韓国中銀、政策委員の間で見解割れも、当面は様子見姿勢が続くであろう

~総選挙を巡って直近の世論調査は与野党の支持率が拮抗、その行方に注目する必要がある~

西濵 徹

要旨
  • 韓国銀行は21日の定例会合で政策金利を9会合連続で3.50%に据え置いた。同国ではインフレが一時14年ぶりの水準に昂進し、中銀は累計300bpもの断続利上げに追い込まれた。しかし、昨年以降はインフレが鈍化する一方、不動産市況の低迷は過剰債務を抱える家計部門の足かせとなる状況が続く。足下の景気は輸出をけん引役に堅調に推移するも、内需の弱さはコアインフレが鈍化する一因となっている。
  • インフレ鈍化を受けて中銀は昨年2月以降様子見姿勢を維持しており、今回も同様の対応をみせる。政策委員の間には利下げの可能性を模索する向きがある一方、大半は利下げ実施を時期尚早とみている模様である。早期の利下げが不動産市況やウォン相場に与え得る影響に加え、中銀の李総裁が足下の景気を潜在成長率並みとみていることを勘案すれば、しばらくは現行スタンスを維持する可能性は高いであろう。
  • 4月の総選挙が近付くなかで政治の季節は佳境を迎えている。与野党の離党組による「第3極」を目指した合流劇の選挙戦への影響が注目されたが、10日余りで瓦解するなど政党乱立状態となっている。他方、直近の世論調査では、大統領夫人を巡るスキャンダルにも拘らず与野党の支持率が拮抗するなど激戦は必至とみられる。政権運営の在り様にも影響を与えるなど総選挙の結果に注目する必要があるとみられる。

韓国銀行(中銀)は21日に開催した定例会合において、政策金利を9会合連続で3.50%に据え置いている。同国ではコロナ禍からの景気回復に加え、商品高と米ドル高も重なりインフレが一時14年ぶりの高水準となるとともに、不動産市況も急騰してバブルが懸念されたため、中銀は物価と為替の安定を目的に一昨年後半以降に累計300bpもの断続利上げに動いた。しかし、一昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡してインフレは頭打ちの動きを強めるも、依然として中銀目標を上回る推移が続いているほか、足下ではエルニーニョ現象など異常気象を理由とする食料インフレがくすぶる状況に直面している。他方、韓国は家計債務の水準がアジア太平洋地域でも相対的に大きく、その大宗を住宅ローンが占めるなか、中銀の大幅利上げにより不動産市況は頭打ちしており、家計部門は債務負担の増大やバランスシート調整圧力に晒されている。さらに、同国はアジア新興国のなかでも経済構造面で外需依存度が相対的に高い上、財、サービスの両面で中国向け輸出の割合が高いなど中国経済への依存度も高く、中国経済の減速の動きが景気の足を引っ張る度合いが比較的高い。こうした状況ながら、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+2.55%とプラス成長で推移しており、主力の輸出財である半導体など電子部品関連の輸出の堅調さやこうした動きを追い風にした関連分野における設備投資の底堅さが景気を下支えする展開が続く(注1)。しかし、インフレ鈍化による実質購買力の向上にも拘らず、上述のように家計部門は債務負担の増大などに晒されるなかで家計消費は力強さを欠く推移をみせるほか、金利負担の増大を受けて不動産投資も弱含むなど内需を取り巻く環境は厳しい状況が続く。このように内需の力強さを反映して足下のコアインフレ率は依然中銀目標を上回るも頭打ちの動きを強めるなど、インフレ鈍化を促す動きに繋がっている。

