インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中東情勢悪化で注目される中央アジア・コーカサス産原油とは

~日本企業が権益を有するカザフ、アゼル産原油、多様化の観点で重要な調達先となるか~

西濵 徹

要旨
  • 米国とイスラエルによるイランへの軍事行動を契機に、中東情勢が緊迫化している。イラン革命防衛隊による報復攻撃に加え、ホルムズ海峡の事実上の封鎖など、事態の長期化も懸念される。両国による停戦協議が水面下で行われているとされるものの、意見の溝は深く、事態収拾の見通しは立っていない。
  • 原油輸入の9割を中東に依存する日本にとって、中東情勢の緊迫化はエネルギーのみならず、経済安全保障上の重大事態となっている。こうしたなか、代替調達先としてカザフスタンとアゼルバイジャンへの注目が高まっている。この背景には、両国の油田に日本企業がすでに権益を有していることがある。
  • 両国は内陸国であり、原油輸送には海洋への経路確保が不可欠である。北ルート(ロシア経由)は地政学リスクが高く、東ルート(中国経由)は日中関係の面で困難なうえ、南ルート(イラン経由)は論外である。最も現実的なのは、BTCパイプラインを用いた西ルート(バクー→トルコ・ジェイハン港)であると考えられる。
  • ただし、地中海到達後も、フーシ派の活動によりスエズ運河・紅海ルートの利用が困難であり、喜望峰迂回ルートを余儀なくされ、輸送時間は中東の倍以上、コストも割高となる。ウクライナ戦争でロシア産資源の調達も難しくなるなか、日本は課題を乗り越えて調達の多様化を図ることが急務となっている。

イスラエルと米国によるイランへの軍事行動をきっかけに、中東情勢は緊迫の度合いを増している。イスラエルと米国の軍事行動では、イランの最高指導者であるハメネイ師をはじめとする多数の政府要人を殺害し、当初の目的は達成された格好である。一方、イラン革命防衛隊は、イスラエルのほか、中東にある米軍基地や関連施設、米国と関係が深い国々への報復攻撃を活発化させている。さらに、革命防衛隊は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海上輸送の要衝であり、世界の原油消費量の約2割が通過するホルムズ海峡の事実上の封鎖に動いているとされる。その後も、米国とイスラエルはイランに対する攻撃を継続、イランも報復を展開しており、事態鎮静への道筋が見えない状況が続いている。なお、米国とイランは水面下で協議を行っている旨の報道が出ており、双方と関係が深いパキスタン、トルコ、エジプトといった国々が仲介役となる形で非公式に接触が取られているとされる。そのなかでは、米国が15項目の停戦案を提示する一方、イランも5項目の停戦条件を逆提示した模様であり、両者の溝の深さがうかがえる。さらに、ホルムズ海峡の事実上の封鎖という物理的な供給懸念の高まりを受けて、原油輸入の9割を中東湾岸諸国に依存する日本は厳しい状況に直面している。また、原油以外にも石化原料であるナフサ、原油や天然ガスの脱硫工程の副産物として発生する硫黄、天然ガスを元に製造される尿素などの輸入も中東産油国からの輸入に依存している。したがって、中東情勢はエネルギー安全保障のみならず、経済安全保障の観点からも日本にとって重大事態となっている。こうしたなか、中東に代わる原油の調達先として、中央アジアのカザフスタン、コーカサスのアゼルバイジャンといった国々に注目が集まっている。これらの国々は、第1次安倍政権が提唱した価値観外交戦略である「自由と繁栄の弧」で対象とされるとともに、第2次安倍政権では「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」として地理的、戦略的に発展する形で注目されてきた経緯がある。これらの国々の油田開発に日本の資源開発企業が参画してきたため、中東情勢が緊迫化の度合いを増すなかであらためて注目されている。とはいえ、日本から直接これらの国々に行く航空便などはなく、日本国内においてこれらの国々に関する理解が進んでいるとは言いがたい状況にある。

