インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド準備銀、新体制下の初会合で約5年ぶりの利下げに舵

~マルホトラ新総裁は物価目標の「柔軟化」を示唆、景気重視がルピー相場の調整を招く可能性も~

西濵 徹

要旨
  • インド準備銀行(RBI)は5~7日に開催した定例会合で政策金利を25bp引き下げて6.25%とする決定を行った。RBIによる利下げはコロナ禍後初の上、利下げそのものも約5年ぶりとなる。ここ数年はインフレが高止まりするなかでRBIは高金利政策を維持する一方、足下の景気に急ブレーキが掛かる動きがみられた。他方、RBIは景気下支えに向けて利下げの「前裁き」に動き、昨年12月にはマルホトラ総裁が就任して政府との政策協調を強め、政策委員の陣容が変化するなどの動きをみせた。よって、金融市場ではRBIが早晩利下げに動くとの観測が強まった。なお、足下のインフレは依然目標の中央値を上回る推移が続くが、食料インフレの動きに変化の兆しがみられるなかで景気下支えに舵を切る判断に動いた。今回の利下げは全会一致で決定されたほか、来年度の経済成長率は加速する一方でインフレは鈍化するとの見通しを示す。マルホトラ氏は物価目標に柔軟さを持たせる考えを示すなど、ダス前総裁と異なる見方を示している。為替政策は特定の水準や幅を意図しないとするも、為替介入を受けて外貨準備高は減少している。RBIが物価以上に景気を重視する姿勢をみせるなか、ルピー相場は調整の動きを強める可能性に要注意と言える。

インド準備銀行(RBI)は5~7日の日程で開催した定例の金融政策委員会において、政策金利であるレポ金利25bp引き下げて6.25%とする一方、政策スタンスを「中立」に据え置く決定を行った。RBIによる利下げ実施はコロナ禍以降で初めてとなる上、利下げそのものも2020年5月以来であり、約5年ぶりのこととなる。ここ数年のインドでは、コロナ禍一巡による経済活動の正常化に商品高、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピー安による輸入物価の上昇も重なり、インフレ率はRBIが定める目標(4±2%)を上回る水準に高進した。よって、RBIは累計250bpの利上げに動いたものの、一昨年は雨季(モンスーン)の雨量が例年を大きく下回ったことによる農業生産の低迷を受けて食料インフレが顕在化し、インフレが高止まりする展開が続いた。こうしたことから、RBIは物価と為替の安定を図る観点から高金利政策を維持する必要に迫られてきた。

図表
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なお、昨年は前年の食料インフレに伴うインフレ高進の反動が期待されるとともに、雨季の雨量が例年を上回るなど食料インフレの懸念が後退する動きがみられた。よって、RBIは昨年10月の定例会合において、政策スタンスを「金融引き締めの解除」から中立にシフトさせるなど将来的な利下げに向けた『前裁き』を図る動きをみせた(注1)。しかし、その後のインフレは一時的に中銀目標の中央値を一時的に下回るなど落ち着きを取り戻したものの、異常気象を受けた生鮮品を中心とする食料インフレ再燃の動きを反映して再び高止まりしている。さらに、インフレが高止まりするなかで昨年7-9月の実質GDP成長率は前年比+5.4%に鈍化するなど、景気に急ブレーキが掛かっている様子が確認されている(注2)。

よって、昨年12月の定例会合でRBIはインフレを警戒して政策金利やスタンスを据え置く一方、景気下支えを図るべく現金準備率(預金準備率)を段階的に引き下げ、金融市場における流動性拡大や市中金利の低下を図る動きをみせた(注3)。さらに、定例会合の直後には任期満了を迎えたダス前総裁の後任に財務次官(歳入担当)を務めるマルホトラ氏が就任しており、2代連続で総裁が官僚出身者となるなど政府との政策協調を重視する姿勢が採られた(注4)。こうした背景には、上述のように足下の景気にブレーキが掛かる動きがみられるなか、モディ政権として早期の景気回復を実現すべくRBIによる利下げ実施を促したいとの思惑がうかがえる。また、昨年末以降は政策委員の陣容が大きく入れ替わる動きがみられることから、金融市場においてはRBIが早晩利下げに追い込まれるとの見方が強まってきた。こうした状況に加え、国際金融市場においては米トランプ政権の通商政策を巡る不透明感を理由に米ドル高が意識されており、ルピー相場は調整の動きを強めるとともに最安値を更新する事態に直面している。

