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2025.04.09
アジア経済
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インド準備銀は緩和傾斜へ、トランプ関税の影響にどう対応するか
~食料インフレ後退によるインフレ鈍化や金融市場の混乱が後押し、難しい舵取りが迫られる局面続く~
西濵 徹
- 要旨
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- インド準備銀行(RBI)は、7~9日に開催した定例会合で2会合連続の利下げと政策スタンスの「緩和的」への転換を決定した。この決定は、過去のインフレ高進を受けた利上げの効果に加え、良好なモンスーンによる食料インフレの沈静化も追い風に、インフレ見通しが改善したことが後押ししたとみられる。
- 一方、米トランプ政権による相互関税発動はインド経済に悪影響を及ぼす懸念が高まっている。モディ政権は譲歩を求めて米国と事前協議を進めるも難航してきた。相互関税による直接的な影響は限定的だが、医薬品など主力産業への打撃は不可避とみられる。また、周辺競合国と比較して相互関税率は低いとされるが、労働法制や雇用慣行が足かせとなる可能性に鑑みれば事態が後押しされるかは見通しにくい。モディ政権の製造業振興策も苦境に直面し、金融市場では株式や通貨ルピーに調整圧力が掛かっている。
- RBIは世界経済の不確実性や米国の関税政策がインド経済の逆風を招くとしつつ、経済成長率とインフレ見通しを一部修正するも、リスクバランスは均衡しているとしている。マルホトラ総裁は追加利下げの可能性を示唆しており、金融市場や外需の悪化が懸念されるなか、RBIは難しい政策の舵取りを迫られるであろう。
インド準備銀行(RBI)は、7~9日の日程で開催した定例の金融政策委員会において、政策金利であるレポ金利を2会合連続で引き下げる決定を行った。RBIは2月の前回会合でコロナ禍一巡後初の利下げに動くも政策スタンスを「中立」に据え置いたものの(注1)、今回は利下げに加えて政策スタンスも「緩和的」に変更するなど、緩和姿勢を一段と強めている。
ここ数年のインドは、商品高や国際金融市場における米ドル高に伴う通貨ルピー安による輸入物価の押し上げに加え、異常気象の頻発による食料インフレの動きも重なり、インフレはRBIが定める目標(4±2%)の上限を上回る事態に直面した。よって、RBIは物価と為替の安定を目的に累計250bpの利上げに動き、その後は引き締めスタンスを維持してきた。しかし、昨年はモンスーン(雨季)の雨量が例年を上回り、農業生産も拡大するなど食料インフレの沈静化が期待された。その結果、昨年は一時的にインフレが目標を上回るなどインフレ再燃が懸念されたものの、その後は頭打ちして目標の中央値を下回る伸びとなっている。また、足元の食品価格は主食のコメや小麦などで高止まりするも、タマネギやトマトなど生鮮野菜を中心に落ち着きを取り戻しつつあるなど、『食卓を囲むインフレ』の動きは後退しつつある。こうした事情もRBIによる一段の金融緩和を後押ししているとみられる。

その一方、足元では米トランプ政権が発表した相互関税が世界経済や国際金融市場を揺さぶる事態に直面している。同国の平均関税率はWTO(世界貿易機関)ベースで17.0%(2024年)と極めて高水準であり、モディ政権は米国からの関税賦課の回避といった『譲歩』を得るべく、米国からの輸入品の半分以上を対象とする輸入関税の引き下げ検討、二国間貿易協定の協議を促進させるなどの対応をみせた。しかし、USTR(米通商代表部)はインドの輸入要件を国際基準に適合していないと指摘した上で、品質管理に関する独自規格の義務化、データプライバシー制度などを理由とする非関税障壁の高さを指摘するなど、交渉のハードルの高さがうかがわれた。結果、米トランプ政権は同国を「最悪の違反者リスト」に組み入れるとともに、平均関税率を52%と算出した上で相互関税率を26%とする方針を示した(注2)。インドの対米輸出額は名目GDP比2.1%に達するため、相互関税による直接的な影響は名目GDP比で0.5%になると試算される。また、主力の輸出財である医薬品関連は輸出全体の3分の1を米国向けが占め、米トランプ政権は当初相互関税から医薬品を除外する方針を示すも、突如含める方針を示すなど関連業界に深刻な悪影響が出ることは避けられなくなっている。

