オーストラリアにインフレ再燃の兆し、中銀は動くに動けない状況が続く

~豪ドルの対米ドル相場は動意に乏しく、日本円に対しては米ドル/日本円相場の動向に揺さぶられよう~

西濵 徹

要旨
  • オーストラリアでは過去2年以上インフレが中銀目標を上回る推移が続く。中銀は不動産バブル懸念やインフレに対応して累計425bpもの利上げに動いたが、足下の景気は内・外需双方で力強さを欠き頭打ちの動きを強めている。よって、金融市場では中銀が早晩利下げに動くとの見方が広がる一方、中銀は今月の定例会合でも市場の利下げ観測を諫める姿勢をみせる。さらに、足下の雇用環境は堅調さがうかがえるなか、2月のインフレ率は前年比+3.4%と横這いで推移する一方、コアインフレ率は同+3.9%とわずかに伸びが加速している。サービス物価は下落が続く一方、財価格は貿易財、非貿易財問わず上昇するなどインフレ圧力がくすぶる。中銀はしばらく現行のスタンスを維持する可能性が高く、豪ドルの対米ドル相場は動意の乏しい展開が続く一方、日本円に対しては米ドル/日本円相場の行方に左右されると予想される。

オーストラリアでは、過去2年以上に亘ってインフレが中銀(準備銀行)の定める目標を上回る推移が続いている。ここ数年の中銀を巡っては、コロナ禍対応を目的に異例の金融緩和に舵を切るも、その後はコロナ禍一巡による景気回復やそうした動きを追い風にした不動産市況の急騰に加え、商品高と米ドル高も重なりインフレが上振れする事態に直面したため、一昨年半ば以降は累計425bpもの断続利上げを余儀なくされた。なお、インフレは一昨年末にかけて33年ぶりの高水準となるも、その後は商品高と米ドル高の動きが一巡したことを受けて一転して頭打ちの動きを強めており、足下では2年ぶりの低水準に鈍化するなど落ち着きを取り戻しつつある。ただし、物価高と金利高の共存が長期化したことに加え、最大の輸出相手である中国景気に不透明感が高まっていることも重なり、足下の景気は内・外需ともに勢いを欠くなかで頭打ちの様相を強める動きをみせている(注1)。こうしたことから、金融市場においては中銀が景気下支えに向けて遅かれ早かれ金融引き締めからの転換に舵を切らざるを得なくなるとの見方が広がっているが、中銀は今月の定例会合でも政策金利を3会合連続で4.35%に据え置く決定を行っている(注2)。なお、中銀は前月の定例会合では追加利上げを排除しないとの考えを示すなど『タカ派』姿勢をみせていたものの(注3)、今月はこうした姿勢が外れたことを受けて金融市場にはいよいよ中銀が『ハト派』に傾いたとの見方もある。しかし、中銀による利上げ実施を受けて不動産市況は一旦調整したものの、足下では金利高に伴う供給減の一方で国境再開による移民底入れを受けた需要増により需給がひっ迫して再び上昇する動きがみられる。こうした不動産価格の上昇を反映して大都市部を中心に家賃は上昇の動きを強めるなど、インフレに繋がる動きも確認されている。よって、中銀は足下の景気が頭打ちの動きを強めているにも拘らず、インフレ圧力に繋がる動きが確認されるなかで利下げに動くことも出来ないなど難しい状況に直面していると捉えられる。さらに、昨年末以降の雇用環境を巡っては、それまで回復の動きをけん引してきた大都市部を中心に頭打ちするなど変調の兆しがうかがわれたものの、今月発表された先月の失業率は3.7%と5ヶ月ぶりの低水準になるとともに、雇用形態を問わず改善していることに加え、大都市部のみならず幅広い地域で雇用を取り巻く環境の堅調さがうかがわれるなど、労働需給のひっ迫が意識される動きが確認されている(注4)。こうした動きもインフレ圧力に繋がると見込まれるなか、2月のインフレ率は前年同月比+3.4%と3ヶ月連続の横這いで推移しているものの、前月比は+0.16%と前月(同▲0.33%)から2ヶ月ぶりの上昇に転じており、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。中銀が注目する物価変動が大きい項目と旅行を除いたベースでは前年同月比+3.9%と前月(同+4.1%)から伸びが鈍化している一方、コアインフレ率であるトリム平均値ベースでは同+3.9%と前月(同+3.8%)からわずかに伸びが加速するなどインフレが再燃する兆しがうかがえる。サービス物価は2ヶ月連続で下振れする動きが確認されるものの、消費財を中心に物価上昇圧力が強まり、非貿易財、貿易財双方で物価が上昇するなど幅広くインフレ圧力が強まる動きがみられる。こうした状況を勘案すれば、中銀は今月の定例会合で金融市場における利下げ観測をけん制する動きをみせたことも重なり、インフレ圧力がくすぶるなかで利下げに動くことは難しく、結果的に現行の政策スタンスを維持せざるを得ない展開が続くと予想される。結果、豪ドルの対米ドル相場は動意の乏しい展開となることは避けられない一方、日本円に対しては米ドル/日本円相場の動きに揺さぶられる展開が続くものと考えられる。

図1 雇用環境の推移
図1 雇用環境の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

図3 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図3 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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