オーストラリアの景気は一段と頭打ちも、中銀は政策運営で「八方塞がり」状態

~市場は中銀の利下げ期待を高めようが「空振り」の可能性、豪ドル相場は方向感の乏しい展開を予想~

西濵 徹

要旨
  • オーストラリアでは過去2年以上インフレ率が中銀目標を上回る推移が続く。中銀は累計425bpもの利上げを実施したほか、商品高や米ドル高の一巡を受けて一昨年末以降のインフレは頭打ちしている。足下のインフレは2年ぶりの低水準となるも、中銀は先月の定例会合でも追加利上げに含みを持たせるなど慎重姿勢を維持している。これは中銀がインフレ抑制を重視していることに加え、足下の不動産市況が再び上昇の動きを強めていることが影響しているとみられ、政策運営を巡って難しい舵取りを迫られる状況が続く。
  • 他方、物価高と金利高の共存に加え、中国の景気減速懸念も重なり景気は頭打ちの動きを強めており、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+0.96%と一段と頭打ちしている。内・外需ともに力強さを欠いている様子が確認されており、景気の実態は数字以上に厳しい様子がうかがえる。分野ごとの生産動向も幅広く下振れする動きが確認されている。昨年通年の経済成長率は+2.0%と一段と伸びが鈍化している。
  • 景気の頭打ちが確認されたことを受けて、金融市場では中銀による利下げ期待が高まると予想される。しかし、商品市況の底打ちを反映して交易条件指数は底打ちしており、政府は7月から所得減税の拡充に動くなど景気下支えに繋がる動きがみられる。中銀の慎重姿勢を勘案すれば市場の利下げ期待が「空振り」に終わる可能性はあり、当面の豪ドル相場は上にも下にも方向感の乏しい展開が続くと予想される。

オーストラリアでは、過去2年以上に亘ってインフレ率が中銀(準備銀行)の定めるインフレ目標を上回る推移が続く。中銀はコロナ禍対応を目的に異例の金融緩和に動く一方、その後のコロナ禍一巡による景気回復を追い風に不動産市況は急騰してバブル化が懸念されたほか、商品高と米ドル高を受けた通貨豪ドル安による輸入インフレも重なりインフレは大きく上振れした。こうした事態を受けて、中銀は段階的に金融緩和の正常化を進めるとともに、一昨年5月以降には累計425bpもの利上げに動いており、商品高や米ドル高が一巡したことも重なり、インフレは一昨年末を境に頭打ちに転じている。昨年10-12月のインフレ率は前年同期比+4.05%と丸2年ぶりの水準に、コアインフレ率と見做されるトリム平均値ベースのインフレ率も同+4.2%と2年弱ぶりの水準に鈍化するなどともに頭打ちの動きを強めているが、依然中銀目標(2~3%)を上回る推移が続いている。単月ベースでも1月のインフレ率は前年同月比+3.4%と前月(同+3.4%)から横這いで推移するなど頭打ちの流れに一服感が出ているものの2年ぶりの低水準となっているほか、トリム平均値ベースでは+3.8%、物価変動の大きい項目と旅行を除いたベースでも同+4.1%とともに伸びは鈍化しているものの、いずれも中銀目標を上回る水準が続く。ただし、物価高と金利高の共存状態が長期化して景気の足を引っ張るほか、最大の輸出相手である中国経済の減速懸念も景気の重石となる懸念が高まっている。こうした状況ではあるものの、中銀は先月の定例会合においても政策金利を2会合連続で4.35%に据え置く決定を行うとともに、先行きの政策運営を巡って追加利上げに含みを持たせるとともに、インフレ抑制に向けて引き締め姿勢を堅持する考えを強調している(注1)。中銀がこのように慎重な政策運営を志向する背景には、過去2年以上に亘ってインフレが中銀目標を上回る推移が続いていることを巡って政府や国民の間で中銀に対する責任論が強まり、結果的に昨年にはロウ前総裁が事実上の更迭状態に追い込まれたことが影響していると考えられる(注2)。さらに、一昨年来の中銀による断続利上げを受けて高騰した不動産市況は一旦頭打ちに転じたものの、その後は金融引き締めによる供給減が進む一方で世界的な人の移動が活発化するなかで移民拡大などに伴う需要増を受けて需給がひっ迫化しており、足下では再び上昇の動きを強めている。先月の住宅価格指数も12ヶ月連続で上昇しており、足下ではシドニーやブリスベン、アデレード、パースといった大都市を中心に上昇が続いている上、価格そのものも過去最高水準を更新するなどインフレ要因となる懸念が高まっている。不動産市況の上昇は家計部門にとっては資産効果を通じて景気下支えに繋がるほか、資産の約3分の2を住宅ローンが占める銀行セクターにとっても融資態度の改善を通じて幅広い経済活動を下支えすることが期待される。しかし、不動産価格の高騰はインフレ要因になるとともに、経済格差の拡大を通じて社会不安の増大を招く可能性もあり、中銀にとってはこの動向を睨みつつ政策運営の舵取りを調整する難しい状況に直面している。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

