インド中銀、3会合連続の金利据え置きも食料インフレを警戒

~ダス総裁は再利上げに含みをみせる一方、政府は自国優先により物価抑制を図る姿勢を強める~

西濵 徹

要旨
  • インドでは昨年、商品高やルピー安に加え、景気回復も重なりインフレが上振れしたため、中銀は断続利上げを余儀なくされた。結果、物価高と金利高の共存により昨年末にかけての景気は頭打ちした。年明け以降は商品高の一服や米ドル高の一巡を受けてインフレは鈍化しており、景気は底打ちしている。他方、異常気象による食料インフレ懸念が高まるなか、モディ政権はコメの禁輸に動くなど自国優先姿勢を強めている。また、米ドル高の一服にも拘らずルピー相場は最安値圏で推移するなどインフレ圧力を招く懸念はくすぶる。こうしたなか、中銀は10日の定例会合において3会合連続で政策金利を据え置いている。声明文では、食料インフレに伴う短期的なインフレ上振れを警戒しており、必要に応じて対応を講じる考えをみせるなど再利上げに含みを持たせた格好である。再利上げに含みを持たせたことはルピー相場を下支えする一方、対外収支の脆弱さが重石となるなか、食料インフレ懸念も重なり政策対応は難しい局面が続くであろう。

インドでは昨年、商品高による食料品やエネルギーなど生活必需品の物価上昇に加え、国際金融市場における米ドル高を反映した通貨ルピー安に伴う輸入インフレ、感染一服による経済活動の正常化の動きも追い風にインフレ率が大きく上振れした。こうした事態を受けて、政府と中銀はコロナ禍対応を目的に事実上の財政ファイナンスに動くなど異例の金融緩和に動いてきたものの、昨年5月に一転して緊急利上げに舵を切るとともに、その後も物価と為替の安定を目的に断続、大幅利上げを余儀なくされた。なお、インフレ率自体は昨年4月をピークに頭打ちしたものの、その後もインフレ率は高止まりして中銀の定めるインフレ目標(4±2%)の上限を上回る推移が続いたほか、物価高と金利高の共存状態が長期化する事態に見舞われた。こうしたことから、昨年末にかけての同国経済は、季節調整値に基づく前期比年率ベースでは2四半期連続のマイナス成長になったと試算されるなど景気は頭打ちの様相を強める展開が続いた。他方、昨年末以降は商品高の動きが一服するとともに、米ドル高も一巡するなど供給要因によるインフレ圧力が後退する動きが顕在化しており、インフレ率も頭打ちの動きを強めている。よって、中銀は今年4月に1年弱に及んだ利上げ局面の休止に動いたほか、その後もインフレが一段と鈍化して目標域で推移したことを受けて6月の定例会合でも政策金利を据え置いている。よって、年明け以降はインフレ鈍化による実質購買力の押し上げを受けて景気は底打ちしているほか、ここ数年の米中摩擦の激化や世界的なデリスキング(リスク低減)を受けたサプライチェーンの再構築の動きも追い風に企業マインドは幅広く堅調な動きをみせるなど、足下の景気は底入れの動きを強めている。その一方、足下では異常気象を理由に食料品を中心にインフレ圧力が再燃する動きがみられるなか、モディ政権は先月にバスマティ米を除くすべての白米の輸出を禁止する決定を行うなど、自国を優先させる動きをみせている(注1)。モディ政権がこうした動きをみせる背景には、来年に次期総選挙が予定されるなかでモディ首相が政権3期目入りを目指す動きを鮮明にしていることがある。なお、国際金融市場においては米ドル高の動きに一服感が出ているものの、足下のインフレ率は底打ちするなど実質金利(政策金利-インフレ率)のプラス幅の縮小が意識されるなか、同国は慢性的な経常赤字を抱えるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さなどが嫌気される形で足下のルピー相場は昨年付けた最安値圏で推移するなど、輸入インフレ圧力がくすぶる状況が続いている。こうしたなか、中銀は10日に開催した定例会合で政策金利(レポ金利)を3会合連続で6.50%に据え置くとともに、政策の方向性も「金融緩和の解除に注力する」との姿勢を維持している。会合後に公表した声明文では、今回の決定に際しても政策金利は全会一致で据え置かれる一方、政策の方向性は「5(維持)対1(留保)」と票が割れたことを明らかにしている。その上で、世界経済について「全体として減速しているが、地政学リスクを巡る分断の動きが広がるなかで成長軌道に地域間で乖離が生じている」との認識を示す一方、同国経済について「都市部を中心に旺盛な需要が続いていることを反映して堅調な推移が続いている」との見方を示した。そして、物価見通しを巡っては「短期的に食料品価格の上振れによる影響が避けられない」としつつ、「雨季の雨量が例年並みであれば今年度のインフレ率は+5.4%になり、リスクは均衡している」とするなど6月時点(+5.1%)から上方修正している。景気見通しについては「雨季作の堅調さや経済活動の正常化による好影響の一方、世界経済の減速や国際金融市場を巡る不透明感、地政学リスクなどのリスクはくすぶるが、今年度の経済成長率は+6.5%になる」と6月時点から据え置いている。ただし、先行きの政策運営を巡っては「供給要因に伴いインフレ率は急上昇する可能性が高く、物価高が長引かないよう警戒する必要がある」とした上で、「今後は利上げの累積効果の影響が懸念されるが、状況に応じて対応を講じる用意がある」と再利上げに含みを持たせる姿勢をみせた。会合後にオンライン会見に臨んだダス総裁は、「食料インフレの動向を注視する一方、適時適切な供給面での価格抑制策を講じることが極めて重大」と政府によるコメ禁輸措置を是認する姿勢をみせた。その上で、「インフレ率を目標域に収めるだけでは不充分」との考えを示している。また、政策対応について「景気の下支えに寄与するとともに、インフレも鈍化している」としつつ、「仕事は終わっていない」と述べた上で「インフレ率を持続的に目標値(4%)に収束させる目標を改めてコミットする」としつつ「食料品やエネルギーを巡るインフレリスクがくすぶるなかで状況に応じて対策を講じる必要がある」と再利上げを強く意識する姿勢をみせた。中銀が再利上げに意欲をみせていることはルピー相場を下支えすると期待される一方、対外収支を巡る脆弱さは上値を抑える展開が続くと見込まれるほか、食料品を中心とするインフレ懸念が高まるなかで中銀は難しい政策対応を迫られることは避けられないであろう。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

図2 ルピー相場(対ドル)の推移
図2 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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