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財政規律違反を問われる国は?

~最終判断は来春に持ち越し~

田中 理

要旨
  • 欧州委員会は21日、EU加盟国の来年度予算案に対する財政評価をまとめ、フランスやベルギーなど4ヶ国が財政勧告から逸脱し、ドイツやイタリアなど9ヶ国が部分的に逸脱していると指摘。今後、各国が今回の勧告内容を反映して予算案を修正するかを改めて評価するとともに、財政関連の実績データの公表を待って、来年春に財政規律違反の有無を最終的に判断する。

欧州委員会は21日、EU加盟国が10月に提出した来年度予算案に基づく各国毎の財政評価の結果を公表した。これは債務危機時に導入した予算の事前評価制度(ヨーロピアン・セメスター)に基づくもので、加盟国は欧州委員会の勧告内容を反映した予算を12月末までに各国議会で成立させることが求められる。コロナやエネルギー危機に直面し、EUは過去数年、財政規律の適用を全面的に停止してきた。来年から規律の適用を再開するため、規律違反を問われる国があるかどうかに注目が集まっていた。是正措置が必要と判断された国に対しては、過剰赤字手続き(EDP)が開始され、その後も十分な是正措置が採られない場合、EUの構造投資基金(補助金)が一時凍結されるとともに、最終的にはGDP比で最大0.5%の制裁金が科される。

今回の評価では、ベルギー、フィンランド、フランス、クロアチアの4ヵ国が2024年の純歳出の伸び率が7月に欧州理事会が採択した財政勧告で設定された上限値を上回り、財政勧告からの逸脱のリスクがあるとされた。また、オーストリア、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、ラトビア、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロバキアの9か国が部分的に財政勧告から逸脱する可能性があるとされた。このうち、ドイツ、マルタ、ポルトガルは、エネルギー関連の財政措置を段階的に廃止することが求められた。イタリア、ラトビア、オランダは、勧告達成に必要な財政措置を講じることが求められた。ルクセンブルクとスロバキアは、新たに策定する計画が財政勧告に沿った内容となることが求められた。残りのキプロス、エストニア、ギリシャ、スペイン、アイルランド、リトアニア、スロベニアの7ヶ国は財政勧告に沿った予算案であると評価された。

各国の予算案に盛り込まれた内容に基づき、欧州委員会が作成した経済見通しによれば、ユーロ圏全体では2024年の財政赤字の対GDP比率は3%を下回り、公的債務残高の対GDP比率は僅かに低下し、エネルギー関連の財政措置がほぼ完全に廃止されるため、財政スタンスは緊縮的になることが予想される(図表1)。だが、ベルギー、スペイン、フランス、イタリア、ラトビア、マルタ、スロベニア、スロバキアの8ヵ国が2023年・2024年の両年ともに財政赤字の対GDP比率が基準値の3%を上回り、フィンランドは2024年が基準値を上回ると予想されている(図表2)。3%を上回った国は、先の財政勧告の履行条件などを踏まえたうえで、EDP入りの是非が判断される。欧州委員会は今後、各国が今回の勧告内容を反映して予算案を修正するかを改めて評価するとともに、2023年の財政関連の実績データの公表を待って、来年春にEDPを開始する国があるかどうかを欧州理事会に提案する。

各国が提出した予算案に「とりわけ重大な規律違反がある」と判断された場合、欧州委員会は提出から2週間以内に予算案の再提出を求めるかを決定する。過去には2018年にイタリアのポピュリスト政権が再提出を求められた。今回は予算案の再提出を求められた国はないが、複数の国が最終的に財政規律や財政勧告に従っていないと判断され、EDP下に入る可能性がある。EDP下の国は、昨年7月の利上げ開始に先駆けたイタリアの金利上昇時にECBが創設した市場安定化策(TPI)に基づく国債購入の対象外となる恐れがある。TPIはEDP下の国の国債買い入れを排除していないが、十分な是正措置を取ることを買い入れの条件としている。

財政不安が燻るイタリアは、最近の格付け評価でジャンク債への転落を回避したほか、今回の財政評価でも7月の財政勧告からの部分的な逸脱が指摘されたものの、全面的な逸脱を問われることはなかった。欧州委員会が危機後の財政悪化と債務膨張に鑑み、現実的な財政評価をしていることや、イタリア以外の多くの国も規律違反を問われる恐れがあるため、イタリア固有の財政問題と捉えられるリスクは低下している。今後は今回の財政評価を受けた各国の反応や予算案の修正有無、それを踏まえた来春のEDP入りの判断に注目が集まる。

図表1
図表1

図表2
図表2

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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