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他方、昨年後半のインフレ再燃を促す一因となった生鮮品を中心とする食料品価格を巡っては、昨年末にかけては落ち着きを取り戻す兆しがみられるものの、依然として多くが前年を上回る水準で推移するなど沈静化にほど遠い状況が続いている。また、主食のコメをはじめとする穀物を巡っても、一昨年には不作を理由に世界最大のコメ輸出国である同国が禁輸に動くなど自国中心主義に舵を切ったことでアジア新興国に影響が伝播する事態を招いたが、昨年は作柄が改善したことを受けて輸出を解禁するなど対応を変化させている。こうした状況ながら、足下のコメをはじめとする穀物の卸売物価は高止まりするなど食料インフレの懸念がくすぶる状況は変わっていない。さらに、上述のように足下のルピー相場は調整の動きを強めるなど輸入インフレが懸念される状況に直面している。なお、RBIは2022年末以降、国際金融市場におけるルピー安圧力に対抗して断続的にルピー買い(米ドル売り)の為替介入を行っている模様であり、そうした対応に対してIMF(国際通貨基金)が『注文を付ける』動きをみせた(注5)。その後もRBIは断続的に為替介入を実施している模様であり、昨年末にかけてルピー安の動きが加速した背後で外貨準備高は大幅に減少する動きが確認されている。とはいえ、外貨準備高の水準は国際金融市場の動揺への耐性は充分と試算されることに鑑みれば、現時点においてリスクが懸念される状況にはないと捉えられる。

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こうした状況に加え、モディ政権が今月初めに公表した来年度(2025-26年度)予算案において農業生産支援のほか、補助金拡充を通じて食料インフレの鎮静化に向けた策が盛り込まれたことも(注6)、RBIが利下げを決断する一助になったと考えられる。なお、会合後に公表した声明文では、今回の決定は「全会一致」であったとしている。その上で、世界経済について「拡大の動きが続くも勢いを欠く推移をみせる」とした上で、「米ドル高は新興国通貨の重石となるとともに、金融市場のボラティリティを高めている」との認識を示している。一方、同国経済について「今年度(2024-25年度)の経済成長率は+6.4%になる」とした上で、先行きは「減税による家計消費の下支えや公共投資の進捗が景気を押し上げる」として「来年度の経済成長率は+6.7%に加速し、リスクは均衡している」との見方を示している。また、物価についても「供給サイドでのショックが無ければ大幅な鈍化が見込まれ、コアインフレの上昇も緩やかなものに留まる」としつつ、「国際金融市場を巡る不確実性やエネルギー価格の動き、異常気象が上方リスクを招く」ものの「今年度のインフレ率は+4.8%、来年度は4.2%になり、リスクは均衡している」として昨年12月時点(今年度+4.5%、来年度+4.3%)から今年度を上方修正する一方で来年度を下方修正している。その上で、今回の決定について「景気と物価を巡る動きは、物価目標の実現に重点を置きつつ成長支援に向けた政策余地が生まれたことに対応したもの」とした上で、先行きの政策運営について「景気と物価を巡る様々なリスクを注視しつつ、柔軟に対応することが可能になる」との見方を示している。なお、先月末に政府が公表した最新の経済見通しでは来年度の経済成長率を+6.3~6.8%としており、RBIの見通しは幾分楽観に傾いていると捉えられる。

また、会合後に記者会見に臨んだマルホトラ総裁は、物価目標を巡って「柔軟な枠組が経済に良い影響をもたらす」、「洗練された枠組構築に努める」とした上で、物価見通しを巡っても「より頑健なモデルを構築する」との考えを示すなど、ダス前総裁がインフレを目標の中央値(4%)に収めるとの強い意志を示していたのとは対照的である。そして、同国経済については「堅牢であり、世界的な逆風への免疫を備えている」とした上で、「インフレは来年度にかけて頭打ちの動きを強め、それに伴って景気回復が進み、景気下支えに向けた政策余地も拡大する」、「金融政策もマクロ経済環境に柔軟に対応する」と述べるなど、景気下支えを重視する考えをみせている。なお、対外収支についても「堅牢である」とした上で、為替政策も「一貫しており、秩序の維持が目的」とする一方で「我々の介入はボラティリティの円滑化を目的としており、特定の水準や変動幅を意図しているものではない」との考えを示した。よって、先行きの政策運営を巡っては、これまでに比べて物価抑制以上に景気下支えを重視する姿勢が強まることが予想される一方、ルピー相場については調整の動きが強まるなど新たなリスク要因となる可能性に留意する必要があろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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