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2026.03.26
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イラン情勢
イラン情勢の悪化がアジア新興国に与える「原油以外」の悪影響
~経済活動の停滞による中東向け輸出の減少に加え、移民送金減少など副次的影響にも要注意~
西濵 徹
- 要旨
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- 米国とイスラエルによるイランへの軍事行動を契機に中東情勢が緊迫化している。イラン革命防衛隊は報復攻撃に加え、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に動いており、事態の長期化が懸念される。停戦交渉では米国が15項目、イランが5項目の条件をそれぞれ提示しているが、両者の溝は深く、先行きは不透明である。
- ホルムズ海峡の封鎖懸念により中東産原油価格は高騰しており、中東への依存度が高く、かつ原油備蓄が1〜2か月分と少ないアジア新興国ではすでに深刻な悪影響が出ている。フィリピンは非常事態宣言を発令したほか、インドネシアは公務員への在宅勤務導入、スリランカは石油配給制を導入するなど各国が対応に追われている。さらに、補助金拡大と金融引き締めが重なり財政、金融の両面で脆弱性が高まっている。
- ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、ペルシャ湾岸6か国(GDP合計約2.5兆ドル)の貿易が停滞するなど景気減速を招くことが予想される。これらの国々は、様々な財をアジア新興国からの輸入に依存しており、その需要減退はベトナム、タイ、シンガポール、インド、マレーシアなどの輸出や生産活動に悪影響を与える。
- さらに、GCC6か国には約3,500万人の移民労働者が在籍しており、その多くを南アジアからの移民が占める。移民送金は、アジア新興国の個人消費をはじめとする内需を下支えする柱となっており、経済活動の停滞により送金が滞れば、これらの国々の個人消費に深刻な打撃を与える可能性にも注意が必要である。
- 中東情勢の影響はエネルギー価格の高騰という直接的なルートにとどまらず、湾岸諸国の景気減速や移民送金の減少という間接的なルートを通じてもアジア新興国経済を下押しする。これらの国々に進出している日本企業もこうした影響を受ける可能性が高く、そのリスクを注視する必要がある。
イスラエルと米国によるイランへの軍事行動をきっかけに、中東情勢は緊迫の度合いを増しており、世界経済への悪影響を警戒して、金融市場は大きく動揺している。イスラエルと米国の軍事行動では、イランの最高指導者であるハメネイ師や多数の政府要人を殺害するなど、当初の段階における目的は達成されたと考えられる。一方、イラン革命防衛隊は、イスラエルのほか、中東にある米軍基地や関連施設、米国と関係が深い国に対する報復攻撃に動いている。さらに、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海上輸送の要衝であり、世界の原油消費量の約2割が通過するホルムズ海峡の事実上の封鎖に革命防衛隊は動いている模様である。その後も、米国とイスラエルはイランへの攻撃を継続している一方、イランも報復を展開しており、事態沈静化に向けた道筋がみえず、長期化も懸念される。こうしたなか、イランとの協議に進展の兆しがみられることを理由に、トランプ米大統領はイランのエネルギーインフラに対する攻撃を延期する方針を明らかにした。一方、イスラエルのネタニヤフ首相は米国とイランの協議を確認しているものの、イランへの攻撃を継続する意向を示しており、米国と異なる考えを有していることは間違いない。イランは表面的には否定しているものの、米国とイランの双方と関係が深いパキスタン、トルコ、エジプトといった国を介する形で非公式に接触が取られている模様である。米国は15項目(①主要核施設の解体、②ウラン濃縮の即時・全面的停止、③ミサイル開発の中止、④核兵器製造の断念、⑤IAEA(国際原子力機関)の査察の無条件受け入れ、⑥革命防衛隊による地域介入の停止、⑦周辺国への武器支援・供給中止、⑧中東の新イラン勢力への支援停止、⑨ホルムズ海峡の開放、⑩サイバー攻撃の停止、⑪人権侵害の是正、⑫テロ活動への支援停止、⑬人質や拘束中の米国人の即時解放、⑭金融制裁の解除、⑮1ヶ月間の休戦の即時実施)の停戦案を提示したとされる。その一方、イランは5項目の停戦条件(①侵略と暗殺の完全停止、②戦争再開防止を保証する具体的仕組みの確立、③損害賠償の明確化と支払保証、④すべての戦闘の終結、⑤ホルムズ海峡でのイランの主権行使と法的権利の承認)を提示しているとされる。これらの提案をみれば、両者の溝は深いことがうかがえ、協議が円滑に進むかは見通しにくい。したがって、中東情勢の行方については不透明な状況が長期化する可能性は残る。
