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米債務上限問題、今回は違う?

~Xデー周辺の市場動揺は避けられない~

田中 理

要旨
  • 恒例行事となった米国債の債務上限問題は、最終的には共和党と民主党が歩み寄り、債務上限の引き上げと限定的な歳出削減で合意するとみられるが、保守強硬派の反発や議会基盤の弱さ、次期大統領選を睨んだ駆け引きなどが予想され、財政資金が枯渇するギリギリまで決着がずれ込む可能性が高い。党派対立が進む現在の政治環境に鑑みれば、一時的に債務返済が滞る事態もあり得る。デフォルト回避に取り得る施策として、国債の元利払いを優先、債務関連規定修正第14条を根拠とした支払い継続、プラチナコインの発行、FRBの常設レポファシリティの活用などが取り沙汰されているが、恒久的な解決策とはなり得ない。

米国では議会に政府の借り入れを決定する権限があり、かつては財務省が国債や政府証券を発行する度に議会の承認を求めていたが、債券発行頻度の増加に伴い、1930年代に入ると、議会が連邦政府の債務上限を設定し、その範囲内で財務省が借り入れを行う形に改められた。政府債務が上限に近づく度に、議会はこれまで債務上限を断続的に引き上げてきた。2011年に共和党が支配する下院と民主党が多数派の上院の対立から上限引き上げが危ぶまれた後、上下院の支配政党が食い違う議会のねじれや党派対立が頻発した2012~2020年にかけては上限引き上げではなく、法定上限の一時適用停止でも対応してきた。

現在の法定上限は2021年12月に31兆3810億ドルへ引き上げられたが、19日に上限に達した。これにより、新規の国債発行が原則として禁止されるが、過去の上限達成時と同様に、当面は公務員の退職・障害基金による国債購入停止や保有国債の償還などの特別措置(extraordinary measures)を通じて財政余力を確保し、国債発行を継続する。イエレン財務長官によれば、こうした特別措置に加えて、財務省の手元資金(キャッシュバッファー)と4月15日に予定される連邦税収を合わせれば、少なくとも6月初旬までは債務返済や歳出を継続することが可能とされる。今後の税収や歳出次第で変動するが、6月15日に更なる連邦税収が予定され、夏の終わりから秋頃までは必要な財政資金を確保できるとの見方が多い。

昨年11月の中間選挙で下院の多数派を奪還した共和党は、債務上限の引き上げと引き換えに社会保障費やメディケア給付などを含めた歳出削減を求めている。バイデン大統領や上院の過半数を僅か1議席で死守した民主党は、債務上限の引き上げによる債務不履行(デフォルト)回避は議会や国家指導者の責務であるとし、債務上限を歳出削減の交渉材料とすることを否定している。新議会招集後の共和党マッカーシー下院議長の選出は、党内の保守強硬派議員の反対で難航し、15回目の投票でようやく決着した。同氏は2024年の大統領選挙への出馬を表明しているトランプ前大統領にも近いとされ、強硬派が求める歳出削減で弱腰姿勢をみせることができない。マッカーシー下院議長とバイデン大統領が2月1日に債務上限を巡って会談を予定しているが、早期の事態打開の可能性は低い。

デフォルト発生時の悪影響の大きさを考えれば、最終的には両者が歩み寄り、債務上限の引き上げと共和党の要求よりも限定的な歳出削減などで合意するとみられるが、強硬派の反発や議会基盤の弱さ、次期大統領選を睨んだ駆け引きなどが予想され、財政資金が枯渇するギリギリまで決着がずれ込む可能性が高い。2011年の債務上限到達時は、財政資金が枯渇するXデーの当日に、2013年は1日前に議会は合意した。社会の分断と党派対立が進む現在の政治環境に鑑みれば、場合によっては、一時的に債務返済が滞る事態もあり得る。下院議長には議事を設定する権限があり、歳出削減で共和党の要求が通らない限り、債務上限の引き上げに関する法案採決を先送りすることもできる。強硬派の一部はデフォルトも辞さない構えをみせるが、多くの議員はデフォルト回避を優先するとみられる。議長が法案採決を拒否し続ける場合、共和党の穏健派が民主党と協力し、議会の過半数の求めで上限引き上げの法案採決に持ち込む方法(discharge petition)もある。

仮に議会が債務上限の引き上げで合意できないまま、特別措置を通じた借り入れ余力の確保が限界を迎え、キャッシュバッファーと税収が枯渇した場合、財務省は国債の元利払いなどを履行するのに必要な財政資金を確保できず、米国債がデフォルトに陥る恐れがある。米国債のデフォルトは前例がなく、金融市場や実体経済にどのような悪影響が起きるかは不透明だが、国債の格下げ、金利上昇、金融機関の信用悪化、借り入れコストの増加、ドル安進行、金融市場の動揺、金融システムの機能不全などが広がることは避けられそうにない。

デフォルト回避に取り得る施策としては、①国債の元利払いを他の支払いに優先、②債務関連規定の修正第14条発動、③プラチナコインの発行、④FRBの常設レポファシリティの活用などが取り沙汰されている。イエレン財務長官は否定するが、財務省は過去の債務上限時のコンティンジェンシープランとして、①を検討した可能性が指摘されている。米国民向けの行政サービスの提供や社会保障給付などを凍結し、非居住者を含む投資家が保有する債務返済を優先するのは、政治的に受け入れ難い。格付け会社も一部の返済を優先することを、部分的なデフォルトと見做す可能性が高い。中長期的な解決策とはならない。②の修正第14条には「合衆国の公的債務は…(中略)…その有効性を問うことができない」との記載があり、一部の法律家はこの条文を根拠に、財務省が債務返済を継続しない場合、憲法違反に相当すると解釈する。この点は法律家の間でも見解が分かれる。財務省が③の額面1兆ドルのコインを鋳造し、それをFRBが引き受け、そこから資金を引き出して債務返済に充てる案も浮上している。前FRB議長のイエレン財務長官は、この案についてFRBが引き受けることはないと一蹴している。FRBが2021年に創設した④の常設レポファシリティは、短期金利の急上昇時に米国債などを担保にプライマリーディーラーへの資金供給を拡大し、短期金融市場の安定を図る仕組みだ。Xデー周辺に満期償還を迎える国債をFRBが引き受け、デフォルトリスクを封じ込めることができる。市場安定を目的とした短期的な資金供給は可能だが、恒久的な措置とはなり得ない。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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