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内外経済ウォッチ『欧州~再び没落する英国経済~』(2024年3月号)

田中 理

目次

様々なショックが英国経済を襲う

英国経済の元気がない。設備投資は低迷し、実質賃金は過去十数年ほとんど伸びていない。所得低迷と住宅価格高騰が相俟って、平均的な労働者の住宅取得は困難さを増している。地域間の所得格差も広がっており、農村部や地方都市と、ロンドンとの格差は広がる一方だ。財政赤字の拡大と高齢化の進展で、行政や福祉サービスの維持が難しくなっている。税負担は第二次世界大戦後で最も高い。欧州連合(EU)からの離脱後も英国を目指す移民が後を絶たない。所得低迷、格差拡大、地域経済の疲弊、移民増加などが、2016年の国民投票で英国をEU離脱に突き動かした。

離脱後の英国は、国家主権の回復と引き換えに、EU市場への優先的なアクセスを失った。事業コストの増加を受け、EU向け輸出が伸び悩んでいる。そこに、新型コロナウイルスの感染拡大防止を目指した都市封鎖、ロシアによるウクライナ侵攻後の物価高騰、トラス前首相による大型減税が金融市場の動揺を招くなど、様々なショックが英国を襲ってきた。後を継いだスナク首相は、財政規律を重視する姿勢を示し、金融市場の動揺封じ込めに成功したが、EU再接近や移民規制などを巡って党内の右派勢力との緊張が続いている。目先の選挙対策や党内抗争に明け暮れ、長期的な視点での政策論争がないのが気掛かりだ。

図表1
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次期政権は英国の未来を取り戻せるか?

2024年は史上最大の選挙イヤーとされるが、英国でも総選挙が近づいている。支持率が低迷する与党・保守党は景気回復を待って選挙に臨みたい。議会任期満了を待つと選挙キャンペーンがクリスマス休暇と重なるため、秋から冬にかけての総選挙実施が有力視されている。英国民の間では、2010年以来、14年続く保守党政権下の経済低迷、社会の混乱、政治倫理の欠如に対する不満が広がっている。英国改革党が支持を伸ばしていることも、小選挙区制の下で右派票の分断を招き、野党・労働党を利することになりそうだ。総選挙後の政権交代と労働党政権の誕生が確実視されている。

政権奪還の機会を窺う労働党が掲げる政策は、社会福祉や公的セーフティーネットの充実、住宅建設やインフラ投資の拡大、クリーンエネルギー開発の促進、国民保健サービス(NHS)改革、教育アクセスの改善など、労働党らしさを打ち出しつつ、基幹産業の再国有化などの極端な政策を封印し、財政規律や経済成長を重視する。政策の実効性や政策効果は、より具体的な制度設計を吟味する必要があるが、現実的な政策運営を志向している点は、金融市場の動揺回避につながるものとして評価できる。政権交代後の英国が再没落から抜け出すことができるか、次期政権の政策手腕に注目が集まる。

図表2
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田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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