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2023.11.09
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フィリピン景気は予想外に底入れ進むも、政府見通しは楽観に過ぎる
~足下の堅調さ確認も先行きは不透明要因山積のなか、目標修正など柔軟な対応が求められる~
西濵 徹
- 要旨
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- フィリピン経済を巡っては、昨年は内外需双方で上振れしたものの、年明け以降はインフレと金利高の共存が内需の重石になり、外需も鈍化して頭打ちの動きを強めてきた。一方、年明け以降のインフレは鈍化するも、商品高や米ドル高に伴い再加速したため、中銀は緊急利上げに追い込まれた。足下では米ドル高は一服しているが、農産品価格が高止まりするなかで今月初めにマルコス大統領は兼務した農相を解消している。農政の舵取りは物価を通じて成長のけん引役である家計消費の行方を左右するなど要注意と言える。
- 4-6月の景気は予想外に躓いたものの、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+14.01%と高成長となるなど底入れの動きを強めていることが確認された。外国人来訪者数の底入れがサービス輸出を押し上げるほか、インフレ鈍化や移民送金の堅調さを追い風に家計消費も旺盛に推移し、設備投資や公共投資も堅調に推移するなど、内・外需ともに景気拡大をけん引している。前期は在庫調整が景気の足かせとなったが、今期も大幅調整が確認されており、足下の景気は見た目以上に底入れの動きを強めていると言える。
- 政府は今年の成長率目標を+6~7%とするなか、現時点においても目標達成は可能と楽観的な見方を示す。しかし、今後は利上げの累積効果、生活必需品を中心とするインフレ、外需の減速懸念など景気の足かせとなる材料は山積しており、当研究所は+5.2%に留まると予想する。仮に目標実現に向けて財政出動に動けばインフレ加速など新たな副作用を招くリスクがあり、適時適切な目標修正などが求められよう。
フィリピン経済を巡っては、昨年は商品高や米ドル高などを受けたインフレに加え、中銀による物価と為替の安定を目的とする断続利上げ実施の動きが景気の足かせとなることが懸念された。しかし、コロナ禍の一巡による経済活動の正常化に伴うペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現に加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きが外需を押し上げたことで、昨年の経済成長率は46年ぶりの高い伸びとなるなど大きく上振れした。他方、年明け以降はペントアップ・ディマンドが一巡するなかで中銀による利上げの累積効果の発現に加え、インフレは頭打ちに転じるも依然として高水準で推移するなど実質購買力に下押し圧力が掛かる展開が続いているほか、中国の景気減速の動きが外需の足かせとなるなど、一転して景気は勢いを欠く推移をみせてきた。なお、4-6月の実質GDP成長率は予想外のマイナス成長となるなど景気が躓きをみせる動きが確認されたものの(注1)、この背景には在庫調整の動きが大きく進んだことが景気の下振れ要因となっていることが確認されており、その内容をみれば過度に悲観する必要性は低いと捉えられる。その後も昨年末以降における商品高や米ドルの動きが一巡したことを反映してインフレは頭打ちの動きを強めてきたものの、足下においては主要産油国による自主減産延長の動きや中東情勢の不透明感が高まっていることに加え、異常気象の頻発を受けた農産物の生育不良を理由に輸出禁止や制限に動く国が広がりをみせており、商品市況は一転して底入れの動きを強める動きがみられる。フィリピンはエネルギー資源も穀物をはじめとする農産品もともに輸入に依存している上、国際金融市場における米ドル高の再燃に伴う通貨ペソ安も相俟ってインフレが昂進する懸念が意識されたため、中銀は先月末に緊急利上げに舵を切るなど難しい対応を迫られている(注2)。なお、同国ではインフレ対策を目的に一昨年に農産品などを対象とする輸入関税の引き下げが実施され、昨年末まで延長されたものの、年明け以降は当該措置が終了したことに加え、上述のように農産物の国際価格が底入れの動きを強める動きが広がるなかでインフレ圧力の再燃を招いてきた。しかし、政府はインフレ再燃の懸念が高まったことを受けて輸入関税の引き上げ措置の発効延長に動いているほか、先月末にかけて再燃した米ドル高の動きも一転して一服するなどインフレ圧力に繋がる動きは後退している。よって、中銀にとってはさらなる利上げに追い込まれる可能性は幾分後退しているものの、インフレが上振れするリスクは引き続きくすぶる。こうしたなか、マルコス大統領は就任以降、農産品価格の安定を図るべく農相を兼任する異例の対応を続けてきたものの、今月3日に食品加工会社の社長であるローレル氏を後任の農相に任命する決定を行っている。ローレル氏は再優先課題に農業の近代化を挙げる一方、同氏は昨年の大統領選においてマルコス陣営の大口献金者となったほか、漁業関連を中心とする利害関係者であり、政策運営の方向性に注意を払う必要性は高い。主食のコメと中心とする穀物価格の高止まりは幅広く国民生活に影響を与えることを勘案すれば、ローレル氏の下で如何なる農政の舵取りがなされるかは景気動向をも左右することも予想される。


