- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- フィリピン景気が予想外の「躓き」、過度な悲観は不要と言えるが…
- Asia Trends
-
2023.08.10
アジア経済
アジア経済見通し
アジア金融政策
フィリピン経済
為替
フィリピン景気が予想外の「躓き」、過度な悲観は不要と言えるが…
~政府は成長率目標の達成に自信も内・外需双方で不透明要因は山積、目標修正の勇気は必要~
西濵 徹
- 要旨
-
- フィリピン経済は、昨年は内・外需双方の底入れを追い風に46年ぶりの高成長を記録した。また、中国経済への依存度の高さを勘案すれば、中国のゼロコロナ終了は景気の追い風になることが期待された。他方、昨年は商品高や米ドル高、景気回復の動きを追い風にインフレが昂進し、中銀は大幅利上げを余儀なくされた。足下のインフレは鈍化しており、中銀も利上げ休止に動くなど内需を取り巻く環境は改善する一方、通貨ペソ相場は調整の動きを強めてインフレを招く懸念はくすぶり、政策対応は困難の度合いを増している。
- 昨年後半以降の同国景気は頭打ちの動きを強める一方、足下のインフレ鈍化や利上げ休止は下支えすることが期待された。しかし、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲3.60%とマイナス成長となり、景気は一段と頭打ちの動きを強めている。政府消費の一服に加え、利上げの累積効果は家計消費の重石となる動きが顕在化した。他方、企業部門による設備投資は底堅い上、在庫調整の動きも確認されており、景気は頭打ちの動きを強めるも、その内容について過度に悲観する必要性は低いと捉えることが出来る。
- 今年前半の経済成長率は+5.3%と政府目標(6~7%)を下回るが、政府は政府目標の達成に自信を覗かせている。ただし、世界経済を巡る不透明感は外需に加え、移民送金の重石となるなど、幅広く景気の足かせとなる懸念がある。異常気象に伴う食料インフレも懸念される上、ペソ安圧力も金融政策の舵取りを難しくすると予想されるなか、政府には適時適切なタイミングで目標を修正する「勇気」も必要と考えられる。
フィリピン経済を巡っては、昨年は感染一服による経済活動の正常化に伴うペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を受けて輸出が押し上げられたほか、GDPの1割に上る移民送金も順調な流入が続くなど、内・外需双方で景気底入れの動きが強まり、通年の経済成長率は+7.6%と46年ぶりの高い伸びを記録した。また、同国経済はGDPに占める輸出比率は3割弱とASEAN(東南アジア諸国連合)内でも外需依存度は相対的に低い一方、財輸出の約3割、コロナ禍前には外国人観光客の2割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど、外需面で中国への依存度が比較的高い。よって、昨年末以降に中国がゼロコロナの終了に舵を切ったことは、外需の追い風になることが期待される。他方、昨年以降の同国は商品高による生活必需品を中心とする物価上昇に加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ペソ安に伴う輸入インフレ、景気回復による雇用回復を追い風とする賃金インフレが重なり、インフレ率は大きく上振れする事態に直面した。こうした事態を受けて、中銀は昨年5月に2年半ぶりとなる利上げに動き、その後も物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされた。ただし、中銀による積極利上げにも拘らず、その後もインフレは一段と昂進して物価高と金利高の共存状態が長期化したため、家計消費をはじめとする内需が景気のけん引役となるなかで足を引っ張る懸念が強まった。さらに、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気が頭打ちするなか、移民送金の流入額も同様に頭打ちの動きを強めており、ペソ安に伴うペソ建換算ベースでの押し上げ効果を相殺するなど、家計消費の足かせとなる懸念も高まっている。なお、インフレ率は今年1月に約14年強ぶりの高水準に達したものの、その後は商品高の一巡に加え、米ドル高の動きも一服するなどインフレ要因が後退しており、インフレ率も頭打ちに転じている。