オーストラリア中銀、市場が逸る利下げ期待をけん制も、タカ派姿勢は幾分後退

~中銀は当面現行姿勢を維持も、市場は利下げ観測を強め、豪ドル相場は動意の乏しい展開が続こう~

西濵 徹

要旨
  • オーストラリアでは過去2年以上インフレが中銀目標を上回る推移が続く。中銀は累計425bpの利上げなど金融引き締めに動き、インフレは一時33年ぶりの高水準に昂進するも、足下では頭打ちの動きを強めている。内・外需双方が勢いを欠くなかで足下の景気は頭打ちの動きを強めており、金融市場では利下げ期待が高まっている。ただし、需給ひっ迫を理由に足下の不動産価格は上昇が続くなど新たインフレ要因となる動きがみられる。中銀は物価抑制と景気下支えの間で難しい舵取りを迫られる局面に直面している。
  • 中銀は19日の定例会合で政策金利を3会合連続で4.35%に据え置いている。足下の物価について見通し通り鈍化が進んでいるとの見方を示した上で、2月の前回会合では追加利上げを排除しない考えを示したが、幾分タカ派姿勢を後退させた。他方、同行のブロック総裁は、インフレとの戦いは進展するも終わっていないとの認識を示した上で、利下げ実施には一段のインフレ鈍化の確証が欲しいとの見方を示すなど、市場の利下げ期待をけん制する考えをみせる。中銀は先行きも現行のスタンスを維持すると見込まれる一方、金融市場はタカ派後退による利下げ観測を意識する状況が続くと見込まれ、結果的に豪ドル相場は上下双方に動意の乏しい展開が続くと予想する。

オーストラリアにおいては、過去2年以上に亘ってインフレが中銀(準備銀行)の定める目標を上回る推移が続いている。コロナ禍による景気減速を受けて中銀は異例とも呼べる金融緩和に舵を切ったものの、その後の景気回復や不動産市況の急騰によるバブル化懸念が高まるとともに、商品高と米ドル高を受けた通貨豪ドル安による輸入インフレも重なりインフレが大きく上振れする事態に直面した。よって、中銀は段階的に金融緩和の正常化に動くとともに、一昨年5月以降は段階的に累計425bpもの利上げを実施するなど金融引き締めに舵を切る動きをみせてきた。なお、インフレは一時33年ぶりの水準に昂進したものの、一昨年末以降は商品高や米ドル高の動きが一巡したことを受けてその後は頭打ちの動きを強めており、足下においては2年ぶりの水準に鈍化するなど落ち着きを取り戻しつつある。他方、物価高と金利高の共存状態が長期化したことに加え、最大の輸出相手である中国景気を巡る不透明感も重なり、内・外需ともに力強さを欠く推移をみせるなど足下の景気は頭打ちの様相を強めている(注1)。よって、金融市場においては足下のインフレが鈍化していることも重なり、中銀が景気下支えに向けて金融引き締め姿勢の転換に動くとの見方が広がる兆しが出ている。なお、中銀による金融引き締めを受けてバブル化が懸念された不動産市況は一旦調整の動きを強めたものの、その後は金利高による供給抑制が進む一方、国境再開に伴う移民増を受けた需要拡大により需給がひっ迫しており、足下では上昇の動きが続いている。上述のように足下のインフレは頭打ちしているものの、大都市部を中心とする不動産価格の上昇を反映して家賃の上昇が続いているほか、非貿易財やサービス物価などで上昇圧力がくすぶるなど、インフレが鎮静化していると判断するのは早計と捉えられる。同国においては家計債務がGDP比で100%を上回るなどアジア太平洋地域のなかでも突出しており、不動産市況の上昇は資産効果を通じて景気を下支えするほか、資産の約3分の2を住宅ローンが占める銀行セクターにとっても貸出態度の改善が幅広い経済活動を下支えすることも期待される。一方、上述のように新たなインフレ要因となるほか、経済格差を招くなど新たな社会問題の火種となる懸念もくすぶるなかで中銀は難しい対応を迫られる局面が続いている。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 コアロジック住宅価格指数(前月比)の推移
図 2 コアロジック住宅価格指数(前月比)の推移

こうしたなか、中銀は19日に開催した定例会合において政策金利を3会合連続で4.35%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、足下の物価動向について「最新の見通しに沿う形で鈍化している」としつつ「サービス物価は依然高水準であり、超過需要に伴い投入コストの上昇圧力が強い状況が続いている」との認識を示している。また、これまでの金融引き締めについて「需給バランスを持続可能なものにすることに資する」としつつ、「高インフレが依然として実質所得を圧迫するなかで個人消費は弱く、住宅投資も鈍い」との見方を示している。その上で、「インフレ鈍化に向けた心強い兆候がある一方、景気見通しは依然不透明である」とした上で、インフレ見通しについて「中心的な見通しでは来年に目標レンジに低下して再来年に中央値に収束する」としつつ、「海外ではサービスインフレが続くなかで国内でも同様の事が起こる可能性があるほか、中国景気の行方やウクライナや中東情勢の影響にも不透明感が強い」との見方を示している。そして、先行きの政策運営について「インフレを目標域に戻すことが最優先」との考えをあらためて強調しつつ、「インフレが持続的に目標域に回帰するにはしばらく時間を要する」、「インフレが合理的期間内に目標域に戻す最も確実な金利の道筋は依然不透明であり、如何なる判断も排除しないが、データとリスク次第である」とした上で、「インフレを目標域に戻す断固とした決意は変わらず、この実現に向けて必要なことを行う」と従来の考えを強調した。しかし、2月の前回会合では「利上げを否定できない」と利上げに含みを持たせた状況からタカ派姿勢は幾分後退している様子がうかがえる(注2)。そして、会合後に記者会見に臨んだ同行のブロック総裁は、足下の状況について「インフレとの戦いで進展がみられる」とした上で「足下の経済指標は政策の方向性が正しいことを示唆している」との見方を示しつつ、「見通しに対するリスクはバランスしているが、インフレとの戦いが終わっている訳ではない」とした上で、声明文を巡って「文言の変更は経済指標に対応したもの」との考えを示している。一方、「雇用の動きにも目を配る必要がある」との考えを示した上で、「失業率のみで判断出来ず、足下の労働市場は依然として些かタイトな状況にある」との認識を示している。その上で、「インフレの加速を招かない失業率(NAIRU)は4.0~4.5%程度かもしれないが、不確かだ」として足下の水準が些かタイトな状況にあるとの認識を捕捉している。先行きの政策運営については「上下双方のリスクをみている」としつつ「エネルギー価格の下落は見通しの追い風になる」との見方を示す一方、「利下げの検討にはインフレの一段の鈍化に向けた自信を持つ必要がある」、「政策運営を巡って様々な選択肢を検討する」として、市場が中銀による利下げ実施への期待を高めている状況をけん制したものと捉えられる。こうした状況を勘案すれば、中銀は当面現行の政策スタンスを維持する可能性は高いと見込まれる一方、金融市場ではタカ派姿勢の後退を織り込む向きがくすぶるとみられ、豪ドル相場は引き続き上下双方に方向感に乏しい展開が続くと予想する。

図 3 雇用環境の推移
図 3 雇用環境の推移

図 4 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図 4 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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