デジタル国家ウクライナ デジタル国家ウクライナ

移民規制の強化に動く欧州

~極右の真似事では極右を阻止できない~

田中 理

要旨
  • フランスでは移民規制を強化する政府法案に与党議員の約4分の1が反対し、極右政党が賛成に回って可決した。マクロン大統領の議会基盤や求心力が一段と低下した一方、主張が取り込まれる形となった極右が得点を重ねる結果に。11月のオランダ総選挙での極右勝利も同様の構図。主流派政党が極右の主張を取り込み、極右の台頭を阻止しようとしたが、むしろ移民問題が争点化し、より厳格な移民規制の強化を主張する極右に票が流れた。EUは20日、移民規制を強化する規則案で基本合意。来年6月に迫る欧州議会選挙を睨んで決着を急いだが、極右の躍進を阻止できるかは予断を許さない。

フランスが移民規制を強化

フランスの上下両院は19日、移民に対する規制を強化する法律を賛成多数で可決した。同法は年金改革を強行突破で乗り切ったマクロン大統領が次の重要立法と位置付けていたもの。同大統領が旗揚げした中道政党・ルネッサンス(旧共和国前進)を中心とした大統領支持会派(アンサンブル)は2022年の下院(国民議会)選挙で過半数を失い、重要法案の成立に野党の協力を仰ぐか、議会採決を迂回する憲法49条3項の特例措置に頼らざるを得ない厳しい議会運営を強いられている。

11日の国民議会で当初案の審議入りが野党勢の反対で阻止され、政府は共和党を中心に右派系議員の支持取り付けを目指し、外国人への福祉給付の支給要件厳格化など、当初案よりも厳しい修正法案を提出した。かつて二大政党の一角を占めた共和党は近年、党勢凋落に見舞われており、極右からの支持奪還に向けて右傾化が進んでいる。19日の議会審議では修正法案が行き過ぎとして、左派寄りの与党議員の約4分の1が投票を棄権ないし反対票を投じ、ルソー保険相が閣僚を辞任した。同時に、政府が協力を求めた共和党ばかりか、過去2回の大統領選でマクロン氏と対峙したルペン氏の極右政党・国民連合が予想外に賛成に回り、法案は可決された。

「極右と手を組んだ」として政権への批判が強まっているほか、極右思想の排除を目的にマクロン大統領を支持してきた一部の与党議員は離党を示唆している。マクロン大統領の議会基盤や求心力が一段と低下する恐れがある。ルペン氏はこの法律が極右政党にとって「偉大なイデオロギー上の勝利である」と宣言。調査会社Elabeが行った調査によれば、回答者の70%が新法を支持するが、73%が「新法が極右政党の主張にインスパイアされたものだ」と答えている(ロイター通信)。来年6月に欧州議会選挙を控えるなか、移民の流入抑制を求める有権者の声が高まっており、ルペン氏率いる極右政党が支持を集めそうだ。

法案の主な内容は以下の通り。①移民・難民の流入や受け入れ拒否などに関する毎年の議会報告を義務付ける、②外国人が社会福祉の便益を享受するまでの期間を長期化する(非EU圏からの労働者で30ヶ月、労働者以外は5年)、③不法移民に対する公営医療へのアクセスを制限する立法措置、④人手不足の飲食業、建設業、農業などに従事する不法就労者については、例外的に在留許可や就労ビザの申請を認める、⑤フランス生まれの外国人子弟は、自動的にフランス国籍が付与されなくなる(16~18歳時に市民権を申請)、⑥警察官や政府関係者の殺人で有罪判決を受けた二重国籍者のフランス国籍を剥奪する、⑦在留許可を持つ外国人による家族の呼び寄せは、24カ月の在留期間、安定した収入、健康保険への加盟が必要となる、⑧不法移民の本国送還やフランスへの移民の流入抑制に協力しない国への開発援助を停止する、⑨外国人留学生は将来起こりうる送還費用に充てる保証金を支払う、⑩庇護希望者が逃亡する恐れがある場合に予防拘禁することを認めるなど。マクロン大統領は新法に署名する前に、憲法裁判所に同法が合憲であるか否かの判断を委ねる方針で、一部が違憲とされる可能性がある。

極右阻止で右傾化する欧州

欧州ではここ数年、ロシアとの戦闘が続くウクライナからだけでなく、北アフリカや中東諸国からの移民の流入が再び増加している。移民対応の強化を訴える極右政党や右派ポピュリスト政党が欧州各国で支持を集め、主流派政党もこれに対抗して規制強化に傾いている。オランダではルッテ首相が率いる連立政権が移民規制の強化を目指したところ、連立パートナーがこれに反対して連立が崩壊し、議会の解散に追い込まれた。11月に行われた総選挙では移民問題が最大の争点となり、移民規制の強化を訴える極右政党・自由党が第一党の座を手に入れた。移民の流入抑制を目指す英国では、難民認定を希望する入国者を安全な第三国である東アフリカのルワンダに移送する政府計画が議会で審議されている。イタリアでは2022年10月に右派ポピュリスト政党・イタリアの同胞が率いる連立政権が発足し、EUに対して移民規制の強化を求めてきた。

移民規制強化の流れはEU全体にも広がっている。EU加盟国政府と欧州議会の代表者は20日、2日に及んだ徹夜の協議の末に移民に関する規則の改正案に基本合意した。シリア難民が欧州に押し寄せた2015年の難民危機時にまとめた当初の規則案では、ハンガリーなどの東欧諸国が難民の受け入れ分担を拒否した結果、ドイツやスウェーデンなど難民を大量に受け入れている国や、ギリシャやイタリアなど域外国境管理を担うシェンゲン圏のボーダーに位置する国の負担が大きかった。

新たな規則案でも、庇護希望者が初めに入った国が難民認定審査の責任を負う原則(ダブリン規則)が維持されたが、非ボーダー国は自国に割り当てられた難民を受け入れるか、受け入れない代わりに難民1人当たり2万ユーロをEUの基金に支払うかを選択する。基金を通じて、難民を割り当て以上に受け入れるEU加盟国や、EUへの難民流入の抑制に協力する非EU加盟国に資金を提供する。また、改正規則では庇護手続きが迅速化され、難民申請が拒否される可能性が高い国からの庇護希望者に対しては、域外国境でEUへの入国を阻止し、拘束することが認められる。難民殺到時にはボーダー国に課される法的義務の一部が免除される。移民の受け入れ分担を巡っては加盟国間の意見相違が大きく、2016年来、長年にわたって協議を重ねてきた。移民規制の強化を訴える右派ポピュリスト勢力の躍進が予想される欧州議会選挙が近づくなか、改正を急いだ。

ただ、オランダの例からは、主流派政党が極右の主張を取り込み、移民規制を強化した場合も、必ずしも極右の支持拡大を食い止めることはできないことが示唆される。むしろ、移民問題が争点化し、より厳格な移民規制の強化を主張する極右に票が集まる恐れもある点に注意が必要となる。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