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EUがガス価格の上限設定で合意

~今年8~9月のピーク時並みの価格上昇は抑制可能に~

田中 理

要旨
  • EUはガス先物価格が180ユーロ/MWhを上回り、LNG価格を35ユーロ/MWh上回る場合に、それを上回る価格でのガス先物取引を禁止することで合意した。一部の加盟国からは、上限価格の設定がガスの安定供給を脅かすとの不安の声も聞かれたが、ガス需給の逼迫時などにガス取引停止を解除する仕組みなどが盛り込まれた。現在のガス先物価格の水準は上限価格を大きく下回り、すぐに上限価格が発動される状況にはない。だが、今年8~9月のピーク時並みの価格上昇に見舞われた場合、自動的に上限価格が発動し、価格を抑制する効果が期待できる。

ガス価格の上限設定を巡って加盟国の対立が続いてきたEUは19日、1ヶ月先のTTF(title transfer facility)のガス先物価格が180ユーロ/MWhを3営業日連続で上回るとともに、3ヶ月先のTTFが同じ3営業日連続で世界のLNGの参照価格を35ユーロ/MWh上回る場合に、市場調整メカニズム(market correction mechanism)を自動的に発動することで合意した。新たな措置は1年間の時限措置として、来年2月15日から開始される。市場調整メカニズムが発動されると、世界のLNG取引ハブの価格バスケットに基づく参照価格に35ユーロ/MWhを上乗せした入札価格の上限(dynamic bidding limit)を超えるガス先物取引を行うことが出来なくなる。該当する先物取引は1ヶ月先、3ヶ月先、1年先のデリバティブ契約で、取引所ではなく店頭越しのオーバー・ザ・カウンター(OTC)取引、翌日や同日内のスポット取引は含まれない。

当該メカニズムが発動されると、少なくとも20営業日は入札価格に上限が適用される。入札価格の上限が3営業日連続で180ユーロ/MWhを下回った場合、当該メカニズムは自動的に停止する。また、ガスの供給量が需要量を十分に満たさず、欧州委員会がある国や地域の緊急事態を宣言した場合、当該メカニズムは自動的に停止する。さらに、エネルギー供給、金融安定、EU内のガス輸送の安全が脅かされる場合や、ガス需要が増加するリスクが確認された場合、欧州委員会の決定で当該メカニズムを解除する仕組み(suspension mechanism)が盛り込まれた。具体的には、ガス需要が1ヶ月で15%以上もしくは2ヶ月で10%以上増加する場合、LNGの輸入量が大幅に減少する場合、TTFの取引量が前年比で大幅に下落する場合などがこれに該当する。

ドイツやオランダなどの加盟国は、上限価格の設定がガスの安定供給を損なう恐れがあることを懸念してきた。米国やノルウェーなどのガス輸出業者が上限価格の設定がない英国やアジア向けに輸出先を切り替えることや、ロシアが報復措置としてウクライナやトルコを通るパイプライン経由で欧州に向かうガス供給を追加で停止することを警戒する声が聞かれた。また、先物市場の運営業者や一部の国の監督当局からは、価格上限のないOTCにガス取引が流れ、先物市場のボラティリティが高まるとの指摘もある。最終的には、ガス不足が生じる恐れがある場合に価格上限を解除する仕組みが盛り込まれたことでドイツが賛成に回った一方、オランダとオーストリアが投票を棄権し、ロシア制裁などに反対姿勢を度々表明しているハンガリーが反対票を投じた。

欧州委員会が11月22日に発表した原案では、1ヶ月先のTTFガス先物価格が275ユーロ/MWhを2週間連続で上回るとともに、TTFガス先物価格が同じ2週間内の10営業日連続で世界のLNGの参照価格を58ユーロ/MWh上回る場合に、市場調整メカニズムを自動的に発動することが想定されていた。だが、今年8~9月のガス価格のピーク時もこうした発動条件を満たしたことがなく、価格上限の実効性を疑問視する声も浮上していた。今回決まった180ユーロ/MWhの価格上限であれば、8~9月のピーク時には発動していた計算となる。オランダTTFの1ヶ月先、3ヶ月先、1年先の先物価格は12月に入って130~140ユーロ/MWh程度で推移してきたが、価格上限の合意を受けて110ユーロ//MWh程度に下落している(図表1)。すぐに上限価格が発動される状況ではないが、ロシアによるガス供給の追加停止、ガス関連施設の故障やメンテナンス、寒波到来、世界的な需要増加などでガス需給が逼迫する場合に、価格上昇に一定の歯止めを掛けることが期待できる。

図表1
図表1

EUは既にロシア産の石炭や原油・石油製品の全面禁輸を開始し、代替調達先の確保が困難な天然ガスについても、ロシア産の輸入依存度をウクライナ侵攻以前の4割程度から1割未満にまで引き下げている。各国が代替調達先の確保を急いだことや、ガス貯蔵の積み増しに取り組んだこと(図表2)、原材料価格の高騰を受け、工場の操業停止やエネルギー消費を抑制する動きが広がったこと、秋にかけて比較的温暖な天候が続いたことにも助けられ、今冬については深刻なガス不足に陥ることは回避されそうだ。17日にはLNGの陸揚げ港を持たなかったドイツで初の、浮体式のLNG再ガス化設備(FSRU)の稼働が始まった。12月に入って欧州全域を寒波が襲っており、各国はガス貯蔵の取り崩しを通じて供給量を確保している。ここから寒波が厳しくなった場合も、すぐにガス貯蔵が枯渇する状況にはない。ただ、来冬は春から秋のガス貯蔵期に、ノルドストリームやポーランド経由のロシアからのガス供給に頼ることはできない。十分な液化天然ガス(LNG)を安定的に確保できるようになり、再生可能エネルギーの普及促進が進むまでの向こう数年間は、冬場のガス供給が綱渡りとなる状況が続く公算が大きい。

図表2
図表2

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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