そして、その後のインフレが頭打ちの動きを強めたことを受けて、中銀は5月に1年に及んだ利上げ局面を休止させており、その後もインフレが鈍化ペースを強めたことで翌6月も政策金利を据え置くとともに『ハト派』姿勢に傾く考えをみせた(注1)。他方、先月には中銀のメダラ前総裁が任期満了を迎えるなか、後任総裁には政策委員を務めたレモロナ氏が昇格することが示されるなど、同氏は中銀業務や政策運営、国際金融、金融市場に精通していることを勘案すれば、極めて正統的な政策運営が採られる可能性が高いと見込まれる(注2)。ただし、上述のように中銀がハト派姿勢に傾く兆しをみせたことに加え、足下においては昨年末以降のゼロコロナ終了にも拘らず中国景気の息切れが意識されるなど外需の不透明感が高まっていることも重なり、昨年末以降底入れの動きを強めてきた通貨ペソ相場は一転頭打ちの動きを強めている。足下のインフレ率は昨年に加速した反動で鈍化しやすい環境にあるものの、コアインフレ率は依然として高水準で推移しており、ペソ安による輸入インフレの再燃はインフレ率の高止まりを招く可能性があるほか、金融政策の舵取りを難しくすることが懸念される。


なお、年明け直後の同国経済を巡っては、物価高と金利高の共存にも拘らず家計消費は底堅い動きが続いているほか、マルコス政権が主導するインフラ投資の拡充策も追い風に政府消費や固定資本投資も押し上げられており、内需をけん引役に景気の底入れが確認された。ただし、中国によるゼロコロナ終了にも拘らず、主要国景気の頭打ちなどが意識される形で外需は弱含む展開が続いているほか、内需についても公的需要への依存度を強めるなどその自律性は低下するなか、景気動向は頭打ちの様相を強める動きをみせてきた(注3)。他方、足下のインフレ率は鈍化するとともに、中銀も利上げ局面の休止に動いており、移民送金の頭打ちや年明け以降のペソ安一服による影響は懸念されるものの、家計消費を取り巻く環境は好転している様子がうかがえる。こうした状況ではあるものの、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲3.60%と前期(同+4.02%)から丸3年ぶりのマイナス成長に転じているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+4.3%と前期(同+6.5%)から鈍化して2年強ぶりの伸びとなるなど、足下の景気は一段と頭打ちの様相を強めている。内訳をみると、世界経済の減速懸念が強まっているにも拘らず財輸出を中心に底打ちする動きが確認される一方、ペントップ・ディマンドが一巡するとともに、昨年来の中銀による利上げの影響発現も重なり、家計消費は減少するなど下押し圧力が掛かる動きがみられる。また、年明け直後はインフラ投資の進捗促進の動きを追い風に、政府消費や固定資本投資が大きく押し上げられたものの、早くもそうした動きに一服感が出ていることも景気の足を引っ張ることに繋がった。一方、中銀の利上げ実施にも拘らず、企業部門による設備投資の動きは比較的底堅い動きをみせており、公的需要への依存度を強めていた前期に比べると、その内容面では良好と捉えることが出来る。さらに、前期は在庫の積み上がりの動きが景気の押し上げに寄与する動きが確認されたものの、当期については在庫投資の成長率寄与度は前期比年率ベースで▲3.12ptと大幅マイナスになったと試算されるなど、在庫調整の動きが進んでいる様子もうかがえる。したがって、当期はマイナス成長に陥るなど景気の『躓き』が確認されたものの、その内容について過度に悲観する必要性は低いと捉えられる。他方、上述のように足下のインフレ率は鈍化する動きが確認される一方、ペソ相場は不安定な動きをみせるなど新たなインフレ要因となる可能性がくすぶるなか、足下の景気は頭打ちの様相を強めるなかで難しい対応を迫られる局面が続くことは避けられない。