図2 コアロジック住宅価格指数(前月比)の推移
図2 コアロジック住宅価格指数(前月比)の推移

他方、このところのオーストラリア経済を巡っては、物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで家計部門を取り巻く状況は厳しさを増すとともに、企業部門の設備投資意欲も後退するなか、最大の輸出相手である中国経済の変調が外需の足かせとなるなど、内・外需双方に景気の足を引っ張る動きがみられる。こうした状況を反映して昨年の同国景気は徐々に頭打ちの動きを強める展開をみせてきたなか、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+0.96%とプラス成長を維持するも前期(同+1.04%)から一段と拡大ペースは鈍化している上、中期的な基調を示す前年同期比ベースでは+1.5%と丸2年ぶりのペースとなるなど一段と頭打ちの動きを強めている様子が確認された。中国の景気減速懸念に加え、世界経済が頭打ちの動きを強めていることを反映して輸出に財、サービス両面で下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、インフレ鈍化により実質購買力が押し上げられる一方で金利高による債務負担の増大が足かせとなる形で家計消費は力強さを欠く推移が続いている上、不動産投資も鈍化するとともに、企業部門による設備投資需要も頭打ちの動きを強めるなど内需も鈍化している。さらに、前期は年度初めのタイミングが重なり景気下支えに向けた動きを反映して政府消費が押し上げられるとともに、公共投資の進捗の動きも固定資本投資を押し上げたものの、そうした動きに一服感が出ていることも景気の重石となっている。なお、幅広く内需が力強さを欠く動きをみせていることを反映して輸入の減少ペースは輸出を上回っており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+2.59ptと成長率を上回る水準となっている。他方、当期は在庫投資による成長率寄与度が▲1.37ptとマイナス寄与となるなど在庫調整が進んでいる様子がうかがえるものの、景気実態は数字以上に厳しいと捉えることが出来る。分野ごとの生産動向についても、外需の低迷が重石となる形で製造業の生産は弱含む推移が続いているほか、異常気象の頻発も影響して農林漁業関連の生産も低迷が続いている上、金利高による住宅需要の低迷などが足かせとなる形で建設業の生産も頭打ちの動きを強めている。一方、中国との関係改善への期待が下支えする形で鉱業部門の生産は底打ちしているものの、これまで堅調な推移をみせたサービス業の生産は外国人観光客の頭打ちや家計消費の低迷が足かせとなる動きが顕在化するなど、幅広い分野で頭打ちの動きを強めている。なお、同国は7月から始まる年度制を採用しているものの、昨年の暦年ベースの経済成長率は+2.0%と前年(同+3.9%)から一段と伸びが鈍化している。

図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図3 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移
図4 実質GDP成長率(前期比年率)の推移

足下の家計消費を巡っては、小売売上高の動きは堅調な動きをみせているものの、この背景には電気料金や家賃、食料品、医療といった生活必需品に対する支出が物価上昇の動きも重なる形で押し上げられている一方、宿泊や外食、衣料品などといった裁量的支出が減少するなど対照的な動きが確認されており、物価高と金利高の共存が長期化している影響が顕在化しているとみられる。他方、中国経済の減速懸念の高まりを反映した商品市況の調整の動きを反映して昨年半ばにかけて交易条件は下振れする展開が続いたものの、その後は商品市況が底打ちに転じていることを受けて交易条件は再び上昇に転じるなど景気下支えに繋がる動きがみられる。足下の交易条件指数は依然前年同時期に比べて▲7%弱下回る水準に留まるなど景気の足かせとなる状況は続いているものの、仮に商品市況が緩やかにでも底入れの動きを続ければ景気の足を引っ張る度合いは徐々に後退することが期待される。他方、上述のように足下の景気が一段と頭打ちの動きを強めている様子が確認されたことを受けて、金融市場においては中銀による利下げ観測が強まることが見込まれるとともに、そうした見方を反映して豪ドル相場は上値が重い展開となることが予想される。政府は7月から実施予定の所得税減税の対象を拡大させて低所得者層のみならず中間層に広げるなど、生活必需品を中心とするインフレに喘ぐ家計部門を下支えする動きをみせており、先行きの景気を下支えすることが期待される。こうしたなか、中銀のブロック総裁は先月の定例会合後の記者会見で減税に関する質問を受けた際、減税はインフレ動向を巡る重要事項ではないと述べるなど政策運営に無関係であるとの見方を示しており、金融市場における利下げ観測『空振り』に終わる可能性もくすぶる。その意味では、豪ドル相場はしばらく上にも下にも双方で方向感の乏しい展開が続くと見込まれる。

図5 交易条件指数の推移
図5 交易条件指数の推移

図6 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図6 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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