。加えて、シンガポール政府は今年度予算案において、財・サービス税(GST)の引き上げ時期を明示するとみられるなか、今後のシンガポールは財政、金融の両面で引き締め姿勢が強まることも考えられる。

名目実効為替レートの推移
名目実効為替レートの推移

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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