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内外経済ウォッチ『日本~一過性ではない物価上昇圧力~』(2022年3月号)

熊野 英生

目次

消費者物価は2%に近づく

ここしばらく日本企業は、インフレというものを経験しないできた。消費者もそうである。ところが、2021年春くらいから、輸入品を中心に値上げ圧力が押し寄せていている。特に、BtoBの世界では、木材、非鉄、鉄鋼、石油製品が値上がりしてきた。当初は、2020年4~6月にコロナ禍が最も深刻に経済を落ち込ませていた時期の反動だと思っていた。2021年後半になれば、輸入価格は伸び率が一服するだろうとみていた。ところが、その伸び率はさらに高まっていく。2021年12月の輸入物価の前年比は+41.9%である。石油・石炭・天然ガスは同2.2倍、木材・木製品・林産物は同+74.8%、金属・同製品は同+51.5%と極めて高い伸び率が続く。そして、輸入物価の高騰は、製造業の川上から川中、さらに川下へと波及する。消費者物価にもその圧力は及んできている。

2021年12月の消費者物価では、財価格の前年比は+3.4%まで上がってきている(サービス価格は同▲1.9%)。やはり、川上から川下への物価上昇圧力は、消費者段階に着実に波及してきたとみるべきだろう。おそらく、2022年4月に、携帯電話料金プランの値下げが1年前に行われた効果が一巡すると、消費者物価(除く生鮮食品)の伸び率も一気に1%以上に跳ね上がっていくだろう。そうなると、毎年4月に価格改定する企業が多くあることと相まって、多くの人が「消費者物価はもしかすると、2%の伸び率になるかもしれない」と驚くに違いない。

企業行動も変わる

こうした輸入物価発のインフレが一時的ではなさそうだと感じさせる背景には、海外経済の成長がある。新興国が豊かになって、購買力をつけてくると、商品市況はそれによって押し上げられる。さらに通貨も強くなっていき、日本の円は相対的に円安になる。これは対ドルだけではなく、すべての通貨に対する円安という意味だ。日銀が欧米よりも長く超低金利を続けそうだとみられていることも、円安による輸入物価の上昇を促す。米利上げの効果によって、対ドルでの円安が進むこともあるだろう。

そうなると、日本企業はコスト上昇分を製品価格に転嫁することで、収益率を維持しなくてはいけなくなる。かつては、値上げすると販売数量が落ちるので、その効果によって収益額が目減りしていた。デフレ時代は、コスト高を我慢していかに販売数量を多く得るかの競争だった。しかし、インフレが持続すると、コスト上昇を販売数量の増加ではカバーしきれなくなってくる。価格転嫁ができる企業ほど、収益基盤が強靭だとみられるようになる。

今後の焦点は、国内の消費者向け、つまりBtoCの世界でもそれが通るかどうかである。岸田政権は、賃上げ促進の旗を掲げて、何とか3%超の賃上げ率を実現しようとしている。その動きは、人件費を増やしにくい中小企業では、なかなかうまく広がっていかないだろう。それでも、2022年度から賃上げの恩恵を受けた雇用者が、消費者段階での値上げを受け入れていくと考えられる。賃上げは、供給側のコストプッシュ圧力を受け止めることで、価格上昇の動きを継続的なものにしていく。価格転嫁に成功した企業は、賃上げを行っていく原資を稼ぐことになるから、さらに追加的な賃上げができる。そうやって、供給サイドと需要サイドがお互いに値上げと賃上げを連動させていったとき、デフレ経済から完全脱却できる。

物価2%という数字が安定的に達成できるとは思えないが、定性的な視点でみるとようやく好循環に近づいてきたという見方ができる。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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