カザフスタンはカスピ海沿岸に位置する内陸国であるとともに、アゼルバイジャンも半内陸国であるため、海洋に直接的なアクセスがない特徴を有する。したがって、これらの国々から原油を日本に輸送するには海洋への経路を確保することが最大の課題となる。東西南北のいずれかの方向で輸送することが必要となるが、最も輸送路として現実的なのは「西」であると考えられる。具体的には、アゼルバイジャンのバクーから、隣国ジョージアのトビリシを経て、トルコの地中海沿いのジェイハン港にかけて伸びるBTCパイプラインを利用したものとなる。同パイプラインの建設に当たっては、日本のJBIC(国際協力銀行)、NEXI(日本貿易保険)などが関わっていることも、このルートを通じて日本に輸送することの利点につながっている。他方、「北」にはカザフスタン産原油をカスピ・パイプライン・コンソーシアム(CPC)経由で黒海のノヴォロシースク港に輸送するルートがあるものの、ウクライナ戦争が行われるなかでロシア領内を通過するという地政学リスクは極めて高い。さらに、CPCはウクライナによるドローン攻撃の影響で出荷能力が大幅に低下したとの報道もあり、能力面でも課題が多い。カザフ産原油についても、カスピ海をタンカーでバクーに、そして、BTCパイプラインを経由して外海に輸送することが考えられるものの、インフラ整備に加え、タンカーの拡充などに課題を抱えており、短期的にはハードルが高いのが実情であろう。「東」は、カザフのカスピ海沿岸のアティラウから中国の新疆ウイグル自治区の阿拉山口までつながるカザフスタン・中国石油パイプライン(中哈原油管道)で中国に輸送した後、中国国内での精製などを経て日本に輸送することになる。ただし、中国とカザフが共同でパイプラインの運営権を有するうえ、仮にここを通過した原油を日本に輸送するには中国と別途交渉が必要となる。さらに、現下の日中関係に鑑みれば、その実現性は極めて低いのが実情であろう。「南」はイラン経由となるが、これも現実的でない。したがって、西ルートを経由する形で海洋に輸送することが、既存インフラを用いるうえでも最も現実的なものと捉えられる。

BTCパイプラインは主に欧州向けを想定する形で設置された経緯があるものの、現下の非常事態を勘案すれば、日本をはじめとするアジア向けに振り向けることも可能と考えられる。とはいえ、BTCパイプラインを経由して地中海まで出た後も課題は残る。

通常であれば、地中海からスエズ運河を経由した後、紅海、インド洋を経て日本に輸送するルートが、国際市場において最も利用されている。中東情勢の緊迫化を受けて、サウジアラビアはホルムズ海峡を経由しない形での原油や天然ガスの輸出に向け、東西石油パイプライン(Petroline)やアブカイク・ヤンブーNGLパイプラインを通じて紅海沿いのヤンブー港から積み出す動きを活発化させている。しかし、イエメンの親イラン武装組織であるフーシ派が、3月28日にイスラエルに対して攻撃を開始したことを認めており、その理由にイスラエルによるイラン、レバノン、イラク、パレスチナ自治区に対する攻撃が行われていることを挙げている。フーシ派はアラビア半島周辺のほか、紅海とアデン湾をつなぐ海上輸送の要衝であるバブ・エル・マンデブ海峡を通過する海上輸送を妨害する能力を有するとされる。ここ数年はフーシ派の活動が活発化するなかで、紅海とインド洋を結ぶルートを回避する動きがみられるなか、フーシ派がイスラエルへの攻撃に加わったことを受けて、このルートを選択するハードルは一段と高まっている。このルートを介さない形で地中海と日本などアジアへの輸送を図るためには、アフリカ大陸を迂回して喜望峰経由の航路を取る必要があるため、輸送距離や輸送時間が多くかかることは避けられない。なお、大型タンカーを用いて輸送する場合、スエズ運河を経由する場合は喫水制限の観点から満載できない事情がある一方、喜望峰経由の場合は満載可能という点が異なるため、必ずしもコスト面での大幅な押し上げ要因とはならない点に留意が必要である。とはいえ、輸送時間は10日程度多くかかることは間違いないうえ、足元では中東情勢の緊迫化を理由とする原油価格の上昇を受けて、燃料コストが上昇していることに鑑みれば、中東産原油に対して相応の上乗せコストがかかることは避けられない。

日本にとっては、ウクライナ戦争以降、ロシア産の原油や天然ガスを調達するハードルが高まっている。こうしたなか、日本が官民双方の連携により古くから採掘調査に協力するとともに、一定の権益を有するカザフスタン(カシャガン油田)とアゼルバイジャン(ACG(アゼリ・チラグ・グナシリ)油田)からの調達を代替として確保することは、喫緊の課題となっていることは間違いない。ただし、前述したように、輸送時間は中東からの倍以上に及ぶとともに、コスト面でも課題を抱えるなか、こうした問題を整理しつつ、エネルギー安全保障の観点からこれを充実させることの必要性はこれまで以上に高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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