デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

政治安定国ポルトガルにも極右の影

~極右政党が次期政権のキングメーカーに?~

田中 理

要旨
  • 3月10日のポルトガル総選挙では、中道左派と中道右派の支持が拮抗しており、何れの勢力も単独での政権発足が困難な状況にある。与党・社会党が政権を継続するには、かつて連立の袂を分かった左派政党の協力が必要となる。最大野党・社会民主党を中心とした中道右派会派が政権を奪還するには、台頭著しい極右政党・シェーガの協力が必要となる。シェーガは汚職断絶や不法移民対策の強化を訴え、急速に支持を伸ばしており、次期政権のキングメーカーとなる可能性がある。欧州では近年、移民増加や生活苦を背景に右派系ポピュリスト勢力が息を吹き返している。1970年代まで独裁政権が続いたポルトガルは、長らく極右不毛の地だったが、既に政治的に無視できない勢力となってきた。

欧州債務危機時の債務不安国の1つであったポルトガルは、財政支援下に入った国の中でいち早く経済を立て直すことに成功したほか、政治的にも長らく大規模な抗議デモやポピュリスト政党の脅威から無縁で、政権交代や連立不和による解散・総選挙などはあったが、安定を享受してきた。2015年から政権を率いる中道左派「社会党(PS)」のコスタ首相は、多くの欧州諸国の社会民主主義政党が政治的に厳しい立場に追いやられるなか、安定した政権運営を行い、小国の首相ながら、汎欧州の中道左派会派「社会民主進歩同盟(S&D)」を代表する政治リーダーと目されるようになった。今年6月の欧州議会選挙では一時、同会派の次期欧州委員会委員長の筆頭候補として名前が挙がっていた(同会派はコスタ氏の擁立を断念し、ルクセンブルクのシュミット欧州委員を筆頭候補に選出した)。だが、リチウム開発や水素工場の建設計画を巡る汚職疑惑が浮上し、首相補佐官や環境庁長官などが逮捕された。コスタ首相は自身の関与を否定しているが、犯罪行為の疑いをかけられたまま首相を続けることは出来ないとして、昨年11月に辞任。議会を解散し、3月10日に前倒しの総選挙が行われる。

選挙戦は混戦の様相を呈している。辞任したコスタ首相に代わって、社会党の新たな党首(書記長)に就任したサントス氏は、コスタ政権で主要閣僚を歴任。コスタ路線の踏襲者であることをアピールするとともに、台頭する極右政党「シェーガ」の連立参加を阻止し、ポルトガルの民主主義を守るための投票を有権者に呼び掛けている。世論調査は現与党の社会党と最大野党で中道右派の「社会民主党(PSD)」の支持率が拮抗してきたが、今年1月にPSDが中道右派の「民主社会中道・人民党(CDS-PP)」などと連立会派「民主アライアンス(AD)」を結成し、リードする社会党を猛追している(図)。だが、何れの勢力も過半数獲得は困難な状況にあり、世論調査通りの結果となれば、社会党が政権を続投するには、かつて予算案を巡って連立の袂を分かった左派政党「左翼ブロック(BE)」や共産党系政党「統一民主連合(CDU)」の連立参加や閣外協力が、中道右派会派が政権を奪還するにはシェーガの協力が必要となる。

図表1
図表1

シェーガは大学教員・法律家・PSDの地方議員などを経て、サッカー番組のコメンテーターとして知られるベントゥーラ氏が2019年に結党した極右系ポピュリズム政党で、結党直後の2019年の総選挙では1.3%の得票率にとどまり、ベントゥーラ氏が唯一の当選者だったが、2022年の総選挙で7.3%の得票率で12議席に伸ばし、今回の総選挙では20%近い票を獲得するとみられている。ポルトガル語で「もうたくさんだ」を意味するシェーガは、汚職撲滅、議会定数削減、国境管理の強化、不法移民に対する厳しい法的措置、反イスラム、凶悪犯罪への終身刑適用、所得税率の一本化、福祉削減、小さな政府、EUの国家介入抑制などの政策を掲げる。欧州議会での会派は、フランスの「国民連合(RN)」やスペインの「ボックス(Vox)」などとともに極右会派「アイデンティティーと民主主義(ID)」に所属する。ベントゥーラ氏は好戦的な政治スタイルと舌鋒鋭い発言で知られ、少数民族ロマに対する差別的な発言で罰金を科されたこともある。2021年に大統領選に立候補して敗れたが、12%近い票を獲得した。

選挙戦の争点の1つが、コスタ政権下の8年間で倍増した住宅価格の高騰への対策だ。ポルトガルはコロナ危機の間に在宅勤務に切り替えた高技能労働者を自国に招きいれるため、税制上の優遇措置を強化した。国外所得を課税対象から除外し、高付加価値の専門的な仕事から得た国内所得に対しては一律20%の単一税率を適用。仮想通貨から得たキャピタルゲインに課税していないため、テック系の起業家や仮想通貨の投資家が温暖な気候を求めて集まった。また、欧州債務危機後の投資誘致を目的に、ポルトガルは欧州連合(EU)域外の富裕層に5年間の特別在留資格を付与する「ゴールデンビザ」を導入した。50万ユーロ以上の不動産を購入した外国人が対象で、同国での滞在が義務付けられるのは年間で数日、5年経過後は永住権を申請できる。昨年2月に新規のビザ発給を停止するまで、米国、中国、ブラジル、中東諸国などの外国人に数千件のビザが発給された。ビザ取得者の一部は観光客に貸し出すための投資用物件を購入したとされ、住宅供給不足と相俟って住宅価格の高騰に拍車を掛けている。リスボンやポルトなどポルトガルの主要都市では近年、住宅価格の高騰に反発する大規模な抗議デモが発生している。

最大野党PSDのモンテネグロ党首は、今のところシェーガとの連立を否定している。だが、政権奪還に他の選択肢がない場合、シェーガを連立相手から除外するかは不透明だ。シェーガを率いるベントゥーラ氏は予てより、正式に連立に参加し、副首相のポストが与えられない限り、右派勢力を支持しないと主張してきた。右派の政権奪取にはシェーガの協力が必要となる公算が大きく、ベントゥーラ氏が次期政権のキングメーカーとなることが不安視されている。

欧州では近年、移民の流入増加や物価高騰による生活苦などを背景に、極右政党やナショナリスト政党など右派系ポピュリスト勢力が息を吹き返している。イタリアで2022年秋から「イタリアの同胞」が連立政権を率いているほか、昨年11月のオランダ総選挙では「自由党(PVV)」が第1党となり、政権樹立の機会を窺っている。フィンランド、スウェーデン、エストニアでも近年の総選挙で極右政党が支持を伸ばし、何れも第2党となった。今年秋のオーストリアの総選挙でも「自由党(FPO)」の勝利が有力視されており、秋のドイツの州議会選挙では「ドイツのための選択肢(AfD)」が最多票を獲得することが見込まれている。1970年代まで独裁政権が続いたスペインやポルトガルでは、最近まで極右政党の支持が限定的だったが、近年国民の間で極右アレルギーが薄れている。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