4-6月のGDP統計公表により足下の景気が頭打ちの動きを強めていることを受けて、今年前半時点における経済成長率は+5.3%と政府目標(6~7%)を下回る事態となっているものの、バリサカン国家経済開発長官は「年間目標の実現には年後半の経済成長率は最低でも+6.6%を上回る必要がある」との認識を示した上で「達成可能な水準にある」との認識を示すなど自信を覗かせた。その上で、先行きの景気動向を巡って「向こう数四半期は政府消費の拡大が見込まれる」としたほか、物価動向を巡っても「供給サイドの介入を強化することで物価の上振れリスクの抑制を図り、全体としての物価安定を目指す」とした上で、「インフレ見通しの改善は金融緩和を後押しする」との考えを示した。そして、「国内外の経済状況を注視しつつ、政策対応を図る準備は出来ている」とした上で、「経済の展望は依然として力強く、前向きな状況が続く」と極めて強気な見通しを示している。足下では中国が内需喚起に向けて景気のテコ入れを図る動きをみせていることは同国経済の追い風になることが期待される一方、その内容を巡っては過去に実施された対策の焼き増しの域を超えず、息の長い景気回復に繋がるかは極めて不透明な状況にある。さらに、足下の欧米など主要国景気が頭打ちの様相を強めるなか、先行きは一段と頭打ちして移民送金の重石となることが見込まれるなど、家計消費を下支えしてきた流れが大きく後退する可能性もある。他方、ここ数年は異常気象の頻発も食料品をはじめとする生活必需品を中心とするインフレを招く動きがみられるなか、今年もエルニーニョ現象を理由とする異常気象が見込まれるなど、食料インフレが再燃することも懸念される。足下では世界最大のコメ輸出国であるインドがバスマティ米以外の白米の輸出を禁止する動きをみせており、価格上昇に伴う輸入の上振れが対外収支を悪化させるなど、ペソ安を招く新たな材料となる可能性も考えられる。そうした面でも中銀にとって金融緩和のハードルが高まる事態も予想されるなど、内・外需双方で景気の底入れを促す材料に乏しいなかで政府が掲げる成長率目標実現のハードルも高まっていると判断出来る。仮に政府が成長率目標の実現に拘泥して財政政策への負荷を強める動きをみせれば、新たなインフレ要因となり得るとともに、財政状況の悪化を理由とする金利上昇が幅広い経済活動の足かせとなることも懸念されるため、適時適切なタイミングで目標を修正する必要も生じるであろう。

注1 6月22日付レポート「フィリピン中銀、物価見通しは些か楽観方向に傾いている様子」
注2 6月26日付レポート「フィリピン中銀、次期総裁に政策委員のレモロナ氏の昇格を発表」
注3 5月11日付レポート「フィリピン政府は成長率目標実現に自信も、その道のりは依然険しい」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
台湾・6月輸出、先進国向けは拡大も、中国本土向けは下振れ(Asia Weekly) ~原油高一服でアジアのエネルギー価格は下振れするも、幅広くインフレ圧力が強まる流れ~
アジア経済
西濵 徹
-
マレーシア中銀、6会合連続金利据え置きで様子見姿勢を維持 ~中東情勢への警戒感を弱め、景気と物価の安定を重視している模様~
アジア経済
西濵 徹
-
中国経済は苦境に直面も、経済的威圧をやめることはない ~原油高一服後も需要低迷と価格転嫁難が景気、株価の重しとなる展開~
アジア経済
西濵 徹
-
ブラジル・フラビオ上院議員も米国の関税政策に反対表明へ ~懲罰的関税が米国の影響力低下を加速させる皮肉な結果となる可能性も~
新興国経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀、約3年ぶりの利上げでNZドル相場はどうなる? ~長期で緩やかな引き締めサイクルへ、NZドル安への警戒感にも注意~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
台湾・6月輸出、先進国向けは拡大も、中国本土向けは下振れ(Asia Weekly) ~原油高一服でアジアのエネルギー価格は下振れするも、幅広くインフレ圧力が強まる流れ~
アジア経済
西濵 徹
-
マレーシア中銀、6会合連続金利据え置きで様子見姿勢を維持 ~中東情勢への警戒感を弱め、景気と物価の安定を重視している模様~
アジア経済
西濵 徹
-
中国経済は苦境に直面も、経済的威圧をやめることはない ~原油高一服後も需要低迷と価格転嫁難が景気、株価の重しとなる展開~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀、約3年ぶりの利上げでNZドル相場はどうなる? ~長期で緩やかな引き締めサイクルへ、NZドル安への警戒感にも注意~
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシアに新たな「格下げリスク」 ~S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスも格下げを警告、市場の信認低下が進む可能性も~
アジア経済
西濵 徹

