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アイルランド首相が突然の辞意表明

~南北アイルランドの第1党が統一派となる可能性~

田中 理

要旨
  • アイルランド首相が突然の辞意表明。来年2月に議会任期満了を控えるなか、次の総選挙に向けた党勢回復を狙った動きとみられる。各種の世論調査では、最大野党のシン・フェイン党がリードしている。このまま政権交代となれば、英国の北アイルランドとともに、南北アイルランドでアイルランド再統一派が政権を率いることになる。

アイルランドのバラッカー首相は20日、所属する中道右派の統一アイルランド党(フィネ・ゲール)の党首と首相を任期途中で辞任することを突如発表した。首相はもはや自身がこの職務を行うのに最適な人物ではないと表明し、「辞任理由は個人的であり、政治的なものでもある」と説明したが、その具体的な内容は明らかにしなかった。4月初旬までに後継党首を選出し、イースター休暇明けの議会で後任首相の信任投票に臨む。後継首相候補として名前が挙がるのは、ハリス高等教育相、マッケンティ司法相、ドナヒュー前財務相など。

アイルランド議会は2025年2月に任期満了を控え、今年秋に前倒しの議会選挙が行われる可能性が取り沙汰されていた。フィネ・ゲールは2020年の前回総選挙から支持を落としており、離党する議員や次の総選挙での出馬を見送る議員が相次いでいた。今月上旬には、政府主導で行われた憲法改正の国民投票が大差で否決された。国民投票で問われたのは、①家族の定義を婚姻に基づく関係から、その他の永続的な関係にも拡大するか否かと、②母親が家庭内の義務を怠って働きに出ることがないように求める努力義務規定を、家族の構成員が互いに助け合う内容に修正するか否か。政府はこれらの規定が時代遅れでジェンダー平等に反するとして改正を目指したが、何れも大差で否決され、政権に対する国民の不信感が改めて浮き彫りとなった。

2020年の前回総選挙では、中道左派系のナショナリズム政党で、アイルランド独立や北アイルランド紛争に参加したアイルランド共和軍(IRA)と関係が深いシン・フェイン党が最多の支持を獲得したが、中道政党・共和党(フィアナ・フォール)、フィネ・ゲール、環境政党・緑の党が連立政権を発足した。連立間の取り決めに基づき、フィアナ・フォールとフィネ・ゲールの党首が交代で首相に就任してきた。2022年12月に首相の座を引き継いだバラッカー氏は、2017~2020年に次ぐ二度目の首相登板となるが、近年は求心力低下に苦しんできた。総選挙を前に党の顔を刷新し、党勢回復を狙った可能性がある。連立与党は6月7日の欧州議会選挙(アイルランド選出議員の投票)と統一地方選でも苦戦が予想されている。突然の首相辞任の背景には、選挙戦敗北後の引責辞任を避けたかったとの見方や、後継党首に党勢立て直しに十分な時間を与えることを意図したとの見方がある。

シン・フェイン党や労働党などの野党勢は、バラッカー氏の首相辞任の意向を受け、即時の総選挙実施を求めている。フィネ・ゲールと連立を組む2党は、後継党首の首相就任を支持する意向を伝えているが、新たな首相に対して議会任期満了までの政権継続を約束するように要求している。各種の世論調査では、連立与党が支持を落とすなか、最大野党のシン・フェイン党がリードを保っている。英国の北アイルランド(アイルランド独立後も英国に残り、英国を構成する4つのカントリーの1つ)でも、2022年5月の議会選挙でカトリック系のシン・フェイン党が同党史上初の第1党となり、プロテスタント系の民主統一党(DUP)の反対で政権が発足できなかったが、今年2月にシン・フェイン党とDUPによる合同自治政府が発足した。このままアイルランドでも政権交代となれば、南北アイルランドの第1党がアイルランド統一を掲げるシン・フェイン党となる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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