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2024.01.29
アジア経済
フィリピン経済
フィリピンを二分する懸念が高まっている憲法改正問題とは
~終局的なマルコス氏の狙いは「大統領任期の撤廃」か、マルコス家とドゥテルテ家の亀裂も顕在化~
西濵 徹
- 要旨
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- このところのフィリピンでは憲法改正を巡る議論が活発化する一方、政治的な火種となる懸念が高まっている。現行憲法では資源関連などで外資参入が規制されており、マルコス大統領は改憲による制限緩和により対内直接投資の拡大を通じた経済成長の押し上げを模索する考えを示す。昨年には大統領の意向を受けた議会下院が手続きの簡素化を模索するとともに、今月からは改憲を求める国民発議に向けた署名運動を開始する動きがみられる。他方、議会の形骸化や歯止めのない改憲議論を警戒して議会上院は反発し、マルコス氏の姉のアイミー上院議員のほか、ドゥテルテ前大統領やサラ副大統領も反対する事態となっている。こうしたなか、マルコス氏は「新フィリピン」と称する政治運動を展開し、政治家の任期制限の撤廃に含みを持たせる動きもみられる。改憲問題は同国を二分する論争に発展する可能性が高まっている。
このところのフィリピンでは憲法改正を巡る議論が喧しさを増す動きがみられる一方、新たな政治的な火種となる懸念が高まる事態となっている。1987年に施行された現行憲法においては、すべての天然資源を国有とするとともに天然資源の探査・開発・利用事業を受注可能な企業の外資比率を4割以下としているほか、領海や排他的経済水域(EEZ)の海洋資源を同国民のみが利用・享受すると規定されている。昨年1月に最高裁判所はこの規定を元に2005年に中国とベトナムとの間で合意した南シナ海での共同石油探査に対して「違憲」とする判断を下しており、事実上棚上げされる状態とされている。また、公共事業(送配電、上下水、石油パイプライン、港湾、車両旅客輸送)についても運営企業は国内資本比率が6割以上とする制約が課されているほか、教育やマスメディア、広告分野については国内資本比率が7割以上で役員がすべて同国国籍を有する必要があると規定するなど、こうした分野への外資参入が事実上困難になっている。こうしたなか、先月にマルコス大統領が対内直接投資(FDI)の拡充による経済成長の押し上げを図ることを目指して、改憲への意欲を示したことをきっかけに改憲に向けた議論が大きく前進する動きがみられる。なお、昨年3月に議会下院(代議院)が憲法改正に向けた手続きのひとつである憲法議会の召集に加え、上下両院に同会議の構成や実施細則に関する法律の制定を求める決定を行うも、議会上院(元老院)がこれに応じずこう着状態が続いてきた。議会上院を巡っては、24人の議員のうち大多数がマルコス政権を支える状況にあるものの、上述のように改憲そのものに慎重な姿勢を示してきたことに加え、外資参入については個別法の改正により可能であり憲法改正の必要性はないとの認識を示すなど明確に反対してきた。他方、今月には改憲に向けた手続きを容易にする国民発議に向けた署名運動も開始され、改憲の是非を問う国民投票について現在議会上院と下院による個別投票を求めるも、上下院の合同投票によって実施可能とする内容であり、議会上院は形骸化に繋がるほか、なし崩し的に憲法改正が行われる事態に発展することを警戒して反発を強めている。国民発議については有権者の12%以上の署名を集めることにより国民投票に持ち込むことが可能であるものの、署名集めの背後で買収が疑われる動きがみられることを受けて、議会上院は憲法改正議論そのものに対する反発を強める事態となっている。結果、マルコス氏の姉で現在は上院議員を務めるアイミー氏も国民発議への反対を表明するなど『泥仕合』の様相を呈する可能性が高まっている。さらに、マルコス氏は一昨年の大統領選においてドゥテルテ前大統領の娘であるサラ氏と副大統領候補に据える形で『ドゥテルテ人気』も追い風に当選を果たしたものの、一連の憲法改正を巡ってはサラ氏やドゥテルテ氏が反対を表明するなど『蜜月状態』にあったマルコス家とドゥテルテ家を取り巻く状況が一変する事態となっている。こうしたなか、マルコス大統領は28日に自身の支持者を中心とする政治集会を開催し、「新フィリピン」と称する政治運動の立ち上げを宣言するとともに、改めて外資誘致を目的とする憲法改正を支持する考えを示す一方、政治家(大統領や上下院議員、地方首長など)の任期を巡る規定の改正についても言及したことをきっかけに新たな『波紋』を生む事態となっている。というのも、一連の憲法改正を巡ってマルコス氏はこれまで対内直接投資の活発化を目指す経済分野に限定すべきとの見解を示してきた。他方、現行憲法においてはマルコス氏の父であるマルコス元大統領による長期独裁政権を教訓に大統領任期を1期6年に制限する規定が盛り込まれているが、マルコス氏は仮に制限が緩和されても実態として何も変わらないとの認識を示すとともに、その理由に「市長を退任しても妻や子にポストを引き継いだ上で、副市長として実権を握り続けるような慣例」を挙げるなど、ダバオ市長の座を維持してきたドゥテルテ氏やサラ氏への『当て付け』とも取れる発言を行っている。その一方、ドゥテルテ氏とサラ氏は改憲断念を求める集会を開催するとともに、改憲に反対するアイミー氏もこの集会に参加するなど国論を二分する問題に発展する可能性が高まっている。マルコス氏が立ち上げた「新フィリピン」運動を巡っては、父のマルコス元大統領が唱えた「新社会」運動と語感が似ていることもあり、マルコス氏が今後は憲法改正による大統領任期の延長を通じて独裁化に突き進むことを警戒する向きもみられる。足下の景気は国内・外双方に不透明要因が山積するなか、マルコス政権には何よりコロナ禍で疲弊した経済の立て直しに加え、一昨年以降上振れが続く物価の安定に注力することが望まれるものの、当面は改憲問題が政治の足を引っ張る可能性とともに、その動向を注視する必要があると捉えられる。
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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西濵 徹