図表1
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こうしたなか、中銀は昨年2月に1年半に及んだ利上げ局面を休止させるとともに、その後は引き締めスタンスを維持しつつ様子見を図る姿勢をみせており、今回の定例会合においてもそうしたスタンスを維持した格好である。会合後に公表した声明文では、世界経済について「減速基調が続いているが、これまでの想定に比べて良好なものになると見込まれる」としつつ、先行きについて「世界的な原油価格と物価動向、主要国の金融政策とその影響、地政学リスクによる世界経済や国際金融市場の動向の影響を受ける」との見方を示している。他方、同国経済については「主に輸出をけん引役に緩やかな改善が続いている」としつつ、先行きは「輸出拡大の動きが改善を促して今年通年の経済成長率は+2.1%(昨年11月時点は+2.1%)になる」と従来見通しを維持する一方、「主要国の金融政策や不動産投資の動向を巡る不透明感は高い」との認識を示している。また、物価動向については「鈍化傾向が続いている」とし、先行きは「食料インフレを受けて一時的に上昇するも、その後は再び緩やかに低下する」とした上で「今年通年のインフレ率は+2.6%(昨年11月時点は+2.6%)、コアインフレ率は+2.2%(同+2.3%)になる」として家計消費の弱さがコアインフレの足を引っ張るとしつつ、「地政学リスクや原油価格、農作物価格、国内外の景気動向の影響を受ける」との見方を示している。金融市場を取り巻く状況については「米FRBの利下げ観測の後退を受けて長期金利が上昇してウォン相場は調整した」とした上で、「家計債務は引き続き拡大が続いているが、不動産市況の低迷の動きがリスクとなる可能性はくすぶる」との認識を示す。そして、先行きの政策運営について「金融市場の安定に留意しつつ、景気安定と中期的な観点での物価安定を目指す」との従来からの姿勢を示した上で、「不確実性が高いなかで、インフレが目標に収束すると自信が持てるまで十分長期に亘って抑制的なスタンスを維持する」としつつ「物価の鈍化、金融市場や景気を巡るリスク、家計債務、主要国の金融政策、地政学リスクを注視する」と従来の姿勢を維持している。会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は、今回の決定も「全会一致であった」としつつ「5人の政策委員は向こう6ヶ月政策金利を現行水準で維持すべきとする一方、1人は向こう3ヶ月以内の利下げの可能性に留意すべきと発言した」とした上で、「年前半の利下げの可能性は高くなく、委員の大半は時期尚早との見方を示している」と述べた。その上で、足下の景気動向について「家計消費は想定を下回り、輸出改善の動きを相殺している」としつつ、「早過ぎる利下げが不動産市況に招くリスクを警戒している」との考えをみせる。そして、「世界的な金融政策の動きに乖離が広がっている」としつつ、同国経済について「潜在成長率は2%程度とみている」と述べるなど足下の景気が潜在成長率並みであるとの認識を示したとみられ、しばらくは現行姿勢を維持する可能性が高いと見込まれる。

図表2
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図表3
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図表4
図表4

同国では4月10日に尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にとっての実質的な『中間評価』となる総選挙の実施が予定されており、残すところ1ヶ月半程度となるなかで政治の季節は佳境を迎えている。世論調査においては、一貫して革新(左派)系野党である「共に民主党」の支持率が保守(右派)系与党の「国民の力」を上回る展開が続いている一方、無党派層が拡大する動きがみられるなかでこうした層の取り込みを目指して与野党双方の元代表が『第3極』となる新党(改革新党)を立ち上げる動きがみられた。しかし、第3極を目指した改革新党は結成から10日余りで党内の主導権争いを理由に分裂しており、元保守系の「改革新党」と元革新系の「新しい未来」と主要政党が乱立する状況となっている上、直近の世論調査においては共に民主党と国民の力の支持率がほぼ並ぶなど、選挙戦は激戦の様相を強める可能性が高まっている。尹政権を巡っては、国民の間で政権運営に対する『強権的』との印象が強まるとともに経済政策の『無策ぶり』を批判する向きがある上、このところは大統領夫人(金建希(キム・ゴンヒ)氏)に関するスキャンダル疑惑が支持率の足を引っ張る向きがみられた。昨年末以降は金氏が牧師から高級ブランドのバッグを受領したとみられる動画がネットメディアで公表されたことをきっかけに批判が強まる動きがみられる一方、公表した左派メディアを巡って『政治工作』との見方が示されるなかで与野党が批判合戦を展開する状況となっている。他方、直近の世論調査において主要与野党の支持率が拮抗する動きが確認されていることは、野党が尹氏や金氏に対する批判を強めているにも拘らず必ずしも党勢拡大に繋がっていない実情をうかがわせる。現時点において選挙結果は見通しが立たないものの、仮に与党が善戦、勝利することになれば、尹政権にとって後半の政権運営を取り巻く状況は大きく好転することが予想されるだけに、その行方を注視する必要があると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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