内外経済ウォッチ『アジア・新興国~ワクチンの偏在が招く世界経済のリスク~』(2022年1月号)

西濵 徹

2020年以降の世界経済を巡っては、中国で発見された新型コロナウイルスの動向が最大のリスク要因となってきた。欧米や中国など主要国ではワクチン接種が経済活動の再開を後押ししており、その他の新興国でもワクチン接種が進むとともに、感染拡大の動きが一服することで経済活動が促されてきた。よって、世界的な行動制限や国境封鎖などを理由にヒトやモノの動きが滞り、世界経済には過去に例をみないペースで下押し圧力が掛かったものの、昨年半ば以降は一転して底入れしてきた。さらに、行動制限の解除の動きが広がっていることを受け、世界経済は回復の度合いを強めるなど新型コロナ禍の影響克服が期待された。

しかし、新型コロナウイルス向けワクチンは先進国や一部の新興国において接種が大きく進む一方、全世界的なワクチン獲得競争に加え、囲い込みの動きも影響して偏在してきた。事実、多くの新興国のワクチン接種率は先進国に比べて低水準な上、なかでもアフリカは1割を下回っている。これは、世界有数のワクチン生産国であるインドが自国での感染拡大を受けて事実上の輸出禁止に動き、世界的なワクチン供給スキーム(COVAX)が機能不全状態に陥ったことがある。他方、ワクチン生産国である中国やロシアは『ワクチン外交』の動きを強めているほか、欧米や日本など主要国も『対抗措置』に動いており、こうしたこともワクチンの偏在を招いたと考えられる。

資料1 地域別ワクチンの完全接種率の推移
資料1 地域別ワクチンの完全接種率の推移

なお、インドは11月末からCOVAXへのワクチン供給を再開させており、今後はワクチン供給の懸念後退が期待される。ただし、医療インフラが極めて脆弱なアフリカで接種環境の整備が進むかは依然見通しが立たない。こうしたなか、ワクチン接種が遅れるアフリカの中では比較的接種が進む南アフリカで新たな変異株(オミクロン株)の発生が確認された。オミクロン株の特徴は不透明ながら渡航禁止の動きが広がるなど、経済活動への悪影響が懸念される。仮にオミクロン株の感染力が高く、ワクチンへの耐性が高ければ、行動制限の再強化や国境封鎖などを通じてヒト及びモノの移動に再び悪影響が出る可能性も予想される。

なお、変異株の発生を巡っては感染拡大が前提であり、オミクロン株がワクチン接種率の低いアフリカで確認されたことは、ワクチンの偏在がその一因になっている可能性がある。ここ数年の世界経済は連帯の重要性が叫ばれて久しく、新型コロナ禍を経てその重要性が再認識されてきた。しかし、実際は各国のエゴが跋扈するなかで、そのしわ寄せは新興国に色濃く現われる一方、グローバル化によって直接、間接的に関係を深めてきたことを勘案すれば、世界経済全体にとっても無視し得ない。世界の現状を勘案すれば、世界的な連帯とは『きれいごと』に過ぎないが、きれいごとに終わらせないよう様々なレベルで交渉のテーブルを途切れさせない努力が求められよう。

資料2 世界の感染動向の推移
資料2 世界の感染動向の推移

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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