トルコはインフレ収束が見通せず、最低賃金大幅引き上げの影響にも懸念

~最低賃金の引き上げ幅は昨年を下回るも、今年も49%とサービス物価の粘着度を招く可能性~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、中銀が先月の定例会合で7会合連続の利上げを決定する一方、早期の利上げ終了を示唆する考えをみせた。昨年の内閣改造人事で誕生したエルカン体制の下で中銀は積極利上げに動くも、実質金利は依然大幅マイナスであり、国民のリラ需要も乏しいなかでリラ安圧力がくすぶる。また、大幅利上げにも拘らずインフレ昂進が続くなか、政府は3月の統一地方選を意識して今年も最低賃金を49%と大幅に引き上げる決定を行うなど、当面のインフレは一段と上振れすると見込まれる。サービス物価の粘着度を勘案すればインフレが中銀想定を上回る事態も考えられるなか、統一地方選が近付くなかでエルドアン大統領の「堪忍袋の緒」が再び切れ、金融市場に動揺が広がる可能性に引き続き留意する必要があると言えよう。

トルコにおいては、中銀は先月の定例会合において7会合連続の利上げに動く一方、利上げ幅を一段と縮小させるとともに、エルカン体制発足以降に舵が切られた利上げ局面を早期に終了させる考えをみせるなど、一連の引き締め政策が終了に近付いていることが示された格好である(注1)。同国では長らく『金利の敵』を自任するエルドアン大統領が圧力を掛ける形で、中銀はインフレに直面しているにも拘らず断続利下げに追い込まれるなど、経済学の定石では考えられない政策運営が採られてきた。しかし、インフレの長期化や通貨リラ相場の低迷により国民生活は厳しさを増すなか、昨年5月の大統領選においてエルドアン氏は予想外の苦戦を強いられたため、選挙後の内閣改造ではシムシェキ財務相やエルカン中銀総裁といった金融市場からの信認回復を意識した人事に動いた。事実、エルカン氏の下で中銀は断続利上げに動くとともに、シムシェキ財務相はリラ相場の実質的な米ドルペッグを目的に導入された保護預金制度(リラ建定期預金を対象に、リラ相場が想定利回りを上回る水準に調整した際に当該損失分をすべて政府が補填する制度)の解除を進めるなど、政策転換に向けて舵を切ってきた。一連の政策転換を受けて主要格付機関はいずれも同国に対する見方を改善させるなど、金融市場からの信認回復に向けた兆しはうかがえるものの、通貨リラを巡っては国際金融市場において米ドル高圧力が後退する動きがみられるにも拘らず、対ドル相場は最安値を更新する展開が続くなど状況は変わっていない。これは中銀が昨年に累計で3400bpもの大幅利上げに動いて政策金利は42.50%と高水準になっているにも拘らず、足下のインフレは昂進する展開が続いて実質金利(政策金利-インフレ率)は大幅マイナスとなる展開が続くなど依然として投資妙味が乏しいことに加え、トルコ国民の間でリラへの信認が失墜しておりリラそのものに対する需要が低下していることも影響していると考えられる。結果、リラ安による輸入インフレ圧力がくすぶる上、大幅利上げにも拘らず実質金利がマイナスで推移するなど景気抑制効果が乏しいほか、ウクライナ戦争を機にロシア人富裕層などが逃避するとともに、資金流入が活発化したことも追い風にインフレが加速する展開が続いている。さらに、政府は昨年にインフレに伴う国民生活への悪影響を緩和すべく最低賃金を55%と大幅に引き上げるなど足下のインフレが高止まりする一因になったものの、今年も最低賃金を49%と大幅に引き上げることを決定しており、先行きも高止まりする可能性が高まっている。なお、中銀は今年5月にインフレがピークを付けた後に頭打ちに転じ、年末時点においては40%を下回る水準に鈍化するとの見通しを示している。しかし、足下ではサービス物価の粘着度が極めて高く、コアインフレ率はインフレ率を大きく上回る水準で推移している上、最低賃金の大幅引き上げも重なり当面は一段と上振れするとともに、収束地点が中銀想定を上回る可能性も高まっている。政府による最低賃金の大幅引き上げ決定は3月末に実施される統一地方選挙を強く意識したものと捉えられ、インフレ鎮静化の見通しが立たない状況が続けばエルドアン大統領の『堪忍袋の緒』が再び切れる事態も懸念されるなど、想定外の事態が再び動揺を招く可能性も頭の片隅に入れておく必要があると見込まれる。

図 1 リラ相場(対ドル)の推移
図 1 リラ相場(対ドル)の推移

図 2 外貨預金及び金預金残高(前月比)の推移
図 2 外貨預金及び金預金残高(前月比)の推移

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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