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英エネルギー価格を凍結

~物価のピークアウトは近い~

田中 理

要旨
  • 6日に就任した英国のトラス首相は、物価高騰による国民生活への打撃を和らげるため、党首選で掲げた大型減税に加えて、向こう2年間のエネルギー料金を年2500ポンドで凍結することを決定した。ガス価格の高騰で来年には前年比で20%近くに達する可能性があった消費者物価は、10月に上昇率が小幅加速した後はピークアウトする可能性が高い。政府はエネルギー供給企業に対して、2500ポンドの上限金額との差額分を補填する。エネルギー料金の凍結が具体的にどの程度の財政負担や借り入れ増加につながるかは、減税策などと合わせて今月中に公表される。

英国では相次ぐスキャンダルで7月に辞意を表明したボリス・ジョンソン首相に代わり、与党・保守党の党首選を制したリズ(エリザベスの略称)・トラス外相が6日に新首相に就任した。新首相にとっての喫緊の課題は、物価高騰による国民生活や経済活動への打撃をどう和らげるかだ。トラス首相は就任から僅か3日目の8日、「英国が二度とこのような状況に陥らないよう、並外れた課題には並外れた措置が必要である」とし、エネルギー危機への対応策を発表した。

トラス氏は先の党首選で、ジョンソン政権が決めた来年春の法人税率引き上げや今年4月の国民保険料の引き上げを撤回するなど、大型減税による家計負担の軽減を訴えてきた。今回の対策では、そこから一段と踏み込み、エネルギー料金の上限を設定した。10月から2024年までの2年間、平均的な世帯が支払うエネルギー料金は年2500ポンドで凍結される。

新たな対策の発表に先駆けて、政府のガス・電力市場監督局(Ofgem)は8月26日、エネルギー会社が平均的な世帯に請求できるエネルギー料金の上限を、現在の年1971ポンドから、10月以降は3549ポンドに引き上げると発表していた(図)。さらに、エネルギー関連のコンサルタント会社コーンウォール・インサイトは、最近のガス価格の動向などから判断して、来年1月には上限金額が5387ポンドに、4月には6616ポンドに一段と引き上げられると予想していた。

英国の消費者物価は7月に前年比+10.1%と40年振りに2桁台に乗せ、石油危機時以来の高インフレに見舞われている。生活費の高騰による国民の不満が高まっており、賃上げや待遇改善を求め、鉄道、港湾、郵便労働者などのストライキも相次いでいる。このまま予定通りにエネルギー料金の上限金額が引き上げられれば、消費者物価の上昇率は10月に一段と加速し、来年1月には前年比で20%近くに達する可能性があった。

ジョンソン政権時代に決めた1世帯当たり一律400ポンドのエネルギー料金の時限軽減措置と合わせると、10月から半年間の平均的な世帯のエネルギー負担は2100ポンド、その後2024年までは2500ポンドと、当初の想定から大幅に軽減される。エネルギーの料金体系が異なる燃料油の利用世帯や北アイルランドについても、政府は同程度の家計負担軽減を行うとしている。また、前政権時代に決めた施策を継承し、生活保障(650ポンド)、年金給付(300ポンド)、障害者給付(150ポンド)の受給者には付加給付がある。なお、企業のエネルギー料金は、10月から半年間に限り、家計同様に2500ポンドで凍結される。パブやレストランなどのホスピタリティ産業については、6ヶ月経過後も割引料金が適用される。

エネルギー料金の凍結は、消費者物価の上昇率を5%ポイント程度、抑制することが見込まれる。消費者物価は10月に上昇率が僅かに加速した後はピークアウトすると予想する。ただ、来年春頃までは物価の高止まりが予想され、軽減されるとは言え、家計購買力の目減りや企業収益の圧迫は避けられない。景気の落ち込みはエネルギー料金の凍結がない場合と比べてマイルドにとどまるが、景気後退を食い止めるには至らないとみる。

政府はエネルギー供給企業に対して、2500ポンドの上限金額との差額分を補填する。エネルギー料金の凍結が具体的にどの程度の財政負担や借り入れ増加につながるかは、減税策などと合わせて今月中に公表するとしている。

新政権は、より中長期的なエネルギー供給の安定化策として、エネルギー供給に関するタスクフォースを創設し、ガスや再生可能エネルギーの供給者との間で価格交渉をする。財務省とBOEが新たなファシリティを創設し、エネルギー企業に十分な流動性を供給する。また、2040年までに英国をエネルギーの純輸出国にする目標を掲げている。2019年に開始したフラッキング(高圧水を使用するシェールオイル・ガスの採掘方法)の一時禁止を解除し、早ければ来週にも新たな石油・天然ガスの開発免許を付与し、6ヶ月後にはシェールガスの供給が開始されるとしている。2050年までに24GWの原子力発電を新たに稼働するなど、エネルギー市場の構造改革に着手する。

図表1
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以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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