なお、上述のように4-6月の景気は予想外に躓く動きが確認されたものの、在庫調整の動きが大幅な景気の下押し要因となるなど復元余力が増している上、その後については復元の動きが景気の押し上げに繋がることから過度に悲観する必要性は低いと見做された。こうしたこともあり、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+14.01%と前期(同▲2.79%:改定値)からプラス成長に転じるとともに、3四半期ぶりの二桁成長になった上で8四半期ぶりの高成長となっている。中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+5.9%と前期(同+4.3%)から加速して2四半期ぶりの高い伸びとなっており、年明け以降は頭打ちの様相を強めた景気は一転して底入れの動きを強めていることが確認されている。中国の景気減速に加え、欧米など主要国景気も頭打ちの様相を強めるなかで財輸出は勢いの乏しい動きをみせる一方、中国による団体海外旅行解禁の動きを追い風に外国人来訪者数は底入れの動きを強めるなどサービス輸出は大きく押し上げられており、輸出全体としては底入れの動きを強める展開が続いている。さらに、中銀による利上げの累積効果の影響が懸念されたものの、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げに加え、GDPの1割に相当する海外移民労働者からの送金の堅調さも追い風に家計消費の動きは活発化している。そして、堅調な内需を期待した企業部門による設備投資の底堅さに加え、マルコス政権が主導するインフラ投資の拡充策の進捗の動きも追い風に固定資本投資は拡大が続くとともに、政府消費も拡大しており、幅広く内需が拡大して景気をけん引する動きがみられる。こうした内需の堅調さを反映して輸入は財輸入を中心に押し上げられているものの、輸出を下回るペースでの拡大に留まっており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+1.49ptと前期に続いてプラスで推移している。他方、前期については在庫調整の動きが景気の足かせとなる動きが確認されたものの、当期も世界経済の減速懸念が意識されるなかで前期を上回るペースで在庫調整の動きが進んでおり、成長率寄与度は前期比年率ベースで▲5.22ptと前期を上回るマイナス幅となっていると試算されるなど、足下の景気は見た目以上に底入れの動きを強めていると捉えられる。分野別の生産動向を巡っても、家計消費や外国人来訪者数の堅調な流入などを反映して小売・卸売関連や観光関連、金融関連など幅広くサービス業の生産が拡大しているほか、企業部門による設備投資や公共投資の進捗を反映して建設業の生産も拡大の動きを強めるなど、幅広い分野で堅調な動きが続いている様子がうかがえる。


同国政府は今年の経済成長率目標を+6~7%としているものの、7-9月のGDP統計を受けて9月までの累計ベースでの経済成長率は+5.5%と目標の下限を下回る水準に留まっている。こうした状況ではあるものの、足下の景気は底入れの動きを強めていることが確認されるなか、バリサカン国家経済開発長官はGDP統計公表後の記者会見において、先行きの景気について「勢いが年内のみならず、今後数年続くことを期待する」との見通しを示した上で、経済成長率目標について「依然として実現可能である」としつつ「10-12月の実質GDP成長率が前年比+7.2%を上回る必要がある」との見解を示している。他方、先行きの景気に関連して「インフレが最重要課題である」との認識を示した上で、「利上げは向こう数ヶ月、数四半期に亘って影響を与える」としつつ「インフレ対応を巡っては、国民の購買力を守る観点から金融政策以外の措置が引き続き重要になる」との見解を示している。その上で、「経済見通しに大きな変化はなく、先行きのインフレは一段と鈍化すると見込まれる」との見通しを改めて示している。このところの通貨ペソ安の動きはペソ建で換算した移民送金の押し上げに繋がるなど、家計消費の下支えを促すことが期待される一方、今後は先月の緊急利上げも含めて中銀による利上げの蓄積効果の影響が顕在化するほか、世界経済の一段の減速が意識されるなど外需を取り巻く不透明感が高まることを勘案すれば、政府の想定は楽観に過ぎるのが実情であろう。なお、7-9月のGDPは想定を大きく上回るとともに、4-6月のGDPも遡及して上方修正されていることもあり、これらを反映して今年通年の経済成長率見通しを8月時点(+4.5%)から+5.2%に+0.7pt上方修正する。上述したように政府の想定は楽観に過ぎるきらいがあり、仮に目標実現に向けて一段の財政出動に舵を切ればインフレを増幅させるリスクに注意する必要があると認識しており、適時適切に目標を修正する柔軟な対応をみせることが求められよう。

注1 8月10日付レポート「フィリピン景気が予想外の「躓き」、過度な悲観は不要と言えるが…」
注2 10月27日付レポート「フィリピン中銀、利上げに「後手」との認識を示しつつ緊急利上げ決定」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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