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南欧の金利上昇と政治リスク

~2023年は南欧の選挙イヤー~

田中 理

要旨
  • ECBによる資産買い入れ終了と利上げ開始が近づくなか、欧州の国債利回りが大幅に上昇している。なかでも財政基盤が脆弱な南欧諸国の利回り上昇が顕著で、ドイツ国債との利回り格差はコロナ第一波の金利急騰時以来の水準に拡大している。2023年はギリシャ、イタリア、スペインで総選挙が予定され、何れの国も極端な政策を主張する政党の連立政権入りや政権奪取が不安視される。EUに懐疑的な政権が誕生すれば、復興基金の追加拠出やウクライナ危機対応の財政支援の枠組みから除外される恐れもある。すぐさま債務の持続可能性が疑われる状況にはないが、金融緩和や政治安定に支えられてきた南欧の国債市場を取り巻く環境変化に注意が必要となる。

ECBによる資産買い入れ終了と利上げ開始が近づくなか、欧州の国債利回りに急激な上昇圧力が及んでいる。3年余りにわたってマイナス圏で推移してきたドイツの10年物国債利回りは、3月にプラス圏に浮上した後に一段と上昇が加速し、2014年以来の1%前後に達している(図表1)。これまで大規模な金融緩和、欧州復興基金による部分的な債務共有化、各国の政治安定に支えられてきた南欧国債の利回り上昇はさらに顕著で、スペインとポルトガルが2%前後に、イタリアが3%前後に、ギリシャが3%を超えて推移している(図表2)。ユーロ圏の安全資産と位置付けられるドイツとの利回りスプレッドは、スペインとポルトガルで100bp前後、イタリアが200bp前後、ギリシャが200bp超と何れもコロナ第一波の金利急騰時以来の水準に拡大している(図表3)。投資不適格級の信用格付けを持つギリシャ国債は、現在もECBの資産買い入れの対象から除外されているが、コロナ危機対応の特例として、パンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の対象に加えられた。3月末のPEPP終了後も、満期を迎えた保有国債の再投資時にギリシャ国債を重点的に買う方針が示され、ギリシャとイタリアの利回りスプレッドは50bp前後まで縮小している。

コロナ禍克服による経済活動や人の移動の再開は、観光やその周辺産業への依存度が高い南欧諸国にとって追い風となるが、資源・食料価格の高騰による家計購買力の目減りや企業収益の圧迫が景気回復の足枷となろう。政策正常化による金融環境の引き締まりも、景気にブレーキを掛ける。国際商品市況の高騰は、ロシア産化石燃料にエネルギー供給を依存していない多くの南欧諸国も直撃する。各国は物価高騰による打撃を軽減するための政策対応や脱ロシア依存を加速させるための気候変動対策の強化を打ち出しているが、政治情勢を巡る不透明感と相俟って、財政基盤が弱い南欧諸国の追加対応能力には不安も残る。南欧で反緊縮を掲げる政権やEUに懐疑的な政権が誕生する場合、コロナ危機からの復興資金を加盟国に提供する欧州復興基金の追加拠出が危ぶまれたり、ウクライナ危機やエネルギー供給の脱ロシア依存に向けた財政支援の枠組みから除外される恐れがある。金利上昇により、すぐさま債務の持続可能性が疑われる状況にはないが、大規模金融緩和や政治安定に支えられてきた南欧の国債市場を取り巻く環境変化に注意が必要となる。

(図表1)ドイツの10年物国債利回り
(図表1)ドイツの10年物国債利回り

(図表2)ユーロ圏周辺国の10年物国債利回り
(図表2)ユーロ圏周辺国の10年物国債利回り

(図表3)ユーロ圏周辺国の対独スプレッド
(図表3)ユーロ圏周辺国の対独スプレッド

ポルトガルではコスタ首相が率いる中道左派・社会党(PS)が非多数派政権を率いてきたが、政権に閣外協力してきた左派ブロック(BE)と共産党(PCP)が2022年度予算案の受け入れを拒否した結果、1月末に前倒しの議会選挙が行われた。接戦が予想された選挙は、最大野党の中道右派・社会民主党(PSD)の票が伸び悩んだうえ、予算案を拒否した2政党の無責任な姿勢が有権者から糾弾された結果、社会党が予想外に議会の過半数を確保することに成功し、ポルトガルの政治不安はひとまず解消された(図表4)。議会任期満了の場合、次の選挙は2026年秋まで行われない。欧州債務危機時にEUとIMFの支援下に入ったポルトガルでは、ギリシャのような緊縮に抗議する大規模デモも発生せず、ポピュリスト政党が大きな支持を集めることもなかった。だが、今回の選挙では右派ポピュリスト・シェーガ(Chega)が第三党に躍進したほか、選挙後の世論調査で小政党が軒並み支持を高めており、二大政党を中心とした安定政治が徐々に崩れてきている。