なお、対米輸出の大宗は縫製品であり、インドの相互関税率は周辺の競合国(カンボジア(49%)、ベトナム(46%)、スリランカ(44%)、バングラデシュ(37%)、パキスタン(29%))に比べて低水準に留まり、関連産業での対内直接投資の活発化を期待する向きはある。しかし、労働者保護の色合いが強い法制度が対内直接投資の足かせとなる上、雇用形態を巡る不透明感が労働集約産業の発展を阻害するなか、そうした見通しが具現化するかは不透明である。さらに、モディ政権は『メイク・イン・インディア』のスローガンの下、関税賦課や補助金などを通じて対内直接投資の活発化を目指す方針を示してきた。しかし、米トランプ政権はそうした政策に批判の矛先を向けており、モディ政権が推進した製造業振興のハードルは高まっている。結果、金融市場においては昨年後半以降頭打ちの動きを強めてきた主要株式指数の上値が抑えられ、米ドル高一服を受けて底入れの動きがみられたルピー相場も再び調整に転じるなど売り圧力が強まっている。こうした状況は相互関税による同国経済への悪影響を警戒していると捉えられるほか、RBIによる一段の緩和シフトを後押ししたと捉えられる。

なお、会合後に公表した声明文では、今回の利下げは6人の政策委員による「全会一致」で決定したことを明らかにしている。その上で、足元の世界経済について「見通しが急変している」とした上で、「米トランプ政権の関税政策が不確実性を招くとともに、景気と物価に新たな逆風を招いている」との見方を示す。そして、同国経済について「昨年度(2024-25年度)の経済成長率は+6.5%に鈍化した模様」と2月時点(+6.4%)から若干上方修正する一方、先行きは「世界経済の混乱が下振れリスクとなるが、内需の堅調さを追い風に今年度(2025-26年度)の経済成長率は+6.5%になる」と2月時点(+6.7%)から下方修正するも、「リスクバランスは均衡している」としている。また、物価動向について「食料インフレの後退が鈍化を促す一方、金価格の上昇がコアインフレの上振れを招いている」とした上で、先行きについて「原油価格の下落もインフレ見通しの追い風になる」として「今年度のインフレ率は+4.0%になる」と2月時点(+4.3%)から下方修正し、「リスクバランスは均衡している」とした。その上で、今回の決定について「食料インフレの低下が追い風になっている上、インフレ見通しにも決定的な改善がみられる」とした上で、「外部環境が厳しさを増すなかで景気を下支えする必要がある」との認識を示すも、先行きは「景気動向を継続的に監視、評価することが必要」との見方を示した。また、会合後に記者会見に臨んだRBIのマルホトラ総裁は、今回のスタンス変更について「特段のショックが無い限り、政策委員会は『現状維持』か『利下げ』の2つの選択肢のみを検討することを意味する」、「流動性を巡る状況と直接的に関係するものではない」との考えを示しており、今後は一段の利下げに動く可能性が高まっていると判断できる。足元の企業マインドは幅広く堅調な動きをみせているが、金融市場の混乱や相互関税を受けた外需下振れなど実体経済への悪影響が懸念されるなか、RBIは資金流出懸念との狭間で難しい政策対応を迫られる展開が続くと予想される。

注1 2月7日付レポート「インド準備銀、新体制下の初会合で約5年ぶりの利下げに舵」
注2 4月3日付レポート「「トランプ関税」の新興国経済への影響は?」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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