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英春季予算は5月総選挙への布石?

~労働党の財政運営余地が狭まる恐れ~

田中 理

要旨
  • 6日に発表された英国の春季予算では、国民保険料率の引き下げ、燃料税凍結、児童手当の所得制限引き上げなどの減税策と、その財源を捻出するための、非居住者への課税強化、エネルギー企業への課税延長などの増税策を組み合わせた。向こう数年間の英国の成長率を0.2~0.3%程度押し上げるが、国民の税負担や経済認識を劇的に変化させるものではない。今のところ秋~冬の総選挙実施と政権交代がメインシナリオ。今回の予算案には政権奪還を狙う野党・労働党が検討する増税措置の一部が盛り込まれた。政権交代後の労働党の財政運営余地が狭まる恐れがある。

英国のハント財務相は6日、春季予算案を発表した。議会任期満了を来年1月に控え、英国では年内の解散・総選挙が迫っているが、各種の世論調査で与党・保守党の支持率は、最大野党・労働党に20ポイント前後の大幅リードを許している。与党内には選挙戦の劣勢を挽回するため、大型減税への待望論もあった。予算案の発表が例年に比べて前倒しされ、移民関連の重要法案審議が近く終了することから、春季予算で大型減税を打ち出し、そのまま5月の統一地方選に合わせて総選挙を行うとの見方も一部で浮上していた。だが、トラス前政権時代に財源の裏付けのない大型減税が金融市場の動揺を招いた経緯もあり、ハント財務相に与えられた財政余地は少なかった。新たな予算措置を盛り込んだ財政収支見通しは、昨年の秋季予算からほとんど変わっていない(図表1)。

図表1
図表1

具体的には、昨年の秋季予算に続き、4月から国民保険料率の雇用者負担分が10%から8%に2ポイント追加で引き下げられるほか、燃料税の課税凍結を1年間延長し、児童手当の所得制限を年5万ポンドから6万ポンドに引き上げるなど、向こう数年間で年平均130億ポンド前後の減税策を盛り込んだ。同時にこれらを賄うため、非居住者への課税強化、エネルギー企業の超過利潤に対する課税措置の延長、電子たばこ(ベイプ)課税の導入、ビジネスクラスの航空運賃や短期の賃貸住宅に対する増税措置などを通じて、2027/28年度までに67億ポンドの財源捻出を見込む。一部で取り沙汰されていた所得税率の引き下げ、相続税の引き下げ、ホスピタリティ産業向けのVAT引き下げなどの導入は見送られた。減税措置が増税措置に先行して導入されるため、短期的には税負担が軽減する。ただ、全体的な税負担は今後も増加を続け、予算責任局(OBR)によれば、2027/28年度の税負担の対GDP比率は第二次世界大戦後で最も高くなることが見込まれる(図表2)。

図表2
図表2

OBRの財政見通しは、昨年の秋季予算時点と比べて高い成長率の前提に基づく。他の主要機関の予測値と比べても高く、楽観的な可能性がある(図表3)。OBRは今回の予算案に盛り込まれた国民保険料率の引き下げと児童手当の所得制限引き上げが労働のインセンティブを高め、労働供給を押し上げると予想する。移民の流入増加による人口の想定上振れ、インフレ率の低下、政策金利の引き下げなどと相俟って、成長率を上方修正した。OBRの試算によれば、今回の減税措置は向こう数年間の英国の実質GDPを0.2~0.3%程度押し上げる(図表4)。国民の税負担や経済認識を劇的に変化させるものではなく、秋から冬にかけての総選挙実施と政権交代が引き続きメインシナリオとなろう。ただ、国民保険料率が引き下げられる4月には、エネルギー料金の上限価格も引き下げられることが決まっている。国民が生活改善を実感するタイミングで5月に総選挙を実施する選択肢も、政府は排除していないと思われる。秋に向けて景気回復やインフレ率の低下が進み、利下げも開始され、国民が生活好転をより実感できると考えれば、総選挙は先送りされよう。この場合、秋季予算で追加減税措置などを発表する余地が出てくる。5月初旬に総選挙を実施するには、3月28日までに議会を解散しなければならない。今後の世論調査などをみて、最終判断を下すとみられる。

図表3
図表3

総選挙後に厳しい経済・財政状況を引き継ぐとみられる労働党にも大きな財政余地は残されていない。福祉拡充と経済成長の促進を目指す労働党は、それに向けて必要な政策の実現に向けた財源捻出に、非居住者への課税強化、エネルギー企業の超過利潤に対する課税措置の延長、私立学校への課税強化を検討していたが、このうち2つは今回の予算案で保守党が前倒しで取り入れた形となる。新たな財源捻出が必要となり、政権交代後の労働党の財政運営余地が狭まる恐れがある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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