(図表4)ポルトガル議会選挙の結果
(図表4)ポルトガル議会選挙の結果

残る南欧3ヵ国は何れも2023年中に議会選挙を控えている。このうち、2023年8月の議会任期満了までに選挙が予定されるギリシャでは、ミツォタキス首相が率いる中道右派の現与党・新民主主義(ND)が30%台半ばで安定したリードを保っているものの、選挙制度改正の影響もあり、単独での過半数獲得が不透明な状況にある(図表5)。ギリシャでは近年、複数回にわたって選挙制度が改正されているが、3分の2以上の賛成多数で関連法案が可決されない場合、新制度が適用されるのは“次の次の選挙”からとなる。欧州債務危機時に反緊縮を掲げて誕生した急進左派連合(シリザ)政権は、2016年の選挙制度改正で、従来のボーナス議席つき比例代表制(3%以上の票を獲得した政党に250議席を比例配分し、第1党に50議席を上乗せする)から、単純比例代表制(3%以上の票を獲得した政党に300議席を比例配分する)に変更したが、3分の2以上の賛成多数に届かなかったため、2019年の前回選挙では従来のボーナス議席つき比例代表制の下で選挙が行われた。そのボーナス議席に助けられて2019年の選挙で政権を奪取したND政権は、2020年にボーナス議席つき小選挙区・比例代表併用制の選挙制度に再変更したが、こちらも3分の2以上の賛成多数に届かなかったため、2023年の次回選挙は単純比例代表制で行われる。最近の世論調査では、NDが4割弱、シリザが3割弱、かつての政権与党で中道左派の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が2割弱の議席を獲得し、それ以外の1割強の議席を極右や極左勢力が分け合うことが予想される。こうした予想議席の下で考えられる次期政権の枠組みは、①NDとPASOKによる中道右派・中道左派連立、②シリザとPASOKによる左派連立、③極右が閣外協力するNDの非多数派政権がある。②の場合も、シリザが2015年の政権奪取時のような極端な政策を主張する可能性は低く、③の場合も、極右政党の影響力は限られるとみられるが、財政状況やEUとの関係悪化が意識されよう。

(図表5)ギリシャ主要政党の支持率
(図表5)ギリシャ主要政党の支持率

2023年12月までに上下両院の総選挙が予定されるスペインでは、サンチェス首相が率いる中道左派の現与党・社会労働党(PSOE)、かつての政権与党で中道右派の国民党(PP)が、各種の世論調査で25%の支持を集め、第一党の座を争っている。一部の調査では、EUに懐疑的な極右政党・ボックス(VOX)が20%以上の支持を集めている(図表6)。社会労働党と反緊縮を掲げる左派政党・ポデモス連合が連立を組む現政権は、議会の過半数を確保できず、独立問題を抱えるカタルーニャやバスクの複数の地域政党が閣外協力する不安定な政権運営を余儀なくされている。次の議会選挙後も社会労働党が政権を率いるためには、これまで同様に地域政党の閣外協力が不可欠な状況にある。スペインでは最近、サンチェス首相やロブレス国防相などのスマートフォンがスパイウェア「ペガサス」を使ってハッキングされていたことが発覚し、大問題となっている。政府は具体名を明かさずに外部勢力によるハッキングの可能性を示唆しているが、これとは別に政府の情報機関・国家情報局(CNI)がカタルーニャの州首相など数十名の自治政府関係者をペガサスで監視していることをデジタル人権団体が告発し、サンチェス政権とカタルーニャ州自治政府や閣外協力する地域政党との関係悪化が懸念された。カタルーニャの独立問題に厳しく対処した国民党政権と異なり、社会労働党政権は自治政府との対話を重視してきた。政府は5月9日にCNIの長官を更迭し、カタルーニャ側に配慮した形だが、自治政府関係者の監視目的などは明らかにしていない。国民党が政権を奪還する場合、ボックスと連立を組む可能性が高い。今年2月に行われたカスティーリャ・レオン州の議会選挙では、国民党が単独での政権発足ができず、ボックスが結党以来初の連立政権に加わった。

(図表6)スペイン主要政党の支持率
(図表6)スペイン主要政党の支持率

非政治家のドラギ首相が挙国一致内閣を率いるイタリアでは、議会任期満了から70日以内の2023年6月までに上下両院の総選挙が行われる。2018年の前回選挙で反エスタブリッシュメントの左派政党・五つ星運動と反移民を掲げる右派政党・同盟のポピュリスト2党による連立政権が誕生した後、同盟の連立離脱と中道左派・民主党との連立組み換えなどを経て、2021年2月にECBのドラギ前首相を首班とするテクノクラート政権が誕生した。今年1月末の大統領選挙では、ドラギ首相の大統領就任とそれをきっかけとした政権崩壊も不安視されたが、再登板を否定していたマッタレッラ大統領の続投とドラギ政権の存続が決まった。束の間の政治安定を謳歌したが、次期総選挙後は右派ポピュリスト政権の誕生が有力視されている。各種の世論調査では、主要政党で唯一ドラギ政権の誕生を支持しなかった右派ポピュリスト政党・イタリアの同胞が20%台前半でリードする(図表7)。中道左派の民主党が僅差で追うが、五つ星運動や少数政党と左派会派を結成する場合も、政権発足に必要な上下両院での過半数獲得に届くかは微妙なところだ(図表8)。新たなテクノクラート政権発足などの政局展開がない限り、イタリアの同胞、同盟、ベルルスコーニ元首相が率いる中道右派のフォルツァ・イタリアを中心とした右派連立政権が誕生する可能性が高い。

(図表7)イタリア議会選挙の世論調査と現在の議会構成
(図表7)イタリア議会選挙の世論調査と現在の議会構成

(図表8)イタリア議会選挙の世論調査(会派別の合計)
(図表8)イタリア議会選挙の世論調査(会派別の合計)

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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