金融市場においては、中東情勢の緊迫化、なかでもイランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖が世界的な原油や石油製品、天然ガスなどの供給途絶を通じて世界経済の足かせとなることが懸念されている。こうしたなか、多くのアジア新興国は、原油や石油製品、天然ガスなどの収支(輸出と輸入の差し引き)が赤字であるうえ、地理的な近さもあり、これらの輸入を中東諸国に依存している。中東情勢の緊迫化が懸念されて以降、原油価格は総じて上昇しているものの、ホルムズ海峡の事実上封鎖という物理的な供給懸念も影響して、中東産原油価格はWTI(北米)や北海ブレント(欧州)などと比較して高水準となっている。多くのアジア新興国では、原油の戦略備蓄量が1~2ヶ月分と小規模にとどまるため、中東情勢の緊迫化が長期化した場合の影響は深刻化することは避けられない。フィリピンは「国家エネルギー非常事態」を宣言したほか(注1)、インドネシアは公務員を対象に週1日の在宅勤務を導入、スリランカは週休3日制としたうえで石油製品の配給制を導入するなど、原油消費の抑制に向けた取り組みを強化している。これら以外にも、戦略備蓄が元々少ないベトナムでは供給懸念を理由にガソリン価格が急騰しているほか、タイも石油製品の輸出を原則禁止するとともに、再生可能エネルギーの利用拡大を目指すほか、韓国も自動車利用の制限や節電などを国民に要請する動きが広がりをみせている。アジア新興国ではコロナ禍を受けて財政状況が悪化しており、多くの国で財政の持続可能性向上への取り組みが急務になっている。しかし、エネルギー価格の上昇が幅広く国民生活に悪影響を与えるなか、補助金を通じてエネルギー価格の抑制を図る動きがみられ、足元では補助金の積み増しを余儀なくされている。一方、エネルギー価格の上昇によるインフレ加速が懸念されるなか、各国中銀は金融政策を引き締め方向にシフトさせる可能性が高まっており、金利上昇による債務負担の増大が財政運営の自律性を低下させることも考えられる。こうした事情が、アジア新興国に対する金融市場の見方が悲観に振れる一因となっていると見込まれる(注2)。
このように、中東情勢の緊迫化に伴うアジア新興国経済への影響は、主に原油や天然ガスの供給を通じたものとなっている。一方、イランによる報復攻撃の影響で、これまで安全と目されてきた中東諸国に対する見方が変化している。UAE(アラブ首長国連邦)のドバイで開催予定の国際会議は相次いで中止、延期されたほか、3月にカタールで開催予定のフィナリッシマ(サッカーのUEFA(欧州サッカー連盟)欧州選手権とコパ・アメリカの優勝チーム同士の対戦)も中止され、4月に開催が予定されていたF1(フォーミュラ1)のバーレーン・グランプリとサウジアラビア・グランプリも中止される。このように幅広い経済活動に悪影響が出ているほか、ホルムズ海峡の事実上の封鎖を受けて、イランを除くペルシャ湾岸諸国においては、主要港湾がペルシャ湾の外にあるオマーン以外の6ヶ国(イラク、クウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、UAE)の主要港湾における貿易が滞ることが避けられなくなっている。6ヶ国のGDPを合わせると2025年時点で2.5兆ドルとイタリアやロシア並みの規模に達すると試算され、経済活動の下振れによる景気減速は避けられない。さらに、これらの国々は機械製品や電気機器のほか、輸送用機器、食料品など幅広い財を、中国やインドといったアジア新興国のほか、米国や日本などからの輸入に依存している。したがって、これらの国々の景気減速に伴う輸入の下振れは、アジア新興国にとって輸出の足かせとなるとともに、生産活動にも悪影響を及ぼすことは避けられない。アジア新興国におけるこれらの国々への輸出額のGDP比をみると、ベトナムやタイ、シンガポール、インド、マレーシアで1%を上回る水準に達しており、景気への影響が大きくなりやすいことを示唆している。

さらに、ペルシャ湾岸の産油国は、海外から多数の移民労働者を受け入れており、湾岸協力会議(GCC)に加盟している6ヶ国(サウジアラビア、UAE、カタール、バーレーン、クウェート、オマーン)では約3,500万人に達しているとされる。これらの移民を国籍別に見ると、最も多いのがインド(910万人)で、そのほかにバングラデシュ(500万人)、パキスタン(490万人)、ネパール(120万人)、スリランカ(65万人)といった南アジアの国々が大部分を占めている。南アジアからの移民労働者の多くは、建設関連のほか、小売や観光などの都市サービス、家事労働といった分野に従事しているとされる。南アジア以外のアジア新興国でも、フィリピンやインドネシア、ベトナムといった東南アジア諸国が多く、家事労働やサービス業に加え、医療従事者などが比較的多いという特徴がある。足元では幅広い経済活動に悪影響が出るなか、移民労働者を取り巻く環境が厳しさを増すことが予想されるとともに、本国への送金が滞るなどの悪影響が出ることも考えられる。南アジアの国々における移民労働者からの送金額をみると、ネパール(GDP比33%)、パキスタン(同9%)、スリランカ(同7%)、バングラデシュ(同6%)、インド(同3%)に達しており、これらの大部分を中東からの流入が占め、その動向は個人消費をはじめとする内需の行方を大きく左右することが予想される。東南アジアにおいても、フィリピン(GDP比9%)、カンボジア(同6%)、ベトナム(同3%)、タイ(同2%)に達しており、相応の割合を中東からの流入が占めることを勘案すれば、内需に影響を与えることは避けられない。

こうした動きは、アジア新興国の景気動向を左右するとともに、各国における生産活動に影響を与えることで、これらの国々に進出する日本企業の活動にも波及することが考えられる。その意味では、アジア新興国の景気動向を巡っては、原油価格の動向による直接的な影響のみならず、中東諸国の経済活動が左右する間接的な影響にも注意を払う必要性が高まっている。
注1 3月25日付レポート「フィリピンがエネルギー非常事態宣言、マルコス政権は窮地に」
注2 3月24日付レポート「アジア新興国にイラン情勢悪化の悪影響が色濃く出る背景とは?」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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阿原